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6-4



「……まさか、あの次期国家魔導師であるルクタス殿が?」

「黒龍を野に放すなど……」

「なんて勝手なことを……それでは国民の不満が一気に我々国家魔導師に向かうではないか!」


今から八年前——ここは、城内の大広間。

先の魔物襲来事件で生じた被害の対処について緊急会議が設けられ、召集された国家魔導師一同と傭兵、そして宰相と国王であるウィル・クレストが一同に会していた。

その最中、ユアが黒龍を討伐せず野に放ったことを聞かされ、その場にいた国家魔導師たちは一斉に不満の声をあげた。


「ルクタス殿は今どこにいる! いくら類稀なる魔力保持者と言えど、今回ばかりは許されざる行動だ!」

「今すぐ次期国家魔導師の権利を剥奪しろ! これ以上危険因子をのさばらせておくな!」

「国王陛下! どうかルクタス殿に厳罰を!」

「――静粛に」


国王の一言で、さっきまで騒がしかった大広間に静寂が訪れる。


「皆の気持ちもよくわかる。だが、誰も歯が立たなかったあの黒龍を鎮め、更なる被害の拡大を防いだのは他ならぬルクタスだ」

「しかし殿下……!」

「それに、今ここで彼女を糾弾したところで何も変わらぬ。今最も優先するべきは国の復興、そして民の安寧だ。違うか?」


その言葉に、その場にいた一同は押し黙った。

国王の言う通り、次期国家魔導師とはいえ、まだ若い少女一人に責任を取らせたところで何も変わりはしない。

魔物は未だに脅威であり、黒龍によって破壊された建物の復興も急務だ。

ただ、それでも納得の出来ない者も少なからずいた。


仮にも”次期国家魔導師”を名乗る彼女が軽率な行動を取ったばかりに、民衆の不満の矛先が自分達に向いたのだと思うと、どうにも怒りが収まらないのだろう。

そんな彼らの不満に気付かないはずもなく、ウィル国王はやれやれ、と溜め息を吐くと、手元の羊皮紙に目を移した。


「では会議を再開する。まずは死傷者の確認から――」


各地を管轄する地方国家魔導師による発言を元に会議は進められていく。

そして、進む内にウィルの表情が曇っていった。


(やはり、思った以上に酷い惨状だ)


魔物の襲撃を受けた街は、どこも深刻な被害を負い、復旧作業が追い付いていないのが現状だ。

家屋は倒壊し、地面も大きく抉れ、さらに焼け焦げた跡が痛々しく残っている。

それに加え、被害を受けた者の中には重傷者も多くいるらしく、各地で医師や治療師が人命救助に奔走しているものの、圧倒的に人員不足であった。

これから更に、死者の数が増えることだろう。

犠牲者の数が増えれば当然、国民の心情低下に繋がり、民衆の不満が高まればそれだけ政が滞りやすくなる。


(どうしたものか……)


国庫の備蓄を考えても、すぐに解決出来る問題ではない。

何か手立てはないかと思考を巡らせているところに、一人の国家魔導師が思い出したように言った。


「……そういえば、例の墓守の噂は聞いたか? 王都で話題になっている……」

(例の墓守?)


男の一言にウィルは顔を上げる。それに気付かず、男の周りにいた者達が口々に話し始めた。


「それ、僕も聞きました! なんでも、まだ子供なのに、大人顔負けの卓越した魔法制御で弔いの儀を行なったとか」

「弔いの儀……あれは我々国家魔導師が使う魔法とは違った難しさがあるからなぁ。それを子供が成し遂げるとは……ある意味逸材かもしれん」

「家名は確か……エイベルトと言ったかな。本来管轄は王都ではなく隣町のようだが、被害の大きいこちらに応援に駆けつけていたようだ」

「今、各地を管轄する墓守の迅速な対応によって、国民の心情も大きく変化しているようですね。職業柄、忌み嫌われているはずの彼らが、今では国民の心の拠り所になっているとか」


墓守か、とウィルは顎に手を当てながら考え込む。


聖職業に分類される墓守は貴族と同等の身分を持つが、一方で霊園の管理や遺体処理、弔いの儀といった、死に関連するものを生業としている彼らは縁起が悪い、とされている。

そんな彼らの働きが各地で評価されている今、その世間体を利用するのも悪くない、とウィルの頭の中で計算が始まった。


(復旧の目処が立たない今、民衆の反感が国に向うのも時間の問題だ。そうなる前に、手はいくつも打っておいて損はない、か)


墓守を功労者として労うことで、世間に対して魔物襲来事件を重く受け止めていることを知らしめることのできる、絶好の機会だ。

そしてなによりも、彼らを心の拠り所にしている民衆を味方につけることができれば、自ずと国内に残る反発心も減ることだろう。


「エイベルト家を招集せよ。墓守の代表として、その功績を賞する」


国王の一言によって再び城内は静けさを取り戻す。

けれど今度は、その場にいる誰の目にも賛同の色が宿っていた——。



——————

————————————




「——ここは」

「城内の大広間だね。なるほど、魔物襲来事件が起きた直後の様子か」


興味深そうに辺りを見渡すアーバンを他所に、ユアは目を大きく見開いた。

見覚えのある大広間の豪華な調度品、国家魔導師一同と傭兵、宰相の隣にいるのは今よりも少し若い国王陛下の姿、そして——。


(……エイベルト様)


玉座の正面で膝を折り頭を垂れているのは、幼いクラルと、その両親だった。

ユア達に気付く様子が全くなく、国王の口から紡がれる賛辞を仰々しく受けていた。


(さっきまで時空の狭間にいたはずなのに……)


足元から上がってくる眩い光に、しばらくの間、目を開けることができなかった。

眩しさに慣れてようやく瞼を開くと、辺りは天井の高い大広間の風景へと早変わりしていたのだ。


「どうなって……」

「厳密には、ここも時空の狭間だ。目の前に広がる光景や地面の感触は全て、時空の壁や床によって過去を投影し再現しているだけに過ぎない。見たまえ」


そう言ってアーバンは近くの柱に手を伸ばした。

しかしその手は柱に触れることなくすり抜けてしまった。


「過去には干渉できない、といったが、”干渉のしようがない”というのが正しいかな。物を壊すことは勿論、私達の姿を見せることも、声を届けることもできない。あくまでも我々は傍観者だ」


ユアは改めて辺りを見渡す。

これは、ユアの知らない過去の出来事だ。

目の前に見えている光景が全て本当に起きたことだというのなら、時空の狭間は一体、誰の記憶をどこまで投影するのだろう。

そんな疑問が脳裏を過ったその時、広間の奥の扉が開き、従者の一人が慌ただしく国王に近付いた。


『会議中失礼いたします、殿下。例の娘が目を覚ましました』


ドクン、とユアの心臓が鈍く脈打つ。

例の娘……紛れもなく自分のことだ。

従者の言葉に周囲から動揺の声が広がる。

その中に、微かにユアの名前を呼ぶクラルの声が聞こえた。


『彼女の容態は』

『酷く衰弱しておりますが、医師曰く、命の危険は過ぎ去った、と……しかし』

『なんだね、早く言いたまえ』


ウィルの問いかけに従者は困惑の表情を浮かべると、意を決して口を開く。


『魔力の負荷に体が耐え切れず、魔力回路に損傷が生じている、とのことです。——私は専門医ではないので彼らの言うことが完全に理解できなかったのですが、医師によると、二度と魔法を使うことはできないだろう、と』

『——なんだと』

「——っ!」


思わずユアは顔を背けた。

わかっていたことではあるが、改めてその事実を突きつけられると息が苦しくなる。

魔法を使えない、それはつまり”国家魔導師”としての道が断たれたことを意味していた。


『そんな……ユア!』

『こら、クラル!』


怒声がする方に目を向けると、今にも駆け出しそうなクラルと、それを羽交い締めにして阻止する父親の姿が映る。


『ユアは……ユアは今どこにいるのですか? 今すぐユアに会わせてください……!』

『残念ですが、今彼女に会わせることはできません。魔物襲来事件に深く関わっている以上、外部と接触をさせるわけにはいかないのです』

『っそんな……! ユアがなにかしたとでも言うのですか!?』


クラルの叫びを無視するように、従者は国王の前へ進み出る。


『詳細は医師から直接説明させます。どうかご同行を願えますでしょうか』


目を見開き固まる国王に従者は頭を下げると、先ほど出てきた奥の扉へ手のひらを向ける。

国王は眉間を寄せながらしばし沈黙すると、近くにいた宰相に「あとは任せた」と言い含め、従者と共に奥の間へと消えていった。



「——さて、ここから先は君も知っての通りだ。君は、未発達の体で無理に大量の魔力を練り上げたことが原因で魔力回路を損傷し、従来のような魔法の使い方は出来なくなると告げられる」

「……」

「さぞかし悔しかったことだろう。体の一部とも言える膨大な魔力を失い、国家魔導師としての未来も断たれ、世間からは腫れ物扱い。自分で決めたこととは言え、本当は君も本意ではなかったはずだ」


放心するユアをアーバンは一瞥すると、さっとその腕を掴み歩き出した。


「……なっ!?」

「言っておくけど、まだこれで終わりではない。この話には続きがあるのだよ」

「続き……?」


ユアの疑問に答えないままアーバンは歩みを進める。

すると、目の前の光景が水面の波のようにうねり、瞬く間にその景色を次々と変えていった——。



『国家魔導師諸君は直ちに出動準備を! 黒龍はもちろん、暴徒化した近隣の魔物共を粛清せよ!』

『ヒィッ……! あ、あいつ、黒龍に触ったぞ!!』

『あなた、その黒龍を庇おうと言うのですか!』

『信じられない……あんな不浄な生物と心を通わせるなんて!!』

『おい見ろよ! 周りの魔物が皆、あいつの声に耳を傾けているぞ……!』



断片的な映像が目まぐるしく切り替わっていく中、とある一つの光景が目に留まる。



『——殿下……こんなところでなにを……?』



鎖に繋がれてぐったりと倒れ込んだ小さな龍、足元に転がる鞭、目の前で不敵な笑みを浮かべる少年の顔——。



『どうだ、ユア殿! 貴様がそこらの魔物を相手している間に俺はっ! 不可能とされていた龍の子を捕らえることについに成功した!』



まるで高価な玩具を自慢するかのように、目の前の少年は口角を歪めると、勝ち誇ったようにユアを見下ろした。

ユアはその少年の声に聞き覚えがあった。


ロバート殿下――クレスタブル国の第一王子、そして。

かつて町外れの国家魔導師訓練所で学舎を共にした人物であり、この魔物襲来事件の引き金となった張本人。




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