3-1 魔法使いの弟子
シェリーとオスカー、アリスとノア。それぞれの距離は縮まっていく。
しかしまた、不穏な影も忍び寄る。
「この修道院は規模を大幅に縮小することになりました」
その日唐突に修道院長から告げられたのはそんな事実だった。
聞くに以前からかなり経営は厳しかったらしく、信者の寄付でもまかなえないほどの負債がたまってしまい、これ以上令嬢達の面倒を見ることができないらしい。以後はほんのわずかな修道女たちのみ残り神のために祈り暮らすという。
「本来修道院というのは静かに祈りを捧げる場なのです。最近はどうかしていたのですよ」
例のシスターがいなくなってからは、この修道院の雰囲気も大分変わった。令嬢達がいなくなるのは寂しかったが修道院という家が無くなったらそれこそ困る。シェリーも納得した。
「では、アリスさん。今までありがとうございました。これはお給金です。これからもどうか強く生きてくださいね」
「え」
*
「部屋は余ってるから、好きに使ってくれ。道具に触るなよ、君にはまだ早い」
「はーい」
家の中を案内するオスカーの背についていく。
まさか自分もクビの対象になると思っていなかったシェリーであるが、路頭に迷う前に都合よく修道院に現れたオスカーによりあれよあれよと言う間に引き取られ、彼の家に身を寄せることになった。
しかしこの家。
一人暮らしの男の家にしてはかなり大きいのではないか。連れてこられる前は、てっきり街中の一室なのだろうと思っていたが、やや郊外にあるが、大屋敷といっていい家だ。大量の本と用途不明の道具が片付けられず乱雑に放置されている点などは、いかにも独身男の家ではあったが。
「婚前の娘が独身男の家にいると聞いたらお母様は卒倒ね」
「そうロマンチックな関係になれると嬉しいけどね」
一人ごとを聞かれていたらしく眉を顰めるオスカーにはいつもの軽い調子はなく、そうして佇んでいるとごくふつうのその辺にいる真面目な若者に見える。
「手を出したら承知しないわよ」
威嚇の言葉にも肩をすくめられる。
とはいえオスカーも見返り無くシェリーを自分の部屋に置くつもりもないようで、魔法について学ばせる、という下心が垣間見られた。
「条件は一緒に魔女を追うことだ。俺の弟子としてね」
仕方なくシェリーは同意する。別の場所に行く金も頼りもなかったからだ。
「魔女を追うって言ってもどうやって? 魔法でぱぱっと探すの?」
「そんな魔法があったら教えて欲しいね。まずは聞き込み。魔女の被害があったと思われる場所に何度も足を運ぶんだよ」
魔法使いというのはなんとも地味な仕事である。
数日、彼に付いて回った。
魔女について、シェリーもいくつか知識はある。強大な魔力を持つ悪魔であり、大抵女の姿をしており、人間に依存し騙し財産を奪い、時に命までも奪う。
なぜ魔女はそんなことをするかというと、魔女がそういう類いの邪悪な存在であるからだとしか言いようがない。
魔女に対抗すべく、人間も考えた。魔女に似た種の魔法を使える人間を発見し、育成し、対抗する力をつけた。それが魔法使いである。
だが、一流の魔法使いといえど簡単に魔女は見付からないものらしい。
「他に魔女の手がかりってないの?」
「これはあまり知られていないが、例えば魔女は、特定の色を好む傾向にある。その色ってのは個体差があるが、そいつが魔法をかけたものは青だったり、黄色だったり、その一色に染まる……ことが多い」
「じゃあ青一色の家だとか、白一色の売り物が置いてあるお店なんかが怪しいって事ね」
「そう分かりやすけりゃいいけどな」
オスカーの顔は険しかった。
「狡猾な奴は隠れるのも上手い。魔女の魔力が強いほど、その匂いも痕跡も消し人間に擬態する」
事態が変わったのは、とある火事の起きた屋敷を調べていた時のことだ。数日前、ここで大規模な火災があり、それがどうやら魔女の魔法によるものだと掴んだ。
人が四人死んでいるらしいその燃えかすを見てシェリーはぞっとする。魔女は凶悪だ。人間に対してどんな恨みがあるのか知らないが、彼女たちは人をひたすら憎み、抹殺しようとしている。
オスカーの背を見る。
彼に自暴自棄的な一面があるのはここ数日の生活で気がついていた。自分を省みず魔女を追うその姿勢は勇敢だが、いつか身を滅ぼすことになるのではないか。
(どうしてそこまでして……)
と、不意にオスカーが後方を振り返る。シェリーを見たのかと思いきや、視線の先はもっと後ろだ。
シェリーもそちらを振り返る。
そこには十に満たぬほどの歳の、黒髪の少女がじっとこちらを見つめていた。
甘ったるい花のような香りが漂う。
オスカーは、一瞬あっけにとられたようにその少女を見ていたが、次には怒りに顔を歪ませる。即座その少女に手を向けると、屋敷の燃えた大量の黒ずんだ柱がその手に呼応するように勝手に浮かび上がり、その少女めがけて猛スピードで飛んでいった。
「何してるのよ!」
あっけにとられていたシェリーだが、我に返りオスカーの手にしがみつく。だが下げさせた時には全て終わっていた。
その少女の体は弾丸のように飛んできた無数の柱に無残にも切り裂かれ、赤い肉と白い脂肪が辺り一面に飛び散っていたのだ。
「なんてことを……あなた、人を」
「人じゃない」
無表情でオスカーは告げる。
「あれは魔女だ」
少女に目を向けると既に肉体は飛び散っていたがわずかに残った顔面を憎悪に歪ませながら断末魔の悲鳴を上げ……そしてさながら蒸発したかのように消えてなくなった。人間の死に際ではあり得ない。
悲惨な状況から思わず目を背ける。
「だけど、むごいわ」
「放っておいたら、よりたくさんの人が不幸になる。殺すしかない」
魔女が飛散した跡を見つめるオスカーの顔はやはり無表情のままだ。
「どうしてあなたはそんなに魔女を憎んでいるの?」
「魔女を憎まない奴なんていない」
「だとしても、あなたは普通以上だわ。とても執着してる」
オスカーはそこで初めてシェリーを見た。暗い瞳だ。自虐的に笑う。
「どうしてって、親を殺されただけだ。両親の体がさっきの魔女みたいに飛び散って、人の形を失っていくのを、俺はただ、クローゼットの中から見ることしかできなかった。声も出せず、助けにも行かず、恐怖で怯えてみじめに泣いた。哀れか? そんな顔して……」
気がついた。彼の肩が震えていることに。
思わずシェリーはオスカーを抱きしめた。そうしなければならないような気がした。抱き留めておかなければ、彼はたちまち消えてしまうように思えたのだ。シェリーの頬を涙が伝い、オスカーに落ちた。
腕の中、黙って抱きかかえられていたオスカーが呟く。
「どうして、君が泣くんだ……」
「だってあなたは、大切な人だわ」
気がつけば、そう言って口づけをしていた。