3-5 再会するシェリーとアリス
(もしアリスが魔女だったら?)
揺れる馬車の中でシェリーは指輪を強く握った。オスカーの屋敷に帰るのではない。目的地はノアの屋敷だった。
(オスカーはきっと、アリスを殺す)
彼は魔女を尋常ならざるほど憎んでいた。
(わたしはどうする? アリスを殺せる? アリスを殺せば、わたしの呪いは解ける。でも、アリスを殺せるの? アリスは、自分を魔女だなんて、ちっとも知らない。殺せる? アリスを殺せるの?)
一番の友達だと、彼女は言ってくれた。心清らかなアリス。シェリーにとっても彼女は大切な友人だ。いや、友人以上に、思っている。恋人とも家族とも違う、同じ目的を持った、共に戦う人だ。
シェリーは首を横に振る。
(馬鹿なシェリー。アリスが、魔女なわけないじゃない。たまたま、偶然に同じ家紋を持っていただけよ)
だから確かめなくては。この疑惑をぶつけて、早く打ち消して欲しい。いわれのない疑惑に、アリスは怒るだろうか、彼女のことだから、泣き出すだろうか。そうしたら、シェリーは思い切り謝るのだろう。謝るシェリーにアリスはおどおどとして、だけど結局は二人で笑い合えるはずだ。一緒に過ごしたあの日々のように――――。
* * *
ノアが、アリスに軽蔑の視線を向ける。
「孤児アリス。浅ましい。シェリーの名を騙り、私の愛を得ようとするなど。私がお前を愛すると? 薄汚く卑しいお前を?」
シェリーがアリスに微笑む。
「やっぱり、ノア様と結婚するわ。今までありがとう。もう用済みよ」
ノアとシェリーがキスをするのをオスカーが祝福する。
「やっぱり、孤児のアリスじゃ本物の令嬢のふりは無理がある。真実の愛は、真実の二人しか手に入れられないな」
悲鳴と共に、アリスは飛び起きた。
肩で息をする。
「どうされましたか!?」
使用人が飛んでくる。悪夢を見ただけだと、説明をする。
アリスは病んでいた。
ノアが自分を愛すれば愛するほどに、幸福ではなくなっていた。繰り返し悪夢を見る。そんなアリスをノアは心配し、ますます気にかけ、アリスの心を蝕んでいった。
本当の事を言わなければと何度も思った。
だが遂に今日まで言えなかった。それはアリスがノアを愛していたからだ。
(ノア様を失うなんて、考えられない)
ノアは完璧な人だった。歩く姿も座る姿も、話す声も、言葉も、寝顔すら全て愛おしかった。だからもし、ノアの前に本物のシェリーが現れたら、と思うと恐ろしかった。心が醜い嫉妬に塗りつぶされていくのが耐えがたい。
(シェリー様、どうして返事がないの……)
手紙の返信は未だない。
指輪さえあれば、アリスはきっと前の自分に戻れるはずだ。両親を探すひたむきな孤児に。どろりとした熱いこんな感情を抱える前の自分に。
今日、ノアはいない。だからか、ずっと思考は迷宮の中をさまよっていた。
月すらない、分厚い雲に覆われた夜が、さらにそれを加速させた。
外に馬車の音がした。
ノアが帰ってきたに違いない。
*
出迎えに行くと、思ってもみない人物がいた。
「シェリー様……?」
町娘のような姿をしていても、相変わらず美しいシェリーは微笑む。
最悪のタイミングだ。
どうして彼女が現れたのか、アリスは平常心ではいられない。
「久しぶりね。急に来てごめんなさい。二人だけで話がしたいのよ」
アリスは微笑み返すことができない。
(今更なにを?)
恩人であるシェリーへ抱くのは再会の感動ではない。どす黒い感情だ。
(入れ替わりを、止めに来たの?)
嫌だ。ノアを手放すなんて!
「大丈夫?」
心配そうなシェリーになんとか頷くと、応接間に案内した。
シェリーは、アリスが去った後の修道院での出来事や、オスカーに正体がばれ、弟子になり魔法使いとして修行をしていること、それから仕立屋の話……。
本当に楽しそうに話すから、アリスは羨ましくなった。そして同時に別の思いも湧き上がる。
あまりにもみじめだった。
持てる者はたとえどこにいても、どんな辛い時でも活路を見いだす。悩みなど一つも無く、まばゆいほどに輝いて見える。
自分はどうか。
自分は、何一つ上手く行かない。
もし修道院に残ったのがアリスだったとしたら、ローラと和解することも、明るく生きることもできなかっただろう。
(いじめられていたのは、あたしだったからだ。ぐずなあたしだったからいけなかったのよ。シェリー様には何一つ敵わない。あたしには、才能も、魅力もない……。醜い心で醜いままの、なんにも持たない孤児のアリスだわ)
結局、運命を切り開くことができるのは、持って生まれた力によるのだ。
どんなに瓜二つの顔を持っていても、まるで意味がない。アリスはシェリーにはなれない。
(もしノア様が今帰ってきたら……)
アリスとシェリー、そっくりな二人を見てどう思うだろう。
(全て知ってしまう。奪われてしまう! ノア様までも! ああ、嫌だ。そんなの、絶対に嫌だ! シェリー様なんて、いなくなってしまえば)
そう考えて、自分の思考の恐ろしさにはっとする。
(なんてひどいことを! いけないことだわ、そんなことを願うなんて、ああ、でも、でもシェリー様が消えてなくなってしまえば、もうこの顔はあたしだけのもの。だめよ、そんなこと思うなんて。だけど、そうすればノア様は永遠にあたしのものになる……!)
なおも生活について話すシェリーはアリスの胸の内など少しも気がつかない。
(この人は、少しも他人の気持ちなんて考えていないんだわ。じゃあ、いなくなってもいいじゃないの……)
――その女を、殺してしまえばいい。
優しく甘い声が、耳元でアリスに囁いた。