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1-4 入れ替わったふたり

「あら皆さん。こんな所に汚らしいドブネズミがいるわよ?」 


 いつものようにシスターに修道院内の掃除を命じられた“アリス”が床を拭いていると、嘲るような、気取った声が降ってきた。

 見上げると、そこにはやはりローラ、とかいうご令嬢が馬鹿にしたような笑みを浮かべている。彼女の金魚の糞たちも、同じように笑っていた。


「害獣は退治しなくちゃね?」


 ローラはそういうと、立てかけてあったモップを手に“アリス”に向けて振り下ろす。しかしその瞬間、“アリス”は床に置いてあったバケツを蹴飛ばすと、中身の汚水をローラの足に浴びせた。

 予期せぬ反撃に体勢を崩したローラは濡れた床につるりと転び、手にしたモップで顔面を強打した。


「な、な、な、なにするのよ~~!」


 ローラはつかの間あっけに取られたあと、我にかえり叫ぶ。

 “アリス”は立ち上がると微笑んだ。


「あらごめんあそばせローラさん。ついうっかり足が動いてしまって。悪気はないのよ」

「ついって……そんなわけないでしょう!?」


 びしょ濡れのローラの叫びを聞きつけたのか、シスターが飛んできた。


「またアリス! あなたなのですね!?」

「まあ、シスター。これは事故なのですわ」

「事故って……」


 いつもと様子が違い堂々と言う“アリス”にシスターは面食らったようだ。


「そうじゃなければ、ローラさんが転ぶはずありませんもの。だってご令嬢のローラさんが、わたしをいじめようとして転んだなんて、そんなわけありませんもの」


 ローラの顔がさっと青くなるのに気がついても“アリス”は続ける。

 

「まさか、わたしがやり返そうとしたとお思いですか? そんなことしませんわ。たとえいつもいじめられていたとしても、()()()は人をいじめたりしません」

「あ、あんたが反撃したんじゃないの!」


 ついに言ったローラの言葉。“アリス”はこれを待っていた。


「反撃ですって? そしたらまさか、ローラさんはわたしに害をなそうとしていたのですか? 例えばモップでぶったたくとか?」

「あ、あなたね……!」


 ローラの手には未だモップが握られていた。彼女はそれを慌てて離す。

 シスターはため息をついた。


「アリス! どこでそのような悪知恵をつけたのか知りませんが、あなたが悪いに決まってます! さあ、手をお出し!」

「でもシスター!」


 言い返そうとした所で、“アリス”の手は無理矢理引っ張られる。

 シスターの鞭がその手めがけて降ってこようとした瞬間。“アリス”の頭には血が昇り、振り下ろされる前に鞭を持つ手を受け止めると、逆に鞭を奪った。そのまま、シスターに向けて振り下ろそうとする。


「ひぃ!」


 身をかがめるシスターを見て、“アリス”はふん、と鼻で笑った。

 

(今まであなたが散々“アリス”にしてきたことだわ。それに怯えるなんて)


「申し訳ありません、シスター、()()()()()()手が滑りましたわ」





「その時のシスターの顔ったら! あなたにも見せてあげたかったわ!」


 アリスの服を着て、アリスの様に前髪を垂らしたシェリーは、しかしアリスらしくなく大声で笑う。

 シェリーに与えられた部屋で二人は話し込んでいた。罰として“アリス”は夕食抜きだ。それで“シェリー”の夕飯を二人でわけて食べた。


「すごいですわ、シェリー様」


 驚いたように答えるのは、美しいドレスを身に纏い、綺麗に髪を結い上げた本物のアリスだ。身ぎれいにした彼女が椅子に佇む姿はどこからどう見ても完璧なご令嬢で、それを疑う人間はいなかった。


 偶然出会った顔のそっくりな少女たちは、幸運、とばかりに入れ替わったのだ。その財産、身分全て。


 初めアリスは断った。孤児で財産も地位も持たない自分が、シェリーと入れ替わり、それを得るなんてやってはいけないことだと思ったためだ。

 しかしシェリーは頑なだった。シェリーにとっては結婚にも、身分にも縛られないアリスこそが本当になんでも持っているように思えたからだ。

 説得の末、アリスが首を縦に振ったのは出会ってから二週間後のことだった。以来、二人は度々互いを交換していた。


「ねえ。今更だけど、本当に大丈夫?」


 アリスの格好をしたシェリーは尋ねる。アリスが不思議そうな表情をしたので、また言った。


「だって、全然知らない男の家に嫁ぐのよ。不安じゃない? 自由もなくなるだろうし……」


 シェリーは本気で心配していた。しかしアリスは静かに微笑んだ。


「もったいないお言葉です。でもあたし、いつか両親を探しに行きたい。そのためには、やっぱりお金がいると思うし、それに」

「それに?」

「ノア様。とても素敵な方だと思います」


 え、とシェリーは目を丸くした。聞くと、以前修道院にノアが尋ねに来たとき(あの痴漢が二人の着替え中に入ってきた日だ)、シスターから助けてもらったというのだ。


「あなたも隅におけないわね」


 この、この、と肘でつつくとアリスは顔を赤らめた。


「だけど、シェリー様も本当によろしいのですか?」

「何が?」

「だって、修道院じゃ、下働きだし、お金もないし」

「でも、本物の自由はあるわ!」


 シェリーはアリスの着るドレスにそっと触れた。


「前も言ったわよね? わたしの夢……」

「仕立屋さん、ですよね?」

「ええ! それも国中の女の子を綺麗にするの! わたしの作ったドレスやお洋服を着て、皆ハッピーになるのよ! お母様の言うことは今まで守ってきたもの。一回くらい背いても、神様だって目をつぶってくれるわ」


 小さなころから、洋裁が好きだった。色とりどりの布で、どんなかわいい服を作るかいつも考えていた。自分はいつか洋服を作る仕事に就くのだと信じて疑っていなかった。

 それを母も知っているはずだったが、結婚の話を持ち込んだところをみると、本気にしていたのはシェリーだけだったようだ。


「だけど、結婚後もそれはできるんじゃないのですか? いつか時間はできるだろうし……」


 アリスの言葉に、シェリーは首を横に振る。


「普通の人はそうよ。でも、わたしには時間がないのよ」


 曇るシェリーの表情を、アリスはただ心配そうに見つめることしかできなかった。

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