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4-3



精霊祭が近付いてくるにつれ、クラルが祭司役を勤めるという話題で学園内は持ち切りだった。


(ふふ、最近エイベルト様のことばかり)


すれ違う人からクラルの良い噂を聞く度に嬉しさが込み上げ、図書室へと向かう足取りも自然と軽やかになる。


(魔法の能力も高いもの。一目置かれるのは当然ね)


彼が昔から努力を続けてきたことはよく知っている。

その実力が正当に評価されていることが、幼馴染みとしてなによりも誇らしかった。

フフンと鼻歌混じりに歩いていると、図書室の扉の前で話し込む数人の女子生徒が目に映った。


「――今年も屋台巡りに誘いたかったけれど、エイベルト様はやっぱり例の子と一緒に回るんだろうね」


不穏な話題が聞こえ、咄嗟にユアは柱の陰に身を隠した。それに気付かない女子達は口々に言いたいことを話し出す。


「大体あんな子のどこが良いのかしら。悪い噂しか立っていないし、能力も下の下なのに」

「たいして可愛くもないしねー」

(相変わらず辛辣ね)


思わずユアは肩を落とした。

悪評は今に始まったことではないが、それでも改まって陰口を叩かれると良い気分はしない。

小さな溜め息をそっと吐いていると、再び彼女達の会話が聞こえてくる。


「正直、エイベルト様にはがっかりしちゃうな。幼馴染みだかなんだか知らないけれど、いつもあの子にくっついてばかりでさー」


俯きかけた顔が持ち上がった。


「言えてる。視野が狭いっていうか、ちょっとあの子に執着し過ぎよね」

「顔は良いのに、なんか残念だよね」


彼女達の矛先がゆっくりとユアからクラルに逸れて行くのを感じ、体の奥底からざらついた感情が沸き起こる。

その時、彼女達の内の一人が気だるげに口を開いた。


「――彼って、墓守の家系じゃん。少し前までは墓守って不吉の象徴っつーか、印象最悪だったじゃん?」


若者言葉混じりの雑な口調でそう話すと、周りの女子も口々に「そういえば……」「そんな時代もあったね」などと囁き合う。


「小さい頃にそんな扱いを受けていた彼が、たまたま近所に住んでたあの子と仲良くなったわけっしょ。そりゃ『自分にはあの子しかいない!』って強く思い込んじゃうのも無理ないわな」


彼女の言葉にユアの心臓が嫌な音を立てた。

それは、ユア自身も薄々と感じていたことであり、今まで気付かないフリをしてきたことでもあった。

どうしてそのことを見ないようにしていたのだろうか、と嫌悪感がじんわりと胸を蝕んでいく中、容赦なく彼女の言葉が続く。


「そして、それを『善し』としているあの子も、やっぱり性根が悪いわ。普通に考えて自分の身を守りたいためだけに彼を利用しているってことっしょ」


パァン、と頭を叩かれたような衝撃が走った。

今までクラルから貰ってきたいくつもの優しさが脳裏を一気に駆け巡り、それを全て都合良く受け取ってきた自分の浅ましさに愕然とした。


(……私が、エイベルト様を利用している?)


「あっ、イリミナ様、あそこ……」


彼女達の内の一人がこちらに気付いたらしく、慌てて声を潜めるが、イリミナと呼ばれたつり目の女子生徒はユアの姿を見るなり鼻で笑った。


「――別に聞こえてたって関係ないっしょ。思ったことを言っているだけだし、言い返さないってことは心当たりでもあるんじゃね?」


吐き捨てるように言うと、数人の女子生徒を引き連れて「失礼、ルクタス様」とユアの横を通りすぎた。




そして精霊祭当日――。

この日は校舎の内装も精霊祭仕様となり、壁一面には精霊を模した光るオーナメントが装飾され、カーテンやエントランスのカーペットは、雪の結晶をイメージした幾何学模様のデザインに変わっていた。

午後の授業が終わる頃には全校門が開放され、外部の行商人や音楽隊が流れ込むのだろう。

いつもと違う特別な雰囲気に生徒達も心を弾ませ、まだか、まだかとその時を心待ちにしていた。

そんな中、ユアの気分はどこかすぐれず、華やかな町の明かりを遠くの薄暗いところからただ眺めているだけのような、気だるい靄に包まれているような感覚をずっと引きずっていた。


「――ご存知の通り魔法には、無属性を含めると全七属性に分けられ、掛け合わせることで、より強力な魔法を生み出すことができます。『光・火・闇・雷・水・自然』これらを六角形で表すと、隣合う属性同士は相性が良く、逆に対角上にある属性は相性が悪かったり反発し合うことがあります。そして六角形の真ん中に入る『無属性』はどこにも属さない魔法のことを差し、全ての属性に均等に働きかける特性を――」


普段なら集中して聞き取れる教師の声も、今はただ無機質な音の羅列のようにしか聞こえない。その間も、先日のつり目の彼女が放った言葉が頭の中をぐるぐると巡っていた。


『自分の身を守りたいためだけに彼を利用しているってことっしょ』


(あの時、真っ先に否定の言葉がでなかったのは、エイベルト様に守ってもらっているという自覚があったからだ……)


激しい嫌悪感に襲われ、思わずユアは机の上で手を重ね、支えるように額を押し付けた。

午後の授業は続く。


「例えば、火属性と相性が良いのは、隣合う光属性と闇属性ですね。これは、火が光を照らし闇を生み出すところからきていると考えられ――」


(知らず知らずの内にエイベルト様の足枷になっていたとしたら)


教師の声がどんどん遠ざかり、


「風や温度変化など、空気中に働きかける魔法は一見なにかの属性に分けられそうに見えますが、実は無属性の部類に入ります。その例として、次の教科書を開きなさい――」


(私は今までずっと……)


目の前の光景が、遠く離れたところから見る幻影のような感覚に陥り、そのまま意識が上へ上へと引っ張られていった。


「――ルクタス……ユア・ルクタス!」

「は、はいっ!」


教師の声が固く響き、我に返ったユアは反射的に返事をした。

慌てて顔を上げると、鋭い眼光でこちらを睨む教師と目が合う。


「授業中に考え事とは、いい度胸をしてますね」


しん、と静まり返る中、教師は静かに口を開いた。

それに反応してユアの鼓動も徐々に大きくなってゆく。


「あの、これは……」

「言い訳は無用。罰としてルクタスには、放課後に実技室の掃除をしてもらいます」


ぴしゃりと言い放つ教師の言葉にユアの顔が青ざめた。


(そんな、この後は精霊祭なのに)


この広い実技室をたった一人で掃除するとなると、点灯式にギリギリ間に合うかどうか。

しかし教師の意思は固いようで、教壇からユアをジロリと睨む。


「返事は?」

「はい……分かりました」


教師の苛立ちの籠った一声になす術なくユアが返事をすると、タイミング良く授業の終わりを告げる鐘が鳴り響いた。





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