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ルルファスとマリベル

王宮の食堂の混雑もピークを越えたようだ。

食事を終えたらしいマリベルとルルファスを見つけて、イズールとアドルは書類を渡すために近づいて行った。


「婚姻の申請?いいわよ、午後になったら一番に処理しておくわ」

「それにしてもみんなバタバタと結婚していくな」

「戦の前もそうだったけれど、和平協定を終えたらもっと増えたわね」


マリベルはルルファスと食後のお茶を飲みながら書類を受け取ってくれる。


「リーリシャリムがいないと静かだな」


アドルが言う。

イズールも確かに少し寂しい。

今はお産の為に仕事を休んでいるのだ。


「子どもかぁ、いいなあ。俺も早くマリベルの子どもの顔が見たいなぁ」


ルルファスがマリベルの髪に口づける。

相変わらずべたぼれである。


「マリベルとルルファスはどんな風に知り合ったの?」

「俺達?」


ルルファスは聞いて聞いて!と上機嫌だ。

きまり悪そうに止めるマリベルを


「仕事が待っているんでしょ」


と追い払い、嬉しそうに話しだした。



***




騎士団の通常任務を終え、仲のよい3人で王都の街へと繰り出す。

気安いが下品ではない気に入りの酒場で夕食を食べるのは休日前の楽しみだ。


「俺は……なんでこんなに女運がないんだ……」


勤務の時には忘れていられた気持ちがどっと溢れて、ルルファスは蒸留酒をあおった。

癖のある銀髪をぐしゃっとかきまぜると金色の目から涙がにじむ。


「お前は女運が悪いんじゃなくて女を見る目がないの」


もっと慎重に選べよ、と言いながらグラスに蒸留酒を継ぎ足してくれるのはグノンだ。

短くつやつやと光った黒髪がすっきりとした印象、黒い目がいたわってくれている。


「いっそ誤解されてる評判通り100人斬りしてみれば?」


などと美少女のような顔で言い放つリーリシャリムはふわふわした長いはちみつ色の髪を無造作にまとめて青い目を細くして笑う。


「あら、楽しそうな話ね」


後ろから知らない声がかかる。

人目をひくかわいい二人の女性たちが立っていた。


「チアシェ、久しぶり!色っぽくなった?彼のおかげかな?」

「リーは変わらず罪作りなかわいさね!」

「マリベルは今日は特別きれいだよ!」


リーリシャリムが女性の二人連れと話し込み始めた。

チアシェと呼ばれた女性は落ち着いた茶色の髪をすっきりと巻いて赤茶色の目を楽しそうに光らせている。

確かに色っぽい女性ではある……が。

チアシェの隣にいる、一見地味な女性にルルファスは目を奪われた。

長い黒髪がさらりと揺れる。

控えめに伏せられた長いまつ毛にふちどられた緑の目がきれいだ。

シンプルだけれど体のラインが出る服を着ていて、スタイルの良さが分かる。

失恋したばかりなのに、むしろ、失恋したばかりだからか、ルルファスはその可憐さに惹きつけられた。


「二人は1級文官なんだよ。俺が魔法関連の書類を良く持っていくでしょ、というかお前らもたまに持っていくだろうけど、その処理をしてくれている」


リーリシャリムは二人をテーブルに招き入れる。

マリベルがすとんとルルファスの隣に座った。


「こんなかわいい子、いたっけ……?」

「マリベルは仕事中、なんというか……なりふり構わないからな。常々もっと磨けばいいとは言っていたけど、何かあったの?」

「惚れた男に当たって砕ける覚悟を決めたのよ!」


チアシェが面白そうに言うと、マリベルは頬を染めてうつむいた。

白く細い指でグラスをもてあますのが可愛い。

花のようないい匂いがする。

二人はグノンとも知り合いらしい。

ずけずけとものを言うリーリシャリムとチアシェ、それをたしなめるグノン、笑いながらさらに話を広げるルルファスと、鋭い一言をたまに挟むマリベル。次から次へと会話は弾んで、思いもかけず遅い時間になった。

こっそりマリベルの肌が白いこと、お酒を飲んでほんのり赤いことを観察しながら。


「夜道は危ないね?」


リーリシャリムがチアシェに言うのを聞いて、思わず


「俺がマリベルを送るよ。リー達はチアシェを送ってくれよ」


と、ルルファスは言ってしまった。

少しでもこの人との時間を引き延ばしたい。

慎重にならなくてはと頭では分かっているのに。


空には星空が広がっている。

必要最低限の灯りで照らされた街の入り組んだ官舎にマリベルの小さな部屋はあった。

ふらつきながら歩くマリベルは案外酔っているらしい。


「今日は楽しかったわね!」


と、くるりと振り向いた拍子にふらっとバランスを崩したので、とっさに抱きとめた。

するり、マリベルの腕が背中に回される。


「泊っていかない?」


緑の目が見上げる。

黒い髪がさらり、とルルファスの腕にかかって、花の香りに包まれる。


「……好きな人がいるんだろう?」

「その人は、すごくもてて、よりどりみどりの人で」


赤い顔は酔っているからだろう。


「私なんか相手にしてくれないみたい」


切なそうな額に思わずキスをする。


(あっ、俺これ失恋するやつだ)


「……じゃあ、俺が今日はお相手するよ?」


口から出た言葉は軽い男そのもの。

でも一晩だけでもこの子と過ごしたい。

マリベルは小さくうなずくとガチャリ、とドアを開けた。

ふっと小さな灯りの魔術具が灯る。

清潔で、こざっぱりして、無駄がない部屋のところどころにハーブの植木鉢。

ベッドをソファとしても使っているらしい。

手の込んだ細工のクッションが散らばっていて、居心地が良さそうだった。


「飲みすぎた……熱いわ」


マリベルはつぶやくと俺の手を引いてベッドに導いた。

ルルファスは違う意味で熱い。

この都合の良すぎる展開は、どう捉えればいいのか。

マリベルはこんなにかわいい子だし、男なんか群がるほどいるだろう。

今夜がチャンスではないのか。

マリベルがルルファスの手をそのまま……ぎこちなく自分の胸に押し当てた。

伏せたまつげが震えて瞳がうるんでいる。

大きくて形のよい胸が柔らかい。

マリベルが誘うように目を閉じたので、唇を重ねる。

深く口づけると、ふっと目を開いてかすかに驚くような表情をしたが、また伏せられた。

ええと……これはおそらく……


「マリベル、君、処女でしょう?」


身体を離してルルファスは言った。


「好きな人がいるなら、大事にしないと、ダメだ」


マリベルが呆然とルルファスを見る。

しばらくして、こくりとうなずいた。


「お茶、淹れるわね」


すい、と、離れていった体が惜しい。

でも、慎重になると決めたのだ。


「マリベルの好きな人のこと教えて。協力できるかもしれないよ?」


お湯を沸かす気配がキッチンから伝わる。


「ええと……その人は過去に色んな女の人と付き合っていて、笑顔が素敵で、紳士で優しくてみんなが狙っていて」


なんだ、そのうらやましい奴。

癖のある銀髪をぐしゃっとかきまぜた。


「私、その人に振り向いて欲しいの」


トレイでお茶を運んできたマリベルはお酒がちょっと抜けた、しっかりした顔つきになっていた。

白いシンプルで質感のいいカップに香りの高いお茶。

酔い覚ましの水の入ったグラスも添えてある。

水を飲むと柑橘の香りがした。

水を飲み干した後にお茶に口をつけるとほのかな苦みがあって美味しい。

お茶を上手に淹れられる人は好きだ。


「でも、男の人がどんな言葉を喜んだり、どんな行動を好きなのか分からなくて……」

「それじゃ、竜騎士団一男に強くて女に弱い俺が先生になろうか?」


マリベルの顔がぱっ、と赤くなる。


「男に慣れるために色んな場所に連れてくよ!お店や市場に行ってみない?」

「……いいの?」

「失恋したてだから俺も嬉しいよ!」


そしてあわよくばそいつよりも自分を好きになってもらいたい。

マリベルは嬉しそうにこくんとうなずいた。


翌朝、マリベルの家から朝市へ向かう。

昨夜はクッションを敷いてルルファスが床に寝たのである。

評判のパン屋で腸詰を挟んだパンや数種類の揚げ菓子を買い、果実水の美味い店で試飲してお互いの好みの果実水を買う。

食べやすい果物も買ってみた。

マリベルはきょろきょろとおのぼりさんのように街並みを見回す。


「はぐれると危ないよ」


さりげなく手をつなぐとマリベルはまた真っ赤になった。


「朝市は初めて?」

「忙しいし、女一人で市に行くのは危険かなと思って……今まで来られなかったの」

「治安は悪くないけど、確かに男が多いよね。また行きたくなったら俺を呼んで」


嬉しそうにうなずくのがかわいい。

どこのどいつか知らないが、こんな子をどうして放っておくのだろう。


市場をひととおりひやかして、北門に戻って行きつけの服飾店に入った。マリベルが別の何かを見ている間にルルファスは銀色の生地に金色の糸で刺繍された細いシルクのリボンを買う。

一見目立たないし、そんなに高価なものでもないけど、女の子たちが髪を結うのに最近流行っているものだ。

ルルファスの髪と目の色に合わせてみた。

それは秘密だ。


「服を見て欲しいの」

と言われ、何着かデザインを見せてもらった。

華奢だが胸のあるマリベルのスタイルの良さが引き立つ数点を選んだ。

落ち着いた深緑が好きなようだ。白い肌に確かに映える。

淡い若葉色でもいいのではないか、というと、


「そんなかわいい色は着たことがなくて……」


と、しり込みする。

似合うよ、と言って強引に買ってしまった。

サイズを合わせて後日引き取りに来ればいいらしい。

買い物が終わると服飾店の屋上に通してもらう。

銀の笛を街着の胸元から引っ張り出し、息を吹き込む。

音が鳴らないことにマリベルは不思議そうにしていたが、翼のはばたく音が遠くから聞こえてくると、なるほど、という顔になった。

そう、ルルファスは竜使いの騎士である自分のよさを最大限にアピールするために相棒を呼んだのだ。


「ギョエテ!」


翡翠色の竜が透き通る羽をたたんで屋上に着陸した。

マリベルは怖がっていない様子。

果実をあげて撫でてやるとグググ、と鳴いた。


「ギョエテって言うの?きれいな緑の肌……」

「主食が草なんだ。だからこうなるのかな?……さて、もし時間が許すならもうちょっとおつきあいいただけますか?」

「もちろん!」


ギョエテの背中に飛び乗ると、マリベルを抱き上げる。

花のような匂いがする。

マリベルをわざと包むように騎乗すると、華奢な肩が緊張しているのが分かった。

黒い髪が頬をくすぐって、ああもう昨日美味しく頂けばよかった!という思いが膨らむ。


「手をね」

「うん?」

「落ちると危ないからちゃんと俺の手を握っておいて」


小さくうん、という吐息のような声が漏れる。

細くて白い指が自分の手をしっかり握った。


(ああ、昨日しとけばよかった!)


ギョエテは翼を震わせながら王都を離れた。

森深くある水源は木に囲まれた苔むした岩場で、夏でもひんやりと涼しい。


「こんな所、あったのね……」

「竜でなければ来られない場所なんだ。また来ようよ」


マリベルは嬉しそうにうなずく。

ああ、これ何度目のかわいいだろう。

柔らかい革を敷き、買い込んだ食材を広げ、二人で食べる。


「この腸詰、スパイスが効いているのね!」

「そうそう。君が選んだ果実水を少し飲ませてよ」


交換した果実水を飲みあうとマリベルが満足そうにため息をついた。

ちょっと色っぽくもある。


「なんで今まで彼氏がいなかったのかな」

「私、あまり、かわいい方ではないから……」

「いや、かわいいよ!」


困ったように彼女がかぶりをふった。


「分かっているのよ、お世辞はいいわ」


そして揚げ菓子に手を伸ばし、食べ始めた。


「ええと、マリベルは、すごく、かわいいよ?」


戸惑ったように笑い、本当に優しい人ね、と小さく言った。


「昨日手も出さなかったのに?」

「それは……」

「処女が重いのかな?」

「いや、そうじゃなくて」

「分かっているのよ、だからいいの。今日はありがとう」


上手く説得できない。

気まずくなって、揚げ菓子をもそもそと食べる。

美味しいわ、また食べたい、と、マリベルがつぶやいたので、二人でまた行こうよ、というと、嬉しそうな笑顔を浮かべた。

水源の水で口をすすぎ、森の中で二人ぼんやりする。

いつもおしゃべりだと言われるし確かに話すのは好きだけれど、彼女となら沈黙も好もしい。

夕暮れが間近だ。

ギョエテに乗る前に、髪にリボンを結びつける。そして額に口づけた。


(少しは俺を意識してくれるといいけれど)


「ありがとう、じゃあね!」


マリベルは言って、手を振って、飛び切りの笑顔で……そして帰って行った。


◇◇◇


休み明けの王宮でルルファスはリーリシャリムに問い詰められた。


「マリベルに何したの?」

「なっ」

「はっ!?」

「何もできなかったんだ……」


それは……お前らしからぬ、と、リーリシャリムが笑う。


「それよりマリベルはどこ所属なの?『文官のかわいい子』でマリベルって呼ばれている子がいないんだけど」


リーリシャリムは一瞬いたずらっ子の顔をして、グノンにどつかれる。

グノンはお前もっとちゃんと探せよ、と言うとリーリシャリムと連れ立って担当部署に行ってしまった。


それからしばらく忙しい仕事が立て込んで、その合間を縫うように文官棟に通う日々が始まった。

今までリーリシャリム任せにしていた書類を自分で持っていくようにしたのだ。

書類受付の子は毎回変わった。

皆かわいい。

でも、マリベルではない。

一緒にお出かけしませんか、と言われれば機会があれば喜んで、と言うし、今日も素敵ですね、と言われればありがとう君もかわいいよ、と言う。

マリベルに届け、とばかりに結構目立つように振舞った。

でも、マリベルはいないのである。

よく考えたら文官棟は広かった。

しかし、かわいい子は大概受付に回される。

マリベルが受付をしないはずはないのに。

仕方なく、次の季節の市が立つ日の夕方、リーリシャリム経由でマリベルに次のデートを取り付けた。

待ち合わせ場所に来たマリベルは淡い若葉色の街着が似合っている。

この間頼んでもらったものを着てきてくれたのだ。

すごく嬉しかった。

褒めると大げさよ、と言って照れる。


「リボン、使ってくれていないの?」

「髪がスルスル滑って、結べないの」


困ったように言うマリベルに、それならばと金のピンを渡す。


「私、髪を結わえるのが苦手で……」


というマリベルに丁寧に使い方を教える。

竜の紋章に気が付いて、困ったように笑った。


「これはあなたの魔術具じゃないじゃない。だめよ」

「何個かあるから」


と、無理矢理に押し付ける。

自分の印をつけてしまいたいのである。


「ダメよ。こういうのはきっちりしたいの」

「じゃあ、買ったものならいい?」

「……もてる理由が分かるわ」


君にもてたいんだ、と言ったら、また困ったように笑う。


「あなたの行きつけはちょっと私には高価だから、私の好きな店で買いましょう」


北門を少し過ぎた、落ち着いた雰囲気の小さな店にマリベルと入って行った。


「あらいらっしゃい、素敵な人を連れてきたのね」


と、店主らしき美人が笑う。

手の込んだ織り地のじゅうたん、つややかなガラスのグラスや花瓶、素朴で小さな人形。


「お願いしていたものはあるかしら?」


とマリベルが言うのが聞こえる。

腕のいい職人の細工だと一目で分かるピンが数種類あり、金と銀のものを全部選んだ。

店主にリボンの話をすると、使い方を丁寧に教えてくれる。


「こんなにたくさん、使いきれないわ」

「マリベル様、パーティーが近かったでしょう?そこでは必要になりますよ」

「それじゃあ、これはお礼」


マリベルがふわっとルルファスの首にストールをかけてくれた。

肌触りが良くて、翡翠から深緑へのグラデーションがきれいだ。

良くお似合いですね、と店主が笑った。


「この店オリジナルの軽くて丈夫な絹で作ってあるんですって。多少ラフに扱ってもへたれないし、あなたは野営が多いでしょう?冬場も夏場も過ごしやすいように今細工をするわ。」


カードを2枚取り出すと、小さく呟きながらトトン、と指で押さえた。

ボウッ、と、赤と青の光がストールを包む。

夏は涼しく、冬は暖かくなる魔法だ。

何気なく使ったが、誰でも使えるものではない。

一度巻くと外したくなくなる快適さだった。


「マリベル様の瞳の色と合わせたのでしょう?お似合いですよ」

「お世話になっている人なだけよ。あと、この人の竜がこの色なの」


慌ててマリベルは否定するけれど、ちょっと自惚れていいのだろうか。


「竜使いの騎士なの?マリベル様、素敵な人を捕まえましたね!」

「本当に違うの、彼と出かける人はいっぱいいるのよ」

「そんな人はいないよ」

「でも、窓口で約束していたでしょう?今度一緒に、って」

「あの時いたのかい?何で話しかけてくれなかったの!」

「だって、あんなかわいい子と話している時に割り込めないわ」


困ったように笑う原因が分かって、ほっとする。


「あんなの社交辞令でしょ」

「……そうね、こんなの社交辞令ね」


あっ、誤解させた。

和やかなマリベルの笑顔に心の距離を感じつつ、店を出る。

北門をくぐりながら、人波にはぐれないようマリベルの手を握って、そして大事なことを思い出した。


「パーティー、あるね!大きなのが!」

「ええ、あるわね」


憂鬱だわ、とため息をつくマリベルに勇気を出す。


「相手がいないなら、俺と……」

「ごめんなさい、一日中仕事があるのよ」


楽しみたいけれど、というマリベルに言うだけ言ってみる。


「じゃあ、ドレスをプレゼントさせてよ」


ああ、自分は確かに惚れっぽい。

なんで二度しか会ったことのない女性にこんなに追いすがっているのか。

そもそも騎士たちは交替で警護があるけれど、パーティーの日に一日中の仕事を文官がするのか。

体よく断られているのではないか。


「街着ならともかく、ドレスはもらえないわ」

「ダメだって言うなら」

「なら?」

「ここでキスする」


マリベルの顔は赤くなって、うつむいてしまった。


「……ずるいわ」


と言ったマリベルにかまわずリボンを買った店に連れていく。

落ち着いた銀色のシルクの朱子織のタイトなドレスに、金色のクラッチバッグとハイヒール。

「足と肩は出さないで」とか「地味に」と言うマリベルともっと華やかにさせたいルルファスで揉めながら、シックで上品な感じにまとまった。

そのアホがマリベルの魅力に気づかないうちに、もっと自分の色に染めたいものである。

その後いきつけの食事処に彼女を連れて行って店主にきれいな人ですねと言われ、特別サービスのコースを頂き、夜の街をギョエテで飛行して、彼女の髪の感触と花のような香りにかなりいい気分になって、送って行った彼女の部屋の前でルルファスはじゃあね、と言われた。


「のどが、乾いたかも」

「嘘はダメよ」

「もっと一緒にいたい」

「社交辞令はいいわ」

「社交辞令じゃない!」


思わずちょっと大きな声を出したルルファスに、マリベルは泣きそうな顔をした。

あっ、まだふられたくない。

抱きしめて額にキスをした。


「パーティーの後に4日、休暇を取れることになったんだ」


きょとんとして、ルルファスを見るマリベル。


「一緒に、過ごしたい」


赤い顔で、マリベルは優しい人ね、と言った。



***



パーティーは他国からの来賓もある本当に大きなものだった。

文官も騎士も準備に追われる。


「女史がさぁ、鬼のように仕事を振ってくるの!」

「女史は仕事大好きだものね。私たちも一緒にしないでほしいわ」

「来賓の歓迎までしちゃうらしいよ女史は」

「婚期も逃しそうだし、大丈夫なのかね」

「仕事と結婚してるよね」


『マリベルというかわいい子を探せ』というミッションを成功させるため、少ない空き時間を使って文官棟に着いたタイミングで、女の子たちが休憩に入ったらしい。

普段は窓口業務だけの女の子たちが、違う仕事をさせられて困っている、というグチを聞き、なぐさめる羽目になってしまった。


「まあ、突発の仕事は困るよね」

「ほんとにそうなの!」

「でも、国の事業だからね」

「まあねぇ。これが終われば一息つくかな。あの女史が4日も休暇を申請しているらしい」

「女史まで!じゃあ私たちも街に行こうよ!」


みんなかわいい子たちである。

でも、どこでマリベルが聞いているか分からないのだ。


「ごめんね、俺は休日が埋まっていて」

「ええー、早くも彼女ができちゃったの?」


大きな声で女の子たちが嘆いてみせる。


「じゃあせめて一緒にダンスを踊ってよ」

「休憩時間が合ったらよろしくね」


『ミッション・マリベル』失敗。

騎士棟に帰るとリーリシャリムがいたずらっ子の顔で寄ってきた。


「マリベルにドレスをプレゼントしただろ」

「……何でお前が知ってるんだ?」

「ちょうど休日が合ったから一緒に店に受け取りに行ったんだよ。で、試着を確認した。すっごいね!なにあれ、君よ俺で染まれ!なの?」

「いつ!いつの休日!」

「お前の勤務日だったの」


黙って聞いていたグノンがリーリシャリムをどついた。


「お前、人で遊ぶな!」

「はあい、善処します」


休憩が終わるからね、と、二人は騎士棟の担当部署に去って行く。


マリベルはパーティーであのドレスを着てくれるらしい。

でも、あのドレスを着たマリベルを見て、そいつの心が揺れたらどうしよう。

というか、自分は次いつマリベルと会えるのか?

家に押しかけない常識は持っている。

しかしこの常識はいつまで持つだろう。


「連絡先……聞かないと」


普段ならやらない小さなミスを重ねながら、パーティーの日がやってきた。



***



騎士はパーティーへとやって来る馬車や竜を迎え、粗相のないように丁重に会場へと案内する。

ルルファスは早朝から午後にかけての担当の時間を終えて、とりあえず発泡水のグラスを取った。

万が一があるから、アルコールには手を付けない。

優雅な音楽が流れ、ダンスを踊る男女がホールにあふれる。

マリベルは今どうしているのか。


「ダンスを踊ってほしい」


という女の子たちの視線を感じて、バルコニーに逃げた。

こんなこと今までなかったのに。

ブッ、と、耳にかけた緊急連絡の緑の魔石が小さく鳴って光った。

最近緑の色に変えたのだ。

竜の紋章のピンの横に、緑の魔石のピンを重ねてつけている。

我ながらアホだなぁと思う。でもしたかったのだ。


『2階第4来賓席に侵入者多数あり。急行せよ』


一番その場所に近いのが自分だということだろう。


『ルルファス向かいます』


応えるなり飛ぶ。

リーリシャリムが対応していた部屋である。

奴は魔法がめっぽうできるが剣が強い方ではない。

グノンも飛んでいく姿が見えた。

狭い来賓席に、見たことがない顔の我が国の衛兵の制服を着た男達が十数人群がっている。

衛兵にしては魔力が強すぎるし、剣の筋が良すぎる。

部屋の隅の方で魔法陣をいくつも展開して防御するリーリシャリムが見えた。

体の後ろに国賓をかばっているのだろう。

誰かが衛兵の服をはぎとり、この場に踏み込んだのだろうか。

まずい、この騒ぎが知れたら国際問題に発展する。

グノンと一緒に飛び込み、一気に斬り伏せる。

わずか数分で決着がついた。

最後の一人をグノンが仕留めると、魔法陣を消してリーリシャリムはふうっ、と、息を吐いて座り込んだ。

後ろに向かって、確か北西の方の言葉で、もう終わりました、大丈夫ですか?と話しかける。

よろしければ奥の部屋へ下がりましょう、と、重ねて言った声にどきっとする。

流暢に話せる人がなかなかいない言葉なので、リーリシャリムが担当になった部屋だ。

グノンがリーリシャリムを助け起こす。

数人の侍女らしき人が動き出した。

リーリシャリムがグノンに寄りかかりながら、一番奥の人物に言う。


「防音の魔法陣を張ってくれてありがとう、おかげで大ごとにならずに済んだ」

「まあ、私の仕事よ」

「あなたは仕事を抱えすぎだよ」

「大丈夫。この後4日は休暇にしてあるの」


王冠を付けた少女をかばって抱いていた女性がするりと立ち上がる。

黒髪を繊細な金と銀のピンで結い、落ち着いた銀色のドレスに金色のハイヒール。


「マリベル……?」


目が合うと、不意打ちを食らった彼女は顔を赤らめ、いつものようにうつむいた。



***



遠くで華やかな音楽が聞こえる。


「きれいだ」

「緊急時以外、王女の前で分からない言語を話すのは失礼よ」


奥の部屋で王女はしばらく震えていたが、やっと落ち着いて来たらしい。

女官がお茶を持ってきて、それを一口飲むと、北西の方の言葉で何かを言った。

グノンとリーリシャリム、そしてルルファスとマリベルがつき従って警護をしている。

小さな声だったのでルルファスは聞き逃してしまった。


「何とおっしゃったんだ?」


マリベルが赤い顔を伏せて訳する。


「私の国がまだ安定していないために迷惑をかけてすまなかった、って」

「それだけじゃないでしょ、マリベル」


と、リーリシャリムがいたずらっ子の顔をした。


「二人はとてもお似合いですねってさ」

「あんた、ほんと人をおもちゃにして!」


マリベルが真っ赤になってリーリシャリムをどついた。


「……ピンの色が金と銀、魔石が緑で、服もお揃い」


にやにやするリーリシャリム。

グノンも苦笑いしている。

同じ店で、同じ生地で、黒い服をあつらえたのは確かだが。


「違う」


ルルファスがとがった声を出すと、みんながきょとんとする。


「彼女には好きな人がいるんだ」

「は?」


リーリシャリムが呆れたようにマリベルを振り返った。


「まだ告白してないの?」

「したわ!」


マリベルは涙目である。


「ろくに取り合ってくれなかったのよ!」

「えっ」

「それはひどいね」

「ろくに取り合ってくれなかったのは君だよ!」


王女がきょときょととみんなを見回す。

視線に気づいた一同は黙り込んだ。

ルルファスとグノンはちょうど交代することとなった。



***



「マリベルはねぇ、あなたのことが前から好きで。優しくて人によって態度が変わらない所に好意を持ったらしいわ。でも、あなたったらいつも彼女がいるでしょう?それで諦めていたけれど、リーリシャリムからあなたが彼女と別れたと言われて、一晩だけでも恋人になりたかったそうなの」


パーティー会場で捕まえたチアシェは婚約者を待たせることを気にしながら言葉を選ぶ。


「職場ではちょっと……かなり……人が変わるから、会いたくなかったんですって」


チアシェと話すルルファスを、遠くから文官のお嬢さんたちが見ている。


「ああいう子たちを、まとめ上げないといけないでしょう?私もそうだけれど、やっぱり優しいだけではやっていけないのよ」


それは分かる。


「ええと、あとはマリベルに聞いて?」


これ以上言うと怒られちゃう、と手を振りながら去って行った。

その隙を逃さずお嬢さんたちがやって来る。


「今年はダンスを踊れないんだ」


と言うとみんなムッとした顔になる。


「婚約者でもお決まりになったんですか?」

「片思いだけれど、彼女以外には触れたくなくて」



***



夜が明けるころ、北西の地方の王女が帰って行った。

優雅に見送ったリーリシャリムとマリベルが馬車が見えなくなったのを確認して息をつく。


「今年も長かったね……!」

「来年は誰かを養成しなくてはね……!」


ねぎらいあう二人にルルファスが近づく。


「お疲れさま」

「……ありがとう」

「きちんと食事はとれた?」

「あまり、食べられていないのよ」


お腹がすいたね、とリーリシャリムがのんきに言う。

給仕に取り分けてもらっていた料理をかご一つ分リーリシャリムに押し付けた。

おっ、気が利くね、とにやにやするリーリシャリムを無視してルルファスは用意していた言葉を言った。


「マリベルの部屋に行っていいかな。食事は、あるから」


もう一つのかごを示すと困ったように部屋が片付いていないの、と言う。

想定済みだ。


「じゃあ、僕の家に行こうよ」

「へー、ルルファスの家、片づけたんだ。頑張ったね」


女の子呼ぶの、めんどくさいって嫌いなのに、と言うリーリシャリムをグノンが猫の子のようにつまむ。


「本当のことだろ!」

「余計なことだ」


ふたりはふいと消えた。

残されたマリベルは長いまつ毛を震わせてうつむいた。

その手を取り、ルルファスも二人で消えた。



***



ルルファスの家は下賜されたもので、一人暮らしだが何部屋かある。

小さい方ではない。

普段は掃除が面倒で、もてあましがちだ。

あの後あわてて寝ずに掃除をしたのだ。

家具は気に入りの店に選んでもらったものだが、ちょっと殺風景かもしれない。


「……立派な家ね」

「余っている部屋もあるし、一緒に住む?」

「そうね、家賃が助かるわ」


なんて、と、茶化したマリベルを抱きしめる。


「かわいい人にずっと側にいて欲しいんだ」


ぎゅっ、と、マリベルが緊張して体中に力が入るのが分かる。


「お腹がすいたわ」


と、逃げる彼女をもう離すつもりはない。


「半年!」


顔を見なくても分かる、彼女は赤い顔をしている。

自分も余裕のないみっともない顔をしているだろう。


「半年で3回しか会えてない。不本意です」

「……」

「キスを要求します。それからずっと一緒にいたい、4日間」

「一回帰ってから……」

「帰さない。俺は十分待った。探したのに逃げたのは君だ」


マリベルの顎を上げて唇に触れる。


「いや?」


マリベルが小さく首を振ったので、ルルファスはもう一度抱きしめた。

金と銀のピンを一本一本そっと外していく。

……その時。

ぐうっとマリベルのお腹が鳴った。


「えーと」


少し、いやかなり我慢してルルファスは言う。

慎重に。


「まずは朝食を食べようか?」




【了】

誰にも求められなかったけれど書きたくて書きました(笑)

この話は続きます。


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