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犯人は現場へ戻る

作者: 阿部直弼

脱字、誤字ありましたらご指摘ください。

 犯人は現場へ戻ってくる。

 何故かは分からない。なにか犯罪心理学みたいなものなのか分からないが、今の俺ならはっきり言える。それは正論だ。

 

 一週間前に起きたOL殺人事件。

 部屋の中に忍び込んだ犯人は被害者と争い、被害者の隙をついて、被害者の左胸に果物ナイフを刺し、被害者の部屋を出た。

 犯人は俺だ。

 被害者…、美帆は俺の元カノだった。

 美帆はパチンコを激しく嫌っていた。話を聞くと美帆の親父さんがパチンコで借金を作っていて、何かと家族が巻き込まれていたからだという。

「急に行くなとは言わない。だけど少しずつ行く回数を減らして」

 美帆に頼まれたら、そりゃ断れない。俺は美帆の事を愛してたから。

 

「ただいま」

「おかえり、カズくんまたパチンコ行ったの?」

 当時、美帆の部屋に半同棲状態だった。ここはすごい落ち着く場所だった。

「ああ、でも二カ月ぶりだぜ。付き合う前の俺から見たら、とんでもない進化だからな!猿からスカイパーフェクTVぐらいの進化」

「へぇー、すごいねぇー(笑)」

「馬鹿にしたろ?猿馬鹿にしたろ?」

「なんで猿馬鹿にしなきゃならないの」

 笑顔になっている美帆に、俺はあるプレゼントを用意した。

 ずっと前から美帆が欲しがっていた香水。パチンコ屋の景品にそれがあったから、交換していた。

「ほら美帆、プレゼント」

「あ、この香水」

 食い入るように美帆は見ている。

「パチンコ屋の景品にあったんだ。美帆喜ぶと思って」

「ごめん、いいや」

 美帆は俯き、断る。

 なんでなのか分からない俺を見て、美帆はまた口を開く。

「私、自分の化粧品や香水とかは自分で働いた金で買いたいんだ。なんかその方がさ、頑張ってこれたっていう実感が湧くからさ…。気持ちは嬉しいよ。ありがと。でも…自分で働いたお金で買ってきて欲しかったな…」

 長めの説明を終えると、機械のように美帆はまた俯いた。

 美帆の気持ちは分からないでもないが、喜んで受け取る美帆の姿しか浮かんでいなかったから、正直残念な気持ちでいっぱいだったのは言うまでもない。

 

 俺がパチンコ屋の中に入るのはあれから三ヶ月ぶりの事だった。

 徐々に何かを減らすという方法は何かを辞めるのに一番いい方法だと俺は思う。ダイエットといい、煙草といい。継続しなければならないが、モヤモヤ感みたいなものはないと思う。

 この喧騒漂う雰囲気。久しぶりだ。

 久しぶりに気分が開放された。

 楽しげにスロットを打っている美帆を見つけるまでは。

 十枚の千円札片手に体が固まっていく。大当たりを引き、隣にいる男とハイタッチをする美帆を見る度に、心臓が大きく動き回る。

 換金している二人の背中を見つめる。美帆が欲しがっていた香水が店員から男の手に、男の手から美帆の手に渡る一部始終を見つめる。

 喜ぶ美帆の唇が【ありがとう】と動く。

 俺が望んでいた光景を、今美帆の隣にいる男は簡単に実現させた。

 殺す。殺す。殺す。

 

 あの女、殺す。

 

 美帆の血を浴びた俺の目には、あの男から貰った香水が映る。その瞬間、あの光景が浮かび、俺の脳内は不可解な動きを見せる。

 俺はあの香水を握り、浴室で叩き割る。ガラス製の容器で出来た香水は、俺の心のように割れていく。むせる程の匂いが浴室の中を這いずり回るから、すぐ様浴室を出た。

 血で塗れた美帆の体をクローゼットに隠して、部屋を出ようとした時、何者かが部屋に入ってくる感じがした。

 

 暗闇。

 俺の視界を漢字二文字で現してみた。

 ゆっくり目を開くと、俺はトイレの便座の上で体育座りをしていたようだ。

 俺が着ているジャージが擦れている音以外、物音は何一つしない。

 携帯を開くと、美帆を殺してからもう一週間が過ぎていた。

 殺人現場で一週間も何をやっていたんだ俺は…。

 頭を掻き、トイレを出る。部屋に俺と美帆が争った後は跡形も無く消えている。

 あれは夢だったのか…。

 

 確認のため、少々気は引けるが美帆の死体を隠したクローゼットの戸を開ける。

 少々腐りかけた美帆の死体。臭いで吐きそうになる。その隣に、見慣れない男の死体。

 美帆とパチンコ屋にいたあの男だ。

 今起こっている状況が信じられないでいる俺は、怖くなってきて、部屋を出ようとした。

「やっと起きた」

 聞き慣れた。でも何か体が冷えてくるような声。

 ゆっくり後ろを向くと、美帆の友達の和美が風呂から出た直後なのか、タオル一枚で立っていた。

「和宏さん、あなたが殺してくれたんでしょ?ありがとう」

「お前、美帆の友達だろ?」

 俺が恐る恐る聞くと、和美は目の色を変えた。

「どこがよ!」

 怒鳴り声にビクつく俺を尻目に、和美は話を続ける。

「この女!私の男を取り上げた挙げ句、私が見たかった光景を簡単に見やがって!」 和美もあれを見ていたのか…。

 

「でも、見られたらしょうがないよね…」

 和美はテーブルの上に置いてあるハサミを手に取ると、ニヤリと笑いながら、俺の胸元を刺した。

 

「天国で美帆と仲良く暮らしてね」

 

 

 ある殺人現場に和美はいた。

 警察手帳を懐に忍ばせると、後輩らしき部下が話し掛けてきた。

「どうですかね、犯人、現場へ戻ってきますかね」

「フフ…そんなのガセよ」

 和美はニヤリと笑いながら後輩に答えた。


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