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5-1





「お前、いつにも増して額の影が濃くなっているぞ」


授業終わりの放課後、顔を合わせるなり開口一番ヴィンに指摘されたクラルは、その虚ろな視線で友人を一瞥した後、はぁ、と溜め息を吐いた。


「ああ、そう。それはなにより」

「なーにが"なにより"だ。寝不足か?」 

「最近、夢見が悪くてね」


力なく笑うクラルの目の下には誰が見てもわかるほど濃い隈が出来ていた。

そんな影を含んだクラルの顔をまじまじと見つめながら、ヴィンは面白半分で口を開く。


「ここ数日で眼力に迫力が増したなぁ、お前」

「ふふ、褒め言葉として受け取っておくよ」

「点灯式で神官の代理を勤めた者とは思えないほど人相が変わってるぞ」

「むしろ元からこういう顔なので」

「例の姫様が原因か?」


いきなり核心を突かれ、クラルの眉間にしわが寄る。


「……事情を知ってるくせに」

「詳細は知らんぞ。ただ、なんとなくお前が姫様から避けられていることくらいしか」


容赦なく傷を抉ってくるヴィンの言葉に、クラルは顔をしかめながら沈黙した。


精霊祭が終わってからというもの、クラルは一度もユアと顔を合わせることがなかった。

何度かユアを探しに教室へ出向いてみたり、彼女が行きそうな図書室や校庭の隅を巡ったものの、途中で誰かしらに声を掛けられるなどの邪魔が入り、なかなか満足に校内を探ることができずにいた。

避けられている、と判明したのは、つい二、三日ほど前のこと。

クラルが女子に取り囲まれている時、たまたま対向から歩いていたユアが彼女達の黄色い声を聞いた瞬間、抜き足差し足でその場からそろりと退出したのをヴィンが目撃していたのだ。

ヴィンから報告を受けたクラルは魂が抜けたかのように放心してしまい、次の日には目の下に大きな隈をこしらえるようになった。


「心当たりは?」

「ない。全くと言っていいほど」


きっぱりと言い切るクラルにヴィンは、まるで有翼獣が大空を犬かきで横断しているのを目の当たりにしたかのような、なんともいえない微妙な視線を向けた。


「なに、その顔は」

「あのなクラル、この際だから言っておくが……」


怪訝そうに見つめるクラルの肩に手を乗せたヴィンは、すぅ、と深く息を吸い込むと、


「お前明らかに彼女に対する距離感おかしいからな!!」


割れんばかりの大声を出した。

友人の突然の荒ぶり様に思わずクラルの目が点になる。


「……は?」

「は、じゃねぇよ! 思い出してみろよ日頃の行いを!」


収まる気配を微塵も見せないヴィンにクラルはたじろいだ。

思い出してみろと言われても、クラルには一切心当たりがないのだ。


「い、意味が分からないよ。一体どの辺が?」

「無自覚かよ!」


勢いに任せて天を仰ぎながら突っ込みを叫ぶヴィンに行き交う生徒の肩がビクンと跳ね「なにあれ怖い」と声を潜めゆっくりと離れていく。

しかし周りには一切目もくれず、ヴィンは人差し指をバシッと突き立てるとクラルに向かって口を開いた。


「まず、付き合ってもいないのにベタベタと引っ付き過ぎ! 幼馴染みの間柄だからまだ許されているかもしれないが、普通にやったら変態だかんな!」

「うっ……!」


的確な突っ込みにクラルの口から呻き声が漏れた。

しかしヴィンの指摘は続く。


「次に、やたら独占欲を出し過ぎ! 悪意から守りたいのはわかるが、友人の俺にまで牽制をかけるの止めろよ痛々しい!」

「そ、それは……」


慌てて口を挟もうとするもののヴィンの勢いは止まらず、迫力に押されて追随を許してしまう。


「そしてなによりも、顔近過ぎ! もう友達の距離感じゃねぇんだよ! 単発事故に見せかけてチューでもする気か!」

「……ぐっ!」


極めつけ、と言わんばかりにずいずいと迫られ、容赦なく痛いところを突かれたクラルはガクリと肩を落とした。


「――とまぁ、他にも上げるとキリがないが、これで少しは己の異常性を理解したか?」

「……のに……」

「え、なんて?」


ボソボソとした呟きが上手く聞き取れずにいると、額に影を落としたまま絶望的な表情を浮かべたクラルが再び口を開いた。


「……そこまでしているのにユアが僕の気持ちに全く気付いてくれていないことを改めて実感すると……なんかヘコむ……」

「故意かよ!」


再びヴィンの盛大な突っ込みが入るが、それをクラルは小指で片耳を塞ぎながらかわした。


「当たり前だ。こんなのユア以外にするつもりはないし、しても意味がないでしょ」

(こ……こいつ、開き直りやがった……!)


さも当然のようにそう言ってのけるクラルの様子にヴィンはめまいを覚えた。


クラルの彼女に対する態度は目に余るところがある、と前々から感じてはいた。

人目もはばからず過剰なスキンシップを行ったり、彼女に近付こうとする者に容赦なく牽制をかけたりと、付き合ってもいないのによくもまあ四六時中気にかけていられるものだ、と感心するほどだ。

そして今回の、彼女から避けられている件はそれが原因だと踏んでいただけに、行動を改めるつもりが微塵も感じられない彼の言動に辟易した。


「……もうお前さ、さっさと告白しろよ。そんでいっぺんフラれてこい」


半ば投げやりな言葉をかけると、「そんなの」とクラルが口を開く。


「そんなの、ユアの気持ちがこちらに向いていないのは充分わかっているから、今すぐするつもりはないよ。彼女の意思も尊重したいし」


そう言って遠い目をした。


所詮ユアにとってクラルは、小さな頃から兄妹のように一緒に育っただけの、ただの幼馴染みだ。

過剰なスキンシップでさえ気にも留められないのは、彼女がクラルのことを異性として一切意識していない証拠でもある。

そしてクラルは、ユアが兄妹に近いその関係性を無意識の内にずっと望んでいることも解っていた。

だからこそ、今までユアの理想通りになるように振る舞ってきたのだ。

褒める時に頭を撫でるのも、頬をつついてからかうのも、全ては面倒見の良い兄役を演じるため。

無害な幼馴染みという仮面の裏に隠した本心を知られてしまったら、その時はきっと、もう元の関係には戻れないだろう。


寂しそうに微笑むクラルに、横からヴィンは「……あー」と遠慮がちに口を挟む。


「こう言っちゃなんだが、その尊重したい意思とやらの答えが現状じゃね?」


その一言でしばし沈黙が続き、二人揃って顔を見合わせた。



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