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1.プロローグ



「どうして泣いているの?」


クラルが初めてユアと出会ったのは、町外れの人通りが少ない墓地裏。

木陰に隠れて泣いているところをユアに見つかったのが始まりだった。

その日六歳の誕生日を迎えたクラルは親から貰った小遣いを握りしめ、魔術の本を買いに市場まで出ていた。

しかし、念願の書籍を手に入れ、嬉しさに頬を緩めながら家路をたどっていた彼を突然冷たいしぶきが襲った——水をかけられたのだ。

呆然と立ち尽くすクラルに、バケツを持った恰幅のいい女が鬼の形相で睨みつけた——。



「僕の家は墓守で、穢れた一族だって。不吉だから近くを通るな、って町の人に怒鳴られて……せっかく買った本も濡れちゃった」


そこまで言うと、再びクラルの赤い瞳から大粒の涙が溢れる。

乾ききっていない癖毛の黒髪から滴が落ちた。


「魔法も、不気味がられていて……やっていることだって、死者の弔いや送り火ばかりだから……」

「どんなふうにするの?」


興味を示すユアに思わずクラルは顔を上げた。


「み、見せられるわけないよ。だって、不吉だし、これを見た人はみんな嫌な目で僕のことを睨んでくるんだもん」


しかし目の前の少女は引き下がらなかった。

下から覗き込むように体を傾け、その小さな両手を胸の上で交差させると、


「お願い、嫌な顔しないから見せて」


と懇願した。傾げた首と一緒に、綺麗な焦げ茶色の髪がさらりと横に流れる。


「じ……じゃあ、ちょっとだけだよ」


ついに折れたクラルは、まだ少し怯えを滲ませながらも承諾した。途端に、ぱぁっ、とユアの表情が明るくなる。


「本当!?」

「う、うん。少し離れてて」


ユアが数歩後ろに下がったのを確認すると、クラルはゆっくりと右手を肘の高さまで持ち上げた。

手のひらが魔力を帯びてじんわりと明るくなり、少しして青い炎の球がポッと灯る。

まるで意思を持つかのように手の上で炎の球がくるくると渦巻くと、あっという間に分裂し、やがて小さな火の粉となって弾けて辺りに分散した。


「……うわぁ」


ユアの口から漏れ出る声にクラルはビクリと肩を震わせ、そして申し訳なさそうに目を伏せた。


「ほ、ほらね、やっぱり不気味でしょ。炎なのに青白いし、ふわふわ浮いているし……」


やっぱり見せるべきではなかったのだ、とクラルは酷く後悔した。目の前が徐々に暗くなる。


少し考えれば分かることだ、魔法を使う度、送り火を放つ度に、今まで散々嫌悪の目を向けられてきたではないか。

けれど彼女があまりにも真剣だったから、僕の魔法を見たいとせがむから。

だから、つい調子に乗ってやってしまった――。


ギュッと目を瞑り、これから聞こえてくるであろう非難の声に備えて歯を食い縛る。

しかし、少女の反応は予想外のものだった。


「とても綺麗」

「え」


恐る恐る横目をやると、無数の送り火を反射し煌めくユアの青い瞳が揺れている。そして、嬉しそうに目を細めるとクラルの手を取った。


「まるで、夜空に瞬く星みたい。優しい光」


きゅう、とクラルの心臓が締め付けられる。

彼女の笑顔に、初めて自分の能力が認められた気がして、喉の奥から苦しみに近い塊がこみ上げ、気付けば再び涙を流していた。

クラルの心を知ってか知らずか、ユアは近くを浮遊し揺らめいている炎の一つにそっと手をかざした。


「きっと、美しい景色の中で、沢山の星に包まれながら安らかな最期を迎えられますようにって、そんな願いが込められているから、この魔法は綺麗なのね」


本当にそうなのかもしれない、とクラルは涙で滲む視界の中で思った。ユアの言葉には、そう思わせるほどの説得力があった。

その証拠に、青い無数の煌めきの中で、ただ純粋に送り火を愛でるユアの姿は、今まで見てきたどの神殿のステンドグラスよりも、金持ちの屋敷に飾られている見事な絵画よりも、神々しく、美しかった。


「……そんなふうに言われたの、初めてだよ。今まで、みんなから、気味が悪いって……それしか言われなかったから……」


それでもまだ、否定的な言葉しか出てこないのは、今までずっと心に呪詛を刷り込まれ続けたせいであろう。

しまった、という表情を浮かべるクラルだが、ユアは気にせず再び口を開く。


「そんなことはない。いつか他にも、あなたの魔法が素敵だと気付いてくれる人が現れるわ」


ユアの笑みに、返す言葉が見つからなかった。

もう充分だ。今更なにかを言ったところで口をついて出るのはきっと、薄っぺらな否定の言葉だけだ。

彼女が褒めてくれた、喜んでくれた、それだけでもう、他人からなんと言われようと、強くいられる。

他の誰でもない、彼女の言葉だからこそ、これからもずっと信じ続けられる。


「だからもう、泣かないで。あなたの魔法が好きだから」

「うん……」


涙声を必死でこらえ、やっと一言だけ、小さくうなずいた。





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