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2-3 魔女狩りオスカー

 シェリーにしてみたら入れ替わりは大成功で、日常は概ね全うに過ぎていった。

 概ね、というのは、悪い予感が当たり、例の魔法使いオスカーがちょくちょくと修道院に訪れるようになったからだ。

 彼は何が楽しいのか、敬虔なシスターや結婚前のご令嬢たちに絡んでは煙たがられていた。


 シェリーも時たま話すことがあったが、彼は大抵は軽い雰囲気を纏っており軟派としか思えない声かけに、なぜ修道院長はこの男の出入りを許しているのか疑問は膨らむ一方だった。


 オスカーが出入りを初めて一週間ほど経った頃だ。

 

 いつも難癖つけてくるシスターが遠くからこちらの姿を見かけたらしく、歩み寄ってくるのが見えた。シェリーは身構える。何か言ってきたら、また言い返してやろうと思いながら。


 しかしシスターはシェリーの目の前まで来ると、にっこりと笑い、「いつもありがとう」と言って去って行っただけだった。

 はて、たまたま上機嫌だったのだろうか。

 近頃この修道院の利益はよいらしく、そのせいかもしれない。肩すかしを食らったシェリーは首を捻りながら彼女の後ろ姿を見つめる。

 彼女の髪には、敬虔なシスターにはあるまじき、赤いリボンがぶら下がっていた。



 *



 外は大雨だった。

 深夜、修道院の仕事を終えたシェリーはいつものようにご令嬢達から頼まれた繕い物をあつらえていた。このところ、頼まれる物は修繕ではなく、刺繍や簡単な小物が多くなっていた。シェリーの腕前を信頼した少女達による依頼だった。もちろん進んで依頼を受けた。仕立屋になるという夢のため、睡眠時間を削ることなど惜しくはなかった。


 ふと、窓の外で明かりがちらつくのが分かった。窓に打ち付ける大粒の水滴の向こう側に目を凝らすと高い鐘楼に、人の気配があった。

 


 *



 オスカーは目の前の人物を冷たく見る。()()を問い詰めたところ、この鐘楼の上まで逃げ出した。無論、その命を奪うまで逃がすつもりはない。

 

「ここまでだ。まさか貴女のような方が魔女と契約しているとは思わなかった、シスター」

 

 冷たい雨が二人の体を打ち付ける。オスカーの持つ明かりが、向かいの彼女をぼんやりと照らし出す。


「なにをおっしゃるのです!? わたくしはそんなことしていません!」


 シスターの顔は怯えている。


「神に仕える者が嘘を言っていいのか? 見返りは修道院の安泰か。しかし神を守るために悪魔と契約しちゃ、本末転倒だな」


 オスカーが一歩歩み寄るとシスターは更に目を見開き、唐突に服の下からナイフを取り出した。失笑する。それで魔法使いが殺せるか。

 しかしシスターはそのナイフをオスカーに向けずに、一瞬だけ信じられぬような驚愕の表情を浮かべると、それを自らの首に突き立てた。

 何度も、何度も。


「しまった!」


 オスカーが血を噴き出しながら崩れ落ちる彼女の体を受け止めた時には、すでにこと切れていた。


「きゃああああ!」


 突然の悲鳴に振り返ると、そこにいたのは処女の姿だ。修道院の雑用係、孤児“アリス”。

 不振に思い、やってきたのだろう。


「人殺し!」


 驚愕の表情でアリスは叫ぶ。


「勘違いするな。これはもう人じゃない。このシスターは魔女と契約し、使い魔に堕ちた」

「嘘よ……」

「こんな嘘、つく意味がないだろう」

「でも殺すなんて」

「勝手に死んだんだ。恐らく、正体がばれそうになったら自殺しろ、とでも暗示がかけられていたんだろう」


 使い魔といえど、周りの人間も魔女と契約するように働きかける場合がある。放ってはおけない。自殺せずとも殺すつもりであったが、それをこの少女に馬鹿正直に告げる必要はない。

 それに、殺すにせよ、契約した魔女の正体を吐かせてからのはずだった。普通、契約者の意志を操るほどの魔力を持つ魔女はいない。今回の敵はそれほどおぞましいということだ。


「あんた、はじめから使い魔がいるって分かってたのね。それで修道院に出入りを?」

(“アリス”は物怖じしない性格らしいな)


 血だらけの死体と、血しぶきを浴びた男を目の前にしても、少女は冷静に見えた。


「そうとも、使い魔って言うのは、魔女もだが、独特の匂いがするんだ。修道院長に言って、その正体を突き止めるため、出入りを許して貰っていた。だが魔女がどこにいるか、未だ謎のままだ」


 オスカーの表情から、普段のおちゃらけた雰囲気は消え去っていた。王都の研究機関に回すためにシスターの死体を抱えると、まだ立ち尽くす“アリス”に向かって言った。


「君がどういうつもりでアリスと入れ替わってるのか知らないが、嘘を付いていると、いずれ自分に返ってくることになるぜ」

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