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ゼノン王国恋愛譚

婚約者の為に悪役令嬢になることにしましたが、なぜかいつも阻止されます

作者: 凛蓮月

「もう遅いですか?」スピンオフ作品です。

読まなくても問題ありませんが、ある人物の過去が少し出てきます。

 

 自他共にその美しさを認めるミリアリア・ファウゼン公爵令嬢とは私の事。

 私には幼き頃よりの婚約者がおります。


 自他共にその美しさを認めるクロード・ゼノン様。ゼノン王国の第一王子──王太子でございます。


 自国の結びつきを強固にしようと交わされた政略的なものですが、私はクロード様をお慕いしております。


 優しい笑み、朗らかな声。時折見せる妖しい瞳。常に私を飽きさせない会話に気遣い。


 他の誰にも見向きする暇も無い程クロード様は私の中で無くてはならない存在です。

 情熱的なものは無いかもしれないけれど、この方をずっとお支えしていきたい。

 その為の努力は惜しみませんでした。


 淑女教育は勿論、婚約が成立した翌日より始まった王妃教育。

 王立学園に入学してからは常に上位をキープできるように寝る間も惜しんで勉強致しました。

 おかげでクロード様に次いで次席で卒業する事ができましたわ。


 夜会などではクロード様は毎回素敵なドレスやアクセサリーを贈ってくださって。


 傍目から見たら私達の婚約は仲睦まじく滞りなく順調にいってると思われていたでしょう。


 王妃教育が仕上げの段階に入っておりますので、あと半年もすれば婚姻の儀を執り行う予定です。



 だけど、ある日私は気付いてしまったのです。


 クロード様の遠くを見つめる切ない瞳に。

 クロード様だけを見つめていた私が気付かないわけがありませんでした。


 シェリル・マッケイン伯爵令嬢。


 切ない瞳のクロード様の視線の先を辿ると、その方がおりました。

 その方の姿を切なく見つめ、柔らかく笑み、何かを堪えるように顔を歪めていました。

 そして私に気付くと貼り付けた笑顔を見せる。

 その度私の胸はズキズキと痛んでおりました。

 所詮、一過性のものだと。


 ………そう思い込んでいました。


 しかしある時、シェリル様が他の殿方と楽しそうにお喋りをしているのを見たクロード様は、不愉快そうに顔を歪められました。


 手を延ばそうとし、躊躇され。


 そのまま拳を握り締めて俯かれ、しばらくしてからその場を立ち去りました。


 ──クロード様はシェリル様に想いを寄せている。

 そう、認識するのは容易い事でした。


 ……バカね。

 クロード様が私によくして下さるのは婚約者としての義務だからだわ。


 そして、もう一つ気付いた事があります。

 それは、シェリル様も、クロード様の事を─。

 その事に気付いてから、私の胸はざわざわして息苦しくなりました。


 きっとクロード様は私というお邪魔虫がいるからシェリル様のところへ行けないのだわ。

 責任感強い方ですもの。

 不貞を率先してできるような方ではありません。

 私は誰にも見られてない事を確認して、人知れずぽろりと涙をこぼしました。


 今だけ。

 今だけ泣かせてください。

 私はクロード様を愛しています。

 だけどクロード様は………。


 このままクロード様と結婚して、クロード様は幸せになれるのでしょうか。


 ファウゼン公爵家とマッケイン伯爵家。

 公爵家の方が格上ではあるけど、結びつきを強固にするだけなら伯爵家でも良いのでは?


 それならクロード様との婚約を解消して、シェリル様に行きやすいようにして差し上げられたらいいのでは。


 そうと決まれば。

 明日から私はクロード様に冷たく当たりましょう。


 ………できるかしら。

 クロード様を邪険になんて。


 うううん、できるかしら、ではなく、やるのよ。クロード様の幸せのために。


 愛する人と結ばれたほうがいいもの。



 だから。今だけ。

 明日から頑張るから今だけ。涙をこのままにさせてね。


「ミリィ?どうしたの?……えっ、何で泣いてるの?」


 おろおろとするクロード様。

 大丈夫です。私には演技だと分かっています。


「ミリィ?誰に何かされた?教えてくれる?ちょっところ…………お話ししてくるから」


「いえ、何でもありませんわ。シャンデリアが眩しくて、目が霞んだだけですわ」


「……ミリィがそう言うなら今はそういう事にしておくけど。嫌な事があればすぐに言って?

 ミリィを泣かせる奴はちゃんと八つ裂きにしてやるから」


 クロード様…笑顔でその台詞、物騒ですわ。

 そして私の涙の原因はクロード様なのですが…。


 でも、今はその気遣いが嬉しいのです。


  今だけは………。

 その優しさを私に下さいね…。



 ♠✦♠✦


 それから私はなるべく嫌な女に見えるようにシェリル様に辛く当たる事にしました。


 私が参考にしたのは、市井で話題の小説です。

 その小説の中で、王子お気に入りの男爵令嬢を王子の婚約者が虐めてそれを理由に婚約破棄されて婚約者は国外追放。

 男爵令嬢と王子は結ばれて幸せになりましたというお話が流行っていると侍女に聞いたのです。

 男爵令嬢の、方々に愛想を振り撒き高位貴族の令息を籠絡していく様は見事な手腕でした。


 天真爛漫なシェリル様はその男爵令嬢にそっくりでした。

 ですので私は王子の婚約者のように振る舞う事にしたのです。


 今日は夜会で数名の令息を侍らせて楽しくお喋りするシェリル様に苦言を呈すつもりです。

 学園在学時にこの状況ならチャンスは沢山ありましたが今はそうはいきません。

 数少ない機会を逃しては公爵令嬢の名が廃ります。

 ちょうどクロード様はご友人方との歓談の為席を外してらっしゃいます。


 すーはー。

 私はやればできる子。

 クロード様の幸せの為に頑張るのよ!


 えいおー!


 拳をぐっと握り締め、いざ足を踏み出しました。


「あっ」

 気合いを入れすぎたのでしょうか。

 私は足を踏み外し、前のめりに倒れそうになりました。

 咄嗟に手を出しますがこのままだと転んでしまいます。

 地面に転がる衝撃に思わず目を瞑りましたが、それは一向に訪れず。


 逆にふわりとお腹の辺りに手が回されていました。

 その温かい手は力強く私を引き寄せます。


「ミリィ…危ないよ」


 どきりとしました。その手はクロード様のものでした。


「クロード様…申し訳ございません」

 私は慌てて離れようとしましたが、更に強く腰を引かれました。


「あー……めちゃくちゃいい匂い…。癒やされる」

 頭上からぽつりと聞こえた声に胸がぎゅっとなります。


 クロード様はシェリル様がいいのではないの?

 それならこんな事なさらないで欲しい…。

 クロード様から逃れられないままでいたら、シェリル様達はいつの間にかいなくなっていました。


 今日は作戦が失敗してしまいました。


 ため息をつくと、クロード様が手を緩められたので身を捩って向き合うと、クロード様から見つめられました。

 私の手を取り自身の口に付け、そのまま上目遣いに見られて微笑まれます。


 これは………。

 これではまるで…。


 そんなはずありませんわ。

 だって、クロード様は………。


 私の困惑を察してか、クロード様は頭を撫で


「ミリィ、おいで。ダンスを踊ろう」

 そう言って手を差し伸べられました。


 優しい眼差しにつきりと胸が痛みます。

 そのような目で見られるとクロード様を誰にも渡したくないと思ってしまいます。


 引き際は美しくありたい。

 公爵令嬢としての矜持です。

 みっともない真似はしたくありません。


 私はふるふると頭を振りクロード様への想いを片隅に追いやりました。

 そんな私を、クロード様は優しく見ているとはこの時気付きませんでした。



 ♠✦♠✦


 シェリル様と取り巻きは相変わらずでした。

 取り巻きの中にはクロード様の側近候補もいました。

 確か可愛らしい婚約者がいるはずです。

 有能とは聞いていますが、現を抜かす彼に良く思わないのは当然でして。


「ヴィンセント・フォルス。貴方婚約者がいるのではなくて?婚約者以外の女性に侍っているとあらぬ噂が立ちますわよ」


 お節介かとは思いましたが1人でいるタイミングを狙い忠告致しました。

 彼は驚いた顔をしましたが、すぐに表情を取り繕いました。


「ご心配には及びません。婚約は破棄して彼女に改めて申し込むつもりです」


「あなた……本気ですの?何人もの高位令息にのみいい顔してる女ですわよ?」


「真実の愛に目覚めたのです。…話がそれだけなら失礼します」


 想いを育んで来た婚約者より、高位貴族にいい顔しているだけの女性の方が良いと言う彼のなんと愚かな事でしょう。


 けれど……やはり恋に夢中な人に間違いだと言ってもその言葉は届きませんね。

 婚約者の女性を思うと溜め息しか出ませんでした。


「あなたの婚約者は素晴らしい方ですのよ。貴方のその選択が、いつか後悔する事になりましてよ」


「ご忠告痛み入ります。後悔しないように致します」


 私は去り行くヴィンセントの姿を苦々しく見ていました。


 何の咎もない婚約者を蔑ろにしてまでも彼女に入れ込む彼に嫌悪を覚えました。

 それと同時に、自分もいつか婚約破棄を言い渡されるかもしれないという恐怖を感じ、暫くその場に立ち尽くしてしまいました。


 ───このまま本当にクロード様をシェリル様に渡していいのかしら。


 クロード様が幸せになれるのなら、と思いましたがシェリル様の素行を見ているとそれが正しい事なのか分からなくなりました。


 けれどもクロード様にヴィンセントと同じ事を言って、先程のように返ってきたら私は打ちのめされてしまうでしょう。

 クロード様はそんな方ではないと思っても、不安は消えませんでした。



 あれから目立った成果を挙げられず、日にちは過ぎてゆくばかりでした。


 このままでは私とクロード様の成婚の日を迎えてしまいます。


 最近では気のせいか、私がシェリル様に近付こうとするとなぜかクロード様のお邪魔が入ります。

 絶妙なタイミングでばかり話し掛けて来るクロード様に翻弄されているうちにシェリル様達はいなくなっているのです。


 そんな事が続くので、私はクロード様に思い切って聞いてみることに致しました。



「クロード様。クロード様はシェリル様と一緒にいなくてよろしいのですか?」


 おずおずと聞いてみると、クロード様はきょとんとしたお顔をされました。

 それから残念な子を見るような顔になり、はあ、と溜め息をつきました。


「ねえミリィ?最近何かおかしかったのって、もしかして僕がマッケイン嬢を好きと思ってくっつけようとしたとか言わないよね?」


 私は目を見張りました。

 クロード様はお見通しでした。さすが王太子殿下。観察眼が鋭いです。


「えっ、違うのですか?─…あれっ?」


 えっ、でも。クロード様の態度……?ん?

 こ、心無しかクロード様の笑みが深くなり……。


 あ、あら、目は笑っているのになぜか怖いわ…?

 と思っているとクロード様は私の肩をがしっと掴みました。


「僕が好きなのはミリアリアだけだよ!

 他の女性なんか目に入らないくらい、君だけしか見ていない!」


 え、ええーーーーー!?

 クロード様の好きな人は私!?

 えっ、えっ、じゃあ、えっ

 シェリル様の片想い!?


「ねぇミリィ?あんなわっかりやすい毒婦に引っ掛かるのなんか恋に恋するヴィンセントくらいなもんだよ?」


 あっ、クロード様もシェリル様の本性に気付いてらっしゃる?


「どこをどう見て僕がマッケイン嬢に懸想してると思ったの?」


 クロード様は私の肩をがくがくと揺すりました。


「く、クロード様がシェリル様を見てる時、切なそうな顔したり……

 複数の男性に囲まれてるのを見て不愉快そうに顔を歪めたりされてるのを見て……」


「切なそうな顔?あ、ああ、うん、多分。

 もし男性に囲まれてるのがミリィだったら、と想像して辛くなったんだ。誰にでもいい顔をするミリィとか考えただけで周りを吹き飛ばしたくなる」


 こほんと咳払いをし、目を逸らして照れながらクロード様は説明して下さいました。


「は……はぁ、そうですか…」


「複数の男性に囲まれてる時のはあいつが取り巻きにいたからだよ。けど説教しても聞かないだろ?だから放っといたんだよ。

 ……まあ、あいつに関しては思う事あるから色々は言えないんだけどね」


 あの取り巻きの中に……あぁ。

 あの方ですわね。

 今頃絶賛大後悔中の。

 あの方については自業自得なので一生後悔してればいいのですわ。ぷんだ!


「はぁ、もしかしてそんな事気にしてこないだ泣いてたの?何なのミリィ何でそんなに可愛いの」


 私は突然クロード様に抱き締められました。

 それだけでなく頬をすりすりされています。


「あ、あのクロード様、ちょっと、お離し下さい」


「嫌だね。ミリィがこれ以上勘違いしなくていいように僕はきちんと愛を伝える事にする」


 きりっと仰ってますが、これ以上は私の身が持ちません。

 何とか身を捩り逃れようとすると、顎を掴まれ軽く唇に何かが触れました。


「ミリィ、僕は君を愛しているよ。君と結婚できるのを指折り数えて楽しみにしてる」


「クロード様……」


「ミリィは?ミリィはどう思ってる?」


 クロード様に手を掴まれて、私は顔が真っ赤になってしまいました。

 胸もどきどきと鳴ってこのままだと心臓が口から出そうです。


「わ、私もっ、クロード様がすっ、好きでしゅ!」


 情けない事にしっかり言えないまま噛んでしまって、私の顔は更に真っ赤になりました。

 そんな私を見てクロード様はきらきらの笑顔になり


「ああっ!ミリィ噛んじゃったね!可愛い!!ミリィが可愛い!!大好き!」


 そう言ってまたぎゅうぎゅうと抱き締めてきました。


 ……私のあの悩んだ日々はなんだったのでしょう。

 けれど、今思えばシェリル様にクロード様をあげなくて良かったですわ。


 クロード様から見たシェリル様は


「王太子妃どころか貴族夫人も無理。本人もそれ分かってるから愛人の座を狙ってる」

 だそうで。


「あんなのを選ぶと思われてるのは心外だ。僕は僕と自身の為に努力し続けるミリィしか見てないよ。

 自分の気持ちや、やりたい事を我慢して王室を優先してくれて、厳しい教育にじっと耐えて、嫌味を言われても心無い事を言われても泣き言一つ言わずに凛と立ってる君を愛さない理由なんてあるかい?いや無い。

 将来の王太子妃として美しく完璧であろうと健気な君を放っておけるかい?無理だ。

 君の行動一つ一つが僕を想ってくれているのに、君以外の誰を見られよう」


 と、しれっと私の陰の努力を労って下さって思わず顔がにまにましてしまうと、クロード様が「可愛い!僕の婚約者が超絶可愛い!!」とちゅっちゅしてくるので私は顔を赤くするしかありませんでした。


 それを見たクロード様のご友人のアベル・フェーヴル様からは

「口から砂糖が出そう」

 と言われる始末。


 ちょっと愛が重い気もするけど、好きな人から想われてるのは幸せな事ですのね。



 そして今日は結婚の儀。


「ミリアリア・ファウゼン嬢。君を愛している。改めて愛を誓うよ。僕の手を取って欲しい」

 と片膝突いたクロード様から求婚されて。


「クロード・ゼノン王太子殿下。喜んでお受け致します。ふつつか者ですがよろしくお願い致しましゅ」

 とお返ししました。


 …………また噛んでしまいましたわ。

 大事な時の大事な言葉で噛むなんて、私とした事が…!


 そしてクロード様は再び目をキラキラさせてウズウズしてらっしゃいますわ…。

 でも今は大勢の聴衆の中です。

 ダメですわよ、クロード様。耐えて。耐えて下さいませ。


 あっ、お待ちになって。

 そのわきわきした手を引っ込めて下さいませっ!


 そんな攻防をしていると知らぬ私たちを、いつまでも鳴り止まぬ拍手が祝福していました。



お読み頂きありがとうございます!

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