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1-3 ノアとオスカー

「お前が結婚するなんてな、ノア。てっきり独身主義者かと思ってたぜ」


 オスカーは目の前の友人をからかうようにそう言った。


「ついてくるなと言っただろう」


 馬車の中で隣に座るノアは不機嫌を隠そうともしない。黒髪を上品に切りそろえており、服もきっちりと着こなしている彼はいかにも品のよい紳士だ。

 一方オスカーは派手な色のシャツをだらしなく着崩し、長めのくせ毛を指でくるくるといじっていた。


 歳はノアの方が幾分上だが、二人の仲は平等だった。いわゆる幼なじみというやつで、二十数年の腐れ縁だ。


「お前の嫁さんを見たかったんだよ。それに、道中魔女でも現れたら大変だろ? 優しい俺は、君を守ってやろうと思ってさ」

「魔女と魔法使いは違うのか」

「全然違うね。魔女は悪。魔法使いは正義。魔女は悪魔、魔法使いは人間。つまり、()()使()()()()は正義だ、おわかり?」

「ふん。からかっただけだ」


(冗談かよ) 


 ノアは能面をにこりともさせずに冗談を言うので、オスカーはいつもあきれかえる。わかりにくい奴だと内心思う。


「それに大丈夫だ。いざとなったら自分の身は自分で守る」


 そう言ってノアは懐から拳銃を取り出した。オスカーはふ、と笑いを漏らした。


「魔女は魔法を使うぜ。そんなおもちゃで倒せるといいな」

「魔女狩りオスカーはいつもどうやって殺してる?」

「そのあだ名を言うな、魔女しか呼ばん。……まあ、色々さ。火あぶり水攻めギロチン……。大切なのは木っ端微塵に体を消すことだ。お、あれじゃないか?」


 物騒な会話を続けていると、道の先に大きな建物が見えてきた。二人が目指す修道院だ。そこにいるのはノアの妻になる娘だ。


 オスカーの掴んだ情報によると、大層美しいと評判らしく、結婚前の挨拶に行くというノアにからかい半分で無理矢理くっついてきたのだ。

 貴族では普通らしいが、一度会っただけの娘らしい。今日で二度目。平民出身のオスカーには、それもまた珍しく、大いに笑ってやろうと思っていた。


 が、オスカーは修道院に着くなり背筋が凍り付く。厳かな神の匂いに混じって、かすかに魔女の気配がしたためだ。


(まさか、ここに魔女が……!?)


 魔法使いオスカーにとって、魔女は倒すべき敵だ。ノアにも再三言っているが、魔女は人でなく悪魔であり、妖術で人を苦しめる。一方魔法使いは人間であり、その魔法により善を施す者たちだ。


 オスカーの場合に限って善とは魔女を殺すことだ。今までに百匹以上殺してきた。付いたあだ名は「魔女狩りオスカー」。

 魔女に対するアンテナは人一倍張っている。その憎悪もまた、深い。


 だから、修道院に着くなり、ノアにも言わずにひとり魔女を探しに行った。


 魔女を探すのは、その魔法の痕跡を辿っていけば良い。しかし今回の場合その痕跡はとても薄く、おそらくずっと昔にかけられたものがまだ残っているだけだと思われた。

 あるいは魔女の魔法のかかった物体が残されている、または、そちらの方がよほど恐ろしいが、力のある魔女で人間への擬態が上手い者が忍んでいる……ことも可能性としてはなくはない。


 だから修道院の中を痕跡を求めてさまよう。


 と、とある扉の前を通りかかったところで、にわかに匂いが濃くなった。

 がちゃり、と扉を開ける。


「きゃああああ!! 痴漢ーー!!」


 甲高い悲鳴が聞こえ、思い切り燭台が投げつけられる。慌てて頭をすくめると、燭台は後方の壁に当たり音を立てて床に落ちた。


「さっさと出て行きなさい!!」


 部屋の中には二人の少女がいた。しかも下着姿だ。

 運悪く、着替えの最中だったらしい。


 ラッキースケベなど望んじゃいない。オスカーは焦っていたため、少女たちの顔も見ずに「誤解だ!」と叫ぶと一目散に撤退したのだった。



 * * *



 オスカーはいずこかへ去った。元来いい加減な奴である。大方花嫁修業中の美女でも見かけて着いていったのだろう、問題を起こさなければいいが。


 奴に構っているほどノアは暇ではない。飽きたらそのうちふらりと戻ってくるだろう。ただでさえ今回の結婚は気乗りしない。亡き両親から残された莫大な財産を自分の後に受け継ぐ跡取りが必要で、そのためだけの結婚だ。


 以前シェリーの屋敷に挨拶に訪れた。しかし妻となるシェリーは顔を下に向けむすっとしていた。ろくに顔も見せず、ひと言も話さず、会話は全て彼女の母と行った。先行き不安な結婚だ。修道院で花嫁修業をすると聞いたため、結婚前に一度くらい会っておこうと思ったのだ。少しは親交を深めておかなければならない。


 シスターに案内され長い廊下を進み、角にさしかかったところで、どすんと人にぶつかった。ぶつかって来た人物は衝撃で床に倒れる。

 誰かと思うとぼろの服を身に纏った少女が怯えた表情でノアを見つめていた。長い前髪から青い瞳が覗く。


「お前はまた! アリス、手を出しなさい!」


 怒ったのはノアを案内するシスターである。何事かと思っていると、シスターは鞭を取り出し、それを少女に振り下ろす。


 ――パシ!


 しかし鞭は少女には届かなかった。ノアがシスターの手を取り、未然に防いだからだ。シスターは不服そうな目をノアに向けた。


「困りますわ、伯爵。これは罰なのです」

「罰ですと? ぶつかったのは私です。どうか許してやってください。ほら君、行っていいよ。すまなかったね」


 そう言うと、少女は顔を真っ赤に染めて一礼すると、そそくさとその場を去って行った。シスターは大きなため息をつく。


「伯爵、あれはみなしごのアリスという娘です。何をお考えているかわからぬほど陰気で、おまけにとんま……」

「シェリーの所に早く案内してください」


 シスターの言葉を遮り、告げる。知らぬ少女の悪口など聞いていて気分のよいものではなかった。かわいそうに、あの少女は酷くおびえていたではないか――。


 だが結果的に、わざわざ修道院まで来たというのに、シェリーには会えなかった。部屋に案内される前に、痴漢と間違えられたオスカーが神父に捕まっていたからである。なんと、さるご令嬢の着替えをのぞき見していたらしい。彼の身の潔白をなんとか証明するのに数時間、その間にシェリーは疲れたと言って休んでしまったらしい。


 やはり、疑いようがなく先行き不安な結婚生活だ。


「本当に誤認逮捕か?」

「そりゃないぜノア。俺は覗く趣味はないんだ」


 帰りの馬車に乗り込むときに、そんな会話をした。オスカーが微かに、意味ありげな視線を修道院に向けていたが、ノアはまだその理由を知らなかった。

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