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3.特殊訓練



"神童"と呼ばれていた頃のことは、今でも鮮明に覚えている。

生まれつき魔力量が多いおかげで、周りの人は優しくしてくれたし、誰よりも優先してもらえた。

けれど、当時が楽しかったかと問われれば、決してそのようなこともなく……。



町の外れに建てられた国が運営する国家魔導師訓練所は、貴族や王族など、高貴な身分の人間が利用することで有名な施設だ。

選ばれた人間しか出入りすることを許されず、教官もまた、現役の国家魔導師として働く者ばかりだった。

膨大な魔力量を保持するユアは、国家魔導師育成の"特殊訓練"を受けるため三歳からこの施設に預けられ、幼少期のほとんどを訓練所で過ごした。

五歳を迎えた頃から本格的な魔法の指導が始まり、国が定める"特殊訓練"と呼ばれる項目が授業に組み込まれることが多くなったのだが。


「さぁ、ルクタス様、手本通りに魔法を発動させるのです」

「そんなことしたら死んじゃうよ?」


硬直するユアの目の前には一匹の魔物が鎖で繋がれており、鎖を外そうと暴れ、傷口が広がる度に悲鳴を上げていた。

そして、先ほど教官から教わったのは、空気中の水分を凍らせて作った氷柱の槍で対象物を貫く魔法だ。

そんなものを当てればどうなるのか――容易に想像がつく。

しかし教官は当たり前のように頷いてみせた。


「それで良いのです。国家魔導師たるもの、国民を魔物の手から守るのが使命ですから」

「でも、まだ生きてる……」


耳の長い、猫くらいの大きさの魔物の首の間から見える深い傷からは、人間よりも速い脈が、とくとく、とくとく、と動いていた。


「ええ、魔物はしぶとい生命力を持っています。この魔物も、今日この訓練のために莫大な労力を使って生け捕りにしてきたわけですから、大切に殺しなさい」

「この子は……なにか悪いことをしたの?」


ユアの言葉に教官の眉間にシワが寄った。まるで、どうでも良いことばかり言って貴重な時間を無駄にするな、と言いたげに。


「今はなくとも、いずれ人間の脅威となるのですよ。……さぁ、無駄話はいいから、さっさと準備しなさい」


教官に背中を押され、ユアはしぶしぶと魔物に近付いた。

散々暴れたせいか魔物の息は荒く、手足は苦しそうに痙攣していた。


『キュウゥゥ』


命乞いのつもりなのか、ユアと目が合うなりか細い鳴き声を発した。


「……ごめんね」


一言だけボソリと呟くと、目を閉じたまま魔法を発動させた。



「さすがルクタス様。まだ年端もいかないのに一度で魔物を仕留めたんだって?」

「あの年であれだけの魔力を持っているんだ。大したものだよ」

「ルクタス様が国家魔導師になれば、この国も安泰ね」


ユアが初めて魔物を仕留めた日の午後、休憩所はその話題で持ちきりだった。

普通なら氷柱槍を三、四発当てても息の根を止めることのない魔物だが、ユアが発動した魔法は誰よりも鋭く洗練されており、放たれた槍は魔物の急所を一串で突いていた。

まさに、ユアが神童と呼ばれる所以であった。



特殊訓練は毎日のように行われた。

国家魔導師が揃っているだけあって、"練習用"の魔物は滞りなく補充された。しかし、


「今日も……殺すの?」

「当然です。数をこなさなければ意味がありませんから」


生命の命を絶つ――この行為は、小さなユアの心をどんどんすり減らしていき、


「まだ赤ちゃんだよ?」

「大きくなれば、いずれ町一つ破壊できるほどの力を持つ魔物です」


魔法が洗練されていくごとにユアの青い瞳は光を失っていった。そして、


「もう、殺したくないのに……」

「まぁ、なんてことを言うのですか。あなたには、次期国家魔導師としての自覚が足りないようですね……こちらにいらっしゃい」


拒めば相応の"罰"を与えられた。


「きゃあああっ!」

「魔物一匹を逃せば何十人もの犠牲が出るのですよ。この痛みは、救えなかった人が受けた痛みのほんの一部だと思いなさい」

「ごめ……ごめんなさい、ごめんなさい!」


当時の教官は、自発的に電気を操り雷を落とす魔法に長けていたため、罰のほとんどが電撃によるものだった。

この日からユアは雷が苦手になった。




「……終わり、ました」

「よろしい。それでは今から夕方まで自由時間とします。訓練所の外に出るのはいいですが、あまり遠くまで行かないように」


この日もいつものように特殊訓練が終わり、逃げ出すように訓練所から出ていった。

訓練所に残っていると、今まで終わらせてきた命のことを思い出して胸が辛くなってしまうのだ。


小さな森を越え、茂みをくぐり、道なき道をとぼとぼ歩いていた時のことだった。

墓場の裏道へと出たユアは、静寂の中に紛れた微かな泣き声を耳にした。


(誰かが泣いている……)


声の主を探し歩いていると、墓場の入り口へと続く道の途中にある、大きな木の陰でうずくまっている黒い癖毛の男の子を見つけた。

水を被ったのか、髪も仕立ての良さそうな服も濡れており、胸のところで抱えられた本も端からぐずぐずになってしまっていた。


「どうして泣いているの?」


声をかけると、男の子の肩が一瞬ビクリと跳ね、そしてゆっくりと顔を上げた。

男の子の目を見て驚いた。


(なんて綺麗な赤い色……)


夕日の色をした赤い瞳に見とれていると、恐々と男の子が口を開いた。

自分は墓守の息子だということ、町の皆から不吉だと嫌われていること、死者のための弔いや送り火といった闇魔法を使うこと。

弔い、と聞いてユアの目に光が宿る。そして次の瞬間には、男の子に見せて欲しいと懇願していた。


「じ……じゃあ、ちょっとだけだよ」


そう言って男の子は手のひらに青い炎を浮かべると、渦を作りながら火の粉を散らし、次の瞬間には辺り一帯に小さな瞬きを散りばめた。


――とても綺麗な魔法だった。


幻想的な青い煌めきを目の前に、ユアの心が大きく高鳴る。


「まるで、夜空に瞬く星みたい」


嬉しくなって思わず男の子の手を握った。

命を奪うだけだと思っていた魔法が、使い方次第でここまで光り輝くものなのだと、初めて知ったのだ。


「きっと、美しい景色の中で、沢山の星に包まれながら安らかな最期を迎えられますようにって、そんな願いが込められているから、この魔法は綺麗なのね」


口にしながら、いつかの、この手で殺めた魔物のことを思い出す。

氷柱槍を目の当たりにした時の、絶望に駆られた魔物の黒い瞳。

周囲の人間はユアの放った魔法をとてもよく褒めてくれたけれど、あれからずっと魔物の断末魔が耳の奥にこびりついて離れない。


(優しい光……私もこんな魔法を使いたかった)


不意に泣き出しそうになる心を押さえつけ、代わりに青い炎の揺らめきを精一杯見つめた。


――これから先も、多くの魔物の命を奪うことになるのだろう。

けれど、今日見た魔法の美しさを、命への敬意を、決して忘れないように、なくさないように、大切にしよう。


小さな背中に芽生えた、大きな決意だった。




「なんの真似事ですか、ルクタス様」


特殊訓練を終えた教官が、まるで穢らわしいものを見るような目でユアを睨む。

ユアの目の前で、亡骸となった魔物が青い炎に包まれて焼かれていた。


「弔いよ。終わらせてしまった命が、あるべき場所へ還れますようにって」


それでもユアは、クラルが放った魔法には到底及ばないことを知っていた。ユアの魔法は、全てを焼き付くす炎だが、クラルは包み込むような優しい光だ。


「魔物ごときに意味がありませんよ。やつらは不浄な生き物です」

「それでも、なにもしないよりかは落ち着くの」


いつもは従順なユアだが、この時は珍しく食い下がった。

双方見つめ合ったまま無言の時間が過ぎ、しばらくすると教官の口から溜め息が漏れ出た。


「……好きになさい」


そう言うなり教官は、さっさと訓練所を出ていった。




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