6-3
「まずは一つ。君の魔力ランクは、現状どのくらいまである?」
「魔力ランク……」
魔力ランクとは、魔法を使う上でその動力源となる魔力の保有量を数値化したものだ。
魔力保有量が多くなるほどランクが高くなり、ランクが高いほど優秀な魔導師として認められる。
測定器を用いることで個人の最低値と最高値を測ることができ、そこから算出された基準値によってランク分けされる。
ランクは10段階に分けられ、平均的に最も多いランクは”5”、王立であるラース学園に通う生徒の基準は”6”以上と言われているが——。
「最後に測定したのが高等部進学の時で、確か――ランク”4”でした」
「数値だけだと少なめだね。学生証を見せてもらえるかな」
ユアは頷き、素直に懐から学生証を取り出した。
学生証には生徒の記録が詳細に記されており、定期的に行われる試験や測定の最新結果が反映されている。
アーバンに学生証を手渡すと、彼は表をまじまじと見つめる。
そして数秒ほど何かを考える素振りを見せたが、やがて静かに口を開いた。
「ふむ……なるほど、数値の低さは魔力制御と座学で補っていたわけか。ギリギリの及第点ではあるが、一応は進学条件はクリアしている、と……」
「あの……」
不安から遠慮がちに声をかけると、アーバンはユアに学生証を返しながら、安心させるように笑みを浮かべる。
「ああ、ごめんごめん。別に君が試験で不正を働いたとか、そういったことを疑っていたわけではないんだ。むしろ、今の君の魔力保有量について、こちらの認識が合っているかどうかの確認がしたかっただけなんだよ。……しかし、だとすれば、ふーむ」
「なにか気になることでも?」
ユアが尋ねると、アーバンは顎に手を当ててしばし考え込んだ。
そして改めて目を合わせると、神妙な面持ちで話を切り出す。
「いやね、私の認識と実際の君の魔力ランクは完全に一致していた。それはもう、非の打ち所がないほどに」
(どういうことだろう。想定通りだとなにかまずいことでもあるのだろうか)
どうも要領を得ない説明にユアが首を傾げると、アーバンはふっと笑みを浮かべた。
そして少し間を置いてから、ゆっくりと口を開く。
「聞くところによると、君は例の事件で膨大な魔力のほとんどを失ったそうじゃないか。今となっては以前のように無尽蔵に魔法は使えない――この話に相違はあるかい?」
彼の口から出た意外な質問にユアは思わず目を見張った。
ユアの魔力保有量の数値が少なめだと分かった時点で、自ずと答えは導き出される。
それなのに、わざわざ昔のことを引き合いに出して確認を取るということは、それが問題となる事態なのだろうか。
「――いえ、ありません」
じわじわと緊張感に苛まれながら、ユアは慎重に言葉を選ぶ。
今ここで下手なことを言えば、更なる窮地に立たされるような気がしてならなかったのだ。
教頭の質問は続く。
「訓練である程度までは回復したそうだが、それもまだまだ平均の域を越えていない。魔法実技も最下位、日常的な魔法でさえままならず、生活においては特訓以外ほとんど魔力を使用しない――どうだい?」
「……合ってます」
淡々と事実を並べるアーバンの口調からは、心の奥底が全く読めない。
得も言われぬ不気味さに包まれ、ユアはそっとローブの裾を握りしめた。
(どうして……この人は今更そんなことを聞くのだろう……)
そんなユアの心を見透かしてか、アーバンは静かに見下ろすと「よろしい。では、最後の質問だ」と呟いた。
「ここ最近、急激な魔力の増減が何度か検知された。事象を辿った結果、どうやら君が深く関係しているようなのだが、心当たりはあるかい?」
思わず息が詰まった。
核心をつかれた瞬間、つい先ほどまでは考えに至らなかった一つの記憶が鮮明に呼び起こされる。
あれは校内メンテナンス直後のことだった。
機体にほとばしる黒い火花、刻まれた術式の赤い点滅、近くにいた男子生徒を助けようとして——そして。
(そうだ、あの時。失われたはずの魔力が突然溢れて……)
「心当たりは?」
「……!」
再度アーバンに問いかけられ、ユアの心臓が大きく跳ねた。
頭の中は真っ白に染まり、唇が震える。
(恐らくこの人はなにかに勘付いている。それはきっと、私にとっても重要な内容――けど)
この先を言ったら、どうなるのだろう。
誰かに情報共有をされるのだろうか。
あるいは私にとって不利益な状況を作って、脅しにでも使うつもりだろうか。
それとも、エイベルト様に――。
「……覚えがありません」
「保身のために事実を隠すのであれば推奨はしないよ。もう一度チャンスをあげるから素直に言った方が良い」
即座に返され、一瞬たじろぐものの、負けじと口を開く。
「ほ、本当になにも……っや!?」
言葉を言い切る前にアーバンの腕が伸び、ユアの顎を強引に掴んだ。
爪が頬に食い込み、顔の角度を無理矢理変えられた苦しさからユアの顔が歪む。
「事実を隠すことは推奨しない、と言ったはずだよ。いいかい、これはね、最重要案件なんだ。場合によっては君だけでなく、君の周りの人々……ひいては世界全土に影響を与える事案となり得る」
先ほどまでの朗らかな笑みを浮かべていた人物とは思えないほど、教頭の目は鋭く冷徹にユアを見下ろしている。
アーバンの手を引き剥がそうと腕に力を入れるが、びくともしない。
更に込められた手の力に眉を顰め、それでも必死で抵抗を続けようとするユアに、彼は容赦なく畳みかけた。
「国が何故、地位も能力も失った君を保護し続けていると思う? 王族が見せる温情だと、本当にそう思う? リスクを背負ってまで、国民の信用を全面に失った君を置いておけるほど、上は甘くないよ」
「……生かして、おくことで、本来、国に向かうはず……だった、不満を、一手に担うことが、できます。私は……そういう目的で、ここに、置いてもらって、いるのですから……」
息も絶え絶えに言葉を絞り出すと、アーバンは挑発するように口角を上げた。
「建前だね、それは。体よく君の弱味につけこんでいるだけに過ぎない――ああ、そうか。君は知らされていないんだね。都合良く君を丸め込むため、本当のことは伏せられているのか」
「……どういうことですか」
意味深なアーバンの言葉にユアは眉を顰める。
しかし、彼は質問に答えるつもりはないらしい。
代わりに頬を掴んでいた手を離すと、両手を横に上げた。
「君には知る権利がある。あの事件の当事者として、そして陰の功労者として。君が今置かれている環境の裏にどんな思惑があるのか、知りたくば、私と共に時空の旅に出かけようではないか」
コオォォン……! 突然、空気を切り裂くような鋭利な音が教室中に響き、アーバンの頭上に鈍色の裂け目が渦巻いた。
ユアはこの魔法に覚えがあった。
(時空魔法……!)
気付いた頃にはもう遅く、激しい光が辺りを包む。
咄嗟にユアは腕で目を覆い、その光から逃れようと試みた。
しかしそれは叶わなかった。
視界いっぱいに広がる眩い光の中、突然無数の触手が伸びてきて腕を掴まれる。
そして有無を言わさず体が引っ張られる感覚を覚えた直後――意識が強制的に飛ばされた。
――
――――
「気分はどうかね?」
「……」
視界が徐々に開けていくと同時にユアは絶句した。
さっきまで教室にいたはずなのに、辺りは薄暗く、天井も壁もない空間でユアとアーバンだけが佇んでいる。
まるで水の中のような浮遊感があり、足を伸ばしてみても地面と接触する感覚はない。
上も下も右も左もなにもない鈍色の世界——ここが時空の狭間であることが嫌でも理解できた。
「……どういうつもりですか。時空魔法なんて禁忌ですよ。いくら教頭先生とはいえ、許されることではありません」
動揺を隠すように語気を荒げると、アーバンは肩をすくめて鼻で笑った。
「ははっ、思った通り真面目だね、君は。規則なんてものは程々に破るものだよ。縛られっぱなしでは、いざという時、本当に大切なものを見失う」
そう諭されて、ユアはぐっと言葉を詰まらせる。
あたかも経験してきたかのような、妙に説得力のある物言いに、返す言葉が見つからなかったのだ。
沈黙するユアに気を良くしたのか、アーバンはまたも嘲るように笑うと口を開いた。
「さて、我々は今、時空の狭間にいる。過去に干渉できないのが世界の理だが、覗くことならできる。けれどここは人智を越える場所――ここから先は時空の狭間に取り残されないよう、決して私から離れてはいけないよ」
「……もし、取り残されてしまったら、どうなるのですか」
ユアが恐る恐る尋ねると、アーバンは口角を上げた。
その目はどこか狂気じみていて、背筋に冷たいものが走る。
「時の流れの中を永遠に彷徨うことになり、最悪の場合、一生囚われたまま抜け出せなくなるだろうね。また、例え現世に戻って来れたとしても、止めどなく溢れる記憶の情報量によって精神が壊れることもあると聞く」
ゴクリ、とユアは唾を呑む。
アーバンはそんなユアの様子を愉快そうに眺め、言葉を続けた。
「まあ、そう怯えることはない。それに、もし仮に取り残されたとしても、君ならきっと大丈夫だろう」
「それは一体どういう……」
ユアの疑問を遮り、アーバンは人差し指を立てて唇に当てた。
そしてそのまま静かに指を下に向ければ、その先に白い光が灯る。
「続きはまた今度。――ほら、見えてきた」




