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ラース学園の図書室は、本校舎の西側にある建物を丸々一つ使って運営している。

その規模は、もはや一学園の図書"室"の域を超えるほど広く充実しており、一階から吹き抜けの高い天井まで壁一面にところ狭しと様々な書物を取り揃えている。

この品揃えの多さが、国内有数の魔導師輩出校たらしめる理由の一つだろう。


禁断の魔術書からマンドレイクのお世話まで幅広いジャンルを網羅、更には簡易的な壁で仕切られた膨大な数の閲覧室を完備。

これにより誰もが自分の欲しい情報を自在に引き出し、より集中できる環境下で本を読んだり、課題を持ち込んで勉強に充てたりできるのだ。

因みに各閲覧室には集中力の妨げにならないよう、防音の魔術式が施されている。


(さてと、寮に戻る前にやるべきことがある)


閲覧室を出たクラルは、周りに誰もいないことを確認すると、ぐっと目に力を入れて、小さく呪文を唱えた。

家に代々伝わる闇魔法の一つ、『物見』の魔法だ。

目を凝らし、魔力の流れに意識を向けると、ユアがいる閲覧室の仕切り壁から黒い霞が漏れ出ているのが視えた。

その黒い霞は苦しそうに膨張収縮を繰り返すと、ぴょんと逃げるように閲覧室から離れ一直線に図書室の出入口へと向かった。後を追うようにクラルも走り出す。


空中に残った黒い霞の筋を頼りに、見失わないよう辺りを注意深く観察しながら駆けていると、人通りの少ない階段の踊場から男の悲鳴が聞こえた。


「ぐあっ、なんだこれは!?」


クラルがたどり着くと、そこには黒い霞によってがんじがらめに拘束されている男子生徒の姿があった。


——ユアに呪いをかけた張本人だ。


昨日から続くユアの不調は、風邪でもなければ筋肉痛でもなく、対象者の体の自由を奪い、じわじわと時間をかけて蝕み衰弱させる闇魔法からくるものだった。

幸いにも、闇魔法に慣れていない人間が呪い入門書を片手に発動させたような拙いものだったため、肩こり程度の症状で済んだのだが。


こつ、こつ、と恐怖を煽るようにわざと靴音を立てながら、冷やかな視線を男子生徒に向ける。


「ここにいたのか。ゲスの臭いが染み付いた視線があっちこっちから飛んでくるものだから辿るのに苦労したよ」


口調は冷静に、しかし心の中にはどす黒い感情が渦巻く。

怒りだけではない、ユアに害をなしたこと、しかもよりによって闇魔法を使ったこと、悪意ある魔法でユアにベタベタと纏わりついたこと……激しい憎悪が全身を駆け巡り、癖のついた髪の毛の先や爪の先からバチバチと青白い火花が爆ぜる。

ただならぬ空気を纏うクラルを前に、男子生徒は、ひゅっ、と息を呑んだ。


「やあ、気分はどうだい。自分が放った呪いに絞め返されるなんて、とんだ変態趣向をお持ちのようで」

「なんのこと……がはっ!!」


男子生徒がシラを切るよりも先に、近くを漂う黒い霞の筋を手繰り寄せると、思い切り魔力を流して握り潰した。

げほげほ、と咳き込む男子生徒の様子をクラルは蔑んだ目で睨む。


「誤魔化そうったってそうはいかないよ。これでも僕は墓守の一族だ。闇魔法全般は専門なものでね。君の付け焼き刃の下手な呪いなんて、数倍にして返すくらい朝飯前さ」


ユアに手渡した特製クッキーには、ステンドグラスを模した飴部分に呪い返しの効果を入れていた。

纏わりつく呪いを反射し、数倍にして術者に返す、というものだ。

黒の濃度が増して強力になった霞は、発動時よりも更に完成度の高い呪いとなり、男子生徒の体をゆっくりと蝕んでいく。


「そして、君は僕が最も大切にしているものに手を出した。それがどういうことか、わかる?」

「……ひぃっ!!」


もはや力が入らず手も足も出せない男子生徒は、目の前で額に濃い影を落とすクラルにただ怯えることしかできなかった。

いつの間にか辺りは階段の踊場から、暗黒の世界を連想させる暗闇へと景色を変えており、遠くには微かな青白い炎が2列になって、ゆらゆらと道を作っている。



「君には償ってもらわなければならない。下手な呪いで彼女に害をなしたこと、僕を怒らせたこと」

「たっ、助け……」


やっとのことで振り絞った声も、地底から突然湧いたおぞましい雄叫びに掻き消され、足下からガクンと地面が崩れ落ち、そのまま奈落の底へと突き落とされた――。





(目を覚ました時、校庭の堆肥場の真ん中で、両足揃えて指組みをさせられたまま放置されていることに気付いたら、きっと良い気分しないだろうなぁ)


と、クラルは男子生徒の心情に思いを馳せた。

呪いでがんじがらめになった人間ほど、幻影の魔法はよく効くものだ。

堆肥場へ放置してきた彼も例外ではなく、おぞましい幻を見せた瞬間、すぐに口から泡を吹いて意識を手放した。

因みに、両足揃えて手の甲を裏向きに返す指組は、死者に対する最もポピュラーな弔い方の一つだ。

生者に対して行った場合、かなり侮辱の色が強く、見下しの意味もあるので親からは「絶対に面白半分でやってはだめだよ。バチが当たるよ」と口酸っぱく教え込まれていたのだが、


(全然面白くなかったから、まぁバチは当たらないか)


と教えをねじ曲げ、何事もなかったかのようにユアが待つ閲覧室へと戻る。


「お待たせ、ユア。遅くなって悪かったね」


仕切り壁の角を曲がり中に入るやいなや、ユアが「エイベルト様」と出迎えてくれた。

どことなく顔色も良くなってきており、ホッと胸を撫で下ろしていると、ユアが首を傾げながら訊ねた。


「あのクッキーを食べた後、突然体からフワッとなにかが抜けたような感じがして、一気に体調が良くなったのですが?」

「ああそう、良かったね」


あまりにも適当な相槌を打つクラルに、ユアはどこか腑に落ちない様子で再び口を開いた。


「良かったね、って……手作りお菓子にしては効能高過ぎませんか?」

「疲労回復効果のまじないを入れていたからね。その辺りが作用したんでしょ」

「即効性のあるまじないなんて聞いたことないですよ。それに昨日色々試したけど、どれも効果はいまいちだったのに」

「疲れている時ほど甘いものが効くんだよきっと」

「市販の薬よりもよく効いたのですが?」

「沢山作ったら売れるかな」

「むしろ市場が崩壊しますよ」

「それよりも課題、終わった?」


このままだとしばらく質問責めに合いそうだと判断したクラルは話題を切り替えた。

影で無法者に制裁を下していることがユアに知れてしまうことだけは避けたかったのだ。


「おかげさまで無事に完了しました。肩周りが楽になってからより集中できたので」


それに気付かないユアはあっさりと話題転換に乗せられ、身軽になった肩を嬉しそうに回してみせた。


(ああ、この笑顔だ)


不意に心臓の奥底が切なく脈打った。

そのことを悟られないよう、無害な幼馴染みの顔を被り、まるで兄妹に接するかのようにユアの頭を軽く撫でる。


「よく頑張ったね。はいこれ、魔鉱石学のノートを持ってきたけれど、このままここで勉強していく?」

「はい、そうします。ありがとうございます」


無邪気にノートを受けとるユアの、指が触れた先から熱の広がりを感じる。


――ユアは気付かない。

笑顔の裏に隠れたクラルの想いを。


「僕もここで本を読むから、なにかあったら遠慮なく聞いて」


これ以上熱が全身へ広がる前に、クラルは目の前の席に再び腰をかけると、持参してきた本を取り出し静かにページを開く。

少しして本の向こうから、ペンと紙が擦れる音が聞こえてきた。

初めて会った時の、送り火を純粋に綺麗だと喜んでくれた顔が脳裏を掠める。


(この笑顔を守るためなら、僕はなんだってできる)






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