4-3 ルビーの瞳
「なんだ。そういうこと……」
瞬間、シェリーは何もかもを理解した。
力の強い魔女であればあるほど、その暗示の力も強くなる。
シェリーは自分に人間の少女であると思い込ませた。
どうしてアリスがシェリーの家の家紋の入った指輪を持っていたのか。
アリスこそが本物のシェリーであるからだ。
二人の顔がそっくりだった理由。
魔女がシェリーそっくりに擬態し、そして赤ん坊の時に入れ替わった。
なぜシェリーに魔法の才能があったのか。
それはシェリーが魔女だからだ。
誰が「シェリー」の人生を奪おうとしていたのか? それは他ならぬ、この自分だ。
なんという滑稽さだろうか。赤い瞳から流れていた涙は止まっている。
シェリーはアリスを振り返る。
アリスはまだ、ぼんやりとしたまま立ち尽くしている。炎が彼女の後ろに迫る。体から這い出た影が、彼女を守るようにして、アリスを抱きしめる。揺らぐ黒い靄の中に、人の顔が浮かぶ。
それが誰か、シェリーは知っていた。
(――お父様)
写真でしか知らない父だ。
アリスの中にその魂はずっとあったのか。実の娘を守るために。
アリスは両親を探していた。しかし、父親の方はずっと彼女の側にいたのだ。
「シェリーはアリスで、シェリーは魔女……」
父親の影がシェリーを見る。シェリーは思い出す。それは確かに、昔恋仲になった男だ。好いて好いて好いていた。だが裏切られ、自分を捨てた男。こんな思い出、シェリーの中にはない。ならこれは、魔女の記憶だ。
だがもう一つ、シェリーの中には記憶があった。シェリーとして、仕立屋を夢見て、オスカーに弟子入りし、充実した日々を過ごす記憶だ。それこそが、今のシェリーなのだ。
シェリーはひどく混乱していた。
うろたえふらつき、壁に手をかける。燃え広がり続ける炎が取り巻く。人々がシェリーを殺そうと、じりじりと近づいてくる。
「失いたくない! わたしはシェリーを、手放したくない!」
絶望のまま、シェリーは炎に手をかざす。どうすれば魔法を使えるかなんて分かりきっている。なぜならシェリーは魔女だからだ。
炎はシェリーの腕のうごきに呼応して、まるで生き物のようにうねり、轟音を響かせながら人々に向かって襲い掛かった。
――皆等しく焼かれ死ぬがいい!
それは愚かにもシェリーを殺そうとした罰だ。
炎は前方にいた人間を焼いた。地獄のような悲鳴が轟き渡る。だがそれも、唐突に終わった。
シェリーが攻撃を止めたわけではない。止めに入った誰かがいたのだ。
彼は対抗する魔法によって人々がこれ以上炎に焼かれるのを防いだ。
その人物を、シェリーはよく知っていた。憎たらしい、あいつ。
「魔女狩り、オスカー」
オスカーは苦悶の表情をしてシェリーを見つめていた。
魔女としての本能が告げる。この男は危険だ、殺さなくては。
しかし、シェリーとしての心は叫ぶ。彼を殺さないで。
結局シェリーは攻撃を止めた。まっすぐに彼を見つめる。
「オスカー、あなた、わたしが魔女だって分かってたの?」
「君は勘違いをしている」
オスカーは首を横に振る。
「わたしの人生を、誰にも奪わせないわ! わたしは仕立屋になりたい! 皆を幸せにしたいの!」
シェリーの中のシェリーの心が叫ぶ。そうだ、だってあんなに皆喜んでくれていた。あんなにわたしは幸せだった。それを失うなんて、考えられない。邪魔する人間は、それが例え誰でも殺してやる。
「どいてくれ! シェリー、いやアリス! 無事か!」
そう大声を出しながら人々を掻き分けるようにやってきたのは、この屋敷の主人、ノアだ。彼はオスカーを見ると驚いたような顔をしたがすぐにアリスを見つけると、放心したような彼女向かって駆け寄った。まるでシェリーなど見えていないかのように脇を抜けて。
「アリス、アリス、どうしたんだ! 大丈夫か!」
ノアがアリスに声をかけるのを、シェリーはぼんやりと見つめていた。
何もかも持っているシェリーと、アリスは言っていたが、真に全てもっているのはアリスだ。地位も財産も愛も真心も、人間の姿も。
「結局、わたしは魔女なのね……」
シェリーの心は、張り裂けそうだった。
誰もここに味方はいない。なぜならシェリーが魔女だからだ。