1-2 そっくりな少女たち
「今日からお世話させていただくアリスと申します」
自室だという質素な部屋に通された後、ほどなくしてその少女が現れた。
シェリーの前に立った少女は、覇気がなく、何に怯えているのかひどくおどおどとしたいた。ぼさぼさの手入れされていない金髪は伸び放題で、顔のほとんどを長い前髪が覆っている。
「なんだかみすぼらしいわね」
一目見るなり、シェリーは言った。対面するアリスはますます体を小さくする。
「ご、ごめんなさい、あたし」
「どうして謝るのよ?」
不思議に思ってシェリーはアリスに一歩近寄り、顔をのぞき込む。アリスが焦ったように顔を赤くしているのが、すだれのような髪の隙間から見えた。
(あらこの子)とシェリーは思った。(すごくかわいらしいじゃない!)
「ちょっと、こっちに来て!」
まだおどおどと困った様子のアリスの手を、半ば無理矢理引っ張り椅子の上に座らせる。
「あの……? シェリー様?」
「いいから、されるがままにされなさい!」
意味が分からないという表情のアリスを無視して、シェリーは自分の鞄から化粧道具一式を取り出すと、戸惑う少女にに化粧を施していく。長い髪を梳かし、リボンを結ぶ。それから持ってきたドレスの一着に着替えさせた。
「やっぱり、素敵だわ!」
完成したアリスを見て、シェリーは満足だった。
「ほらほら見て!」
今度は鏡の前に連れて行くと、アリスは写った自分の姿に目を丸くしたようだ。そこには見立て通り、見違えるほど美しくなった彼女の姿があったのだ。
「すごい……。あたしじゃないみたい……。髪型もこのドレスも、とっても素敵です……!」
「アリスを見た瞬間に思ったわ。絶対にかわいくなるって。見て! わたしとこうして並んでみても引けを……。あれ?」
鏡には、二人の姿が写っている。
おどおどした少女と、きょとんとした少女。
二人は鏡を凝視した。
背丈も髪の色もよく似ている。
顔もまた、似ている。
いや、似ているなんてもんじゃない。瓜二つ……——まるで生き写しだった。
シェリーは驚いてアリスを見る。
「ねえ、わたしたち……」
アリスもシェリーを見る。目をぱちくりとさせていた。
「……そっくり、ですね」
*
「本当に違うの? もしかして親族とかじゃない?」
何度も何度も強い語気で確認されると、アリスは焦ってしまう。でも、本当に心当たりはないのだ。これは全くの偶然。
なんとか声に出して返事をする。
「い、いいえ、だって、あたしは孤児ですから。シェリー様のような貴族の方と関わりのある者ではありません」
「それにしてもよく似てるわね……。生き別れの双子だったりして。なんて、まさかね」
シェリーが疑うもの無理はない。鏡の前にこうして立っていると、どっちがどっちか分からなくなりそうだ。違うのは、瞳の色ぐらいなもので。
「シェリーはルビー。アリスはサファイヤね」
恥ずかしげもなく自分の瞳を宝石に例えてみるシェリーを、アリスは羨ましくなる。
(シェリー様のように、何でも持って生まれる方に似ているなんて、恥ずかしいわ)
それに、実際よく見ると、きめ細やかなシェリーの肌に比べてアリスの肌はそばかすがある。手だって、陶器のように白いシェリーに比べて、アリスは先ほどぶたれた鞭により血が滲んでいるのだ。あまりにもみすぼらしい。
そんなアリスの心の内を知ってか知らずか、シェリーは急に黙って鏡を見つめている。そしてしばらくの沈黙の後に、ぽつりと呟いた。
「アリスが着ているドレス、わたしが作ったのよ」
「え!?」
素直に驚いた。貴族のご令嬢がお針子のような仕事をするなんて信じられなかった。
聞けばシェリーは仕立屋になることが夢なんだそうだ。結婚なんて、少しもしたくないらしい。
「ねえ、アリスには、夢がある?」
そう尋ねるシェリーの顔は思いがけず真剣だった。
だからアリスは誰にも語ったことのない夢を言う気になった。
「あたし、いつか両親を探しに行きたいんです」
どうして自分を捨てたのか、どういう人たちだったのか知りたい。唯一の手がかりは指輪だけ。待ちくたびれるほど待っても、一向に迎えは来ない。修道院の中からでは両親は探せない。だからいつか町に出て、探しに行きたいと思っていた。
一気にそれを言うと、シェリーはしばし考え込み、次には満面の笑みになった。
「なるほど、なら、いい方法があるわ!」
ルビー色の瞳を真っ直ぐに向けて、にっこりと笑う。そのいたずらそうな目に、アリスは不安を覚える。
しかしシェリーはこれ以上無い素敵な提案だ、と言わんばかりに顔を輝かせた。
「わたしたち、入れ替わっちゃえばいいのよ!」
そうすれば、シェリーは結婚せずに仕立屋になれるし、アリスは修道院の外に出て金も得て両親を探しに行きやすくなる。いいことずくめだわ、と言ってシェリーは笑った。