4-2 魔女の正体
シェリーはどう切り出したものかと悩み、未だアリスに魔女の疑惑を投げかけられずにいた。中々言い出せず、くだらない日常の話をしてしまう。こんなことを言いたいわけじゃないのに。
早く言わなければ。
そう思ったとき、ふらっとアリスが立ち上がった。シェリーは顔を上げる。
「アリス?」
彼女の顔はうつろだった。ゆらり、と体が傾く。
そしてその瞬間、その背中から、黒い靄が表出するのが見えた。
霧はそのまま人の形に影を作る。
シェリーは戦慄する。
「魔女……!」
ぼやりとアリスに重なる影。明らかに人ならざる者だ。魔女の本体だろうか。
(やっぱりそうだったんだ、アリスが魔女だったんだわ!)
シェリーは瞬間立ち上がり、それでもなおアリスに語りかけた。
「アリス、落ち着いて聞いて! あなたが魔女だってばれたら、オスカーに殺されてしまうわ!」
だがアリスは血走った目でシェリーを見つめ返す。
「あたしをあざ笑いに来たの?」
「まさか! 違うわ! わたしはあなたを助けに……」
口元を歪ませたアリスが吐き捨てるように言う。
「助けに? どうやってあたしを助けるって言うの? シェリー、あなたはいつもそうやって、何でも持ってる高みからあたしを見下していたんだわ。なにが夢よ! 自分の都合のいい道具に、あたしを利用したくせに!」
アリスの青い瞳から涙が流れる。それを見てシェリーの胸がひどく痛んだ。
(そんな風に思っていたなんて)
まるで知らなかった。自分のことばかり彼女に押しつけていたのか。
それでもここで引くわけにはいかない。
「アリス、話を聞いてちょうだい!」
そう言って彼女に向かって手を伸ばす。しかしそれは振り払われる。彼女はそのまま。壁に掛かっていた短剣を抜き取り、シェリーに構えた。
「あたしの人生は、誰にも奪わせない!」
アリスは本気だった。本気でシェリーを殺す気だ。
ビュン、と短剣が鼻先をかすめる。
シェリーは寸前で避け、しかし絨毯の上に転んでしまった。テーブルの上の燭台に手がかかり、大きな音を立てて落ちる。蝋燭が床に転がり、絨毯に燃え移る。
転んだシェリーにアリスが襲いかかる。体をひねり、なんとかそれを交わす。床に短剣が突き刺さる。
アリスの体から出た影が呟く。
――殺せ、その娘を殺せ。
(魔女が、わたしの人生を奪いに来ている)
このままでは本当に殺される。
そうは思うが恐怖で体が動かない。
遂にアリスの手がシェリーの胸ぐらを掴む。少女とは思えない力だ。
アリスの短剣の切っ先がシェリーに向けられる。
ああ、自分は死ぬのだ。
シェリーはアリスの宝石のように美しい瞳を見つめた。自分と彼女はよく似ていたが、目の色だけは違ったな、なんて命の終わりに思うことはそんなことだ。
アリスは泣いていた。苦痛に顔を歪めて。
「アリス、ごめんね……」
そう呟いたシェリーの瞳からも、涙が一つ、こぼれ落ちた。
――しかし。
突然、銃声が響いた。次いで、大勢の人の声。
瞬間、硬直が溶けたかのようにシェリーの体は動いた。わずかにアリスの腕が緩んだため、逃げ出す。
そして玄関の鍵を銃で撃ち破ったらしい人々に向かって走って行った。
「助けて!」
必死に叫ぶ。アリスも追ってくる。短剣をまだ手に持ったまま――。
屋敷に押しかけた人々は、皆手に武器を握っていた。シェリーはそれが何のためであるか悟る。魔女を殺しに来たのだ。
それを裏付けるかのように、人々は叫んだ。
「魔女を殺せ!」
だが人々は躊躇した。顔がまるでそっくりな少女が二人いるからだ。
「二人いる! 魔女は娘に成り代わろうとしているんだ! どっちだ!?」
混乱が広がる。
どっちだ、なんて考えるまでもない。殺そうとするアリスと殺されかけているシェリー。言うまでもなく魔女は――。
「おれは昔、例の魔女の討伐隊に加わったことがある! 魔女は瞳の色だけは誤魔化しきれねえ!」
村人のうちの一人が言う。
「間違いない! 目が赤い方が魔女だッ!」