孤独なひまわり
あなたは、自分が好きなこと、やりたいことを、いつ見つけられましたか?
夏の光の中、それを見つけるために、少女はひまわりのように前を向きました。
※この作品は、銘尾 友朗さま主催の『夏の光企画』参加作品です。
私は、孤独だ。
中学校近くの公園の花壇の一番隅に、ひっそりとたった一本で咲いている。
公園へ来ても、ほとんどの人が私を素通りだ。
ひまわりなんて今どき珍しくもないし、花壇にある色鮮やかな他の花々の方が香りも良く、人は好きなのだろう。
たまに、寄ってくるのは蝶とトンボと蜂ぐらい。
この場所から、中学校が見える。
学校を行き来する子供たちの声をきくことができるから、私はなんとかそれなりに咲けたのかもしれない。
「あぁ、あっついね~、もう受験なんてコロナで大変なんだから、なくなればいいのに。勉強ばっかでいやになっちゃう」
「ほんとだね~、でも真弓は南高の合格判定Bまでいってるじゃん。私なんかCだよ」
「うん、まあね。でも、私勉強よりテニスをがんばりたいのに、部活も引退しちゃったでしょ。他の子たちも言ってる、勉強よりやりたいことがあるって。陽子は、マンガ描きたい、麻恵はお菓子作りしたいって」
「……」
「好きなこと、がまんして勉強なんて意味あるのかな」
反対側から、女の子が駆けてくる。
「真弓~」
「あっ、友子!」
「真弓、テニス雑誌の新刊が手に入ったから、みんなで見ようよ。みんな集まってるよ!」
「ほんと?いくいく。佳奈ごめん。今日は先帰ってて」
「うん!わかった!じゃあね、真弓。友子もバイバイ」
「じゃあね、佳奈」
真弓と友子と呼ばれた子は、学校へ戻っていった。
私は、おどろいた。
一人残された、佳奈という少女の目が涙が出そうなほど潤んでいたから。
佳奈は、静かに歩きはじめた。
その日、私はまたおどろいた。
カシャッ、カシャッ。
一眼レフのカメラで、私を撮る少年がいたのだ。
「撮れたかな?う~ん、光がもう少し落ち着いていた方がいいかな?色々な時間帯で撮ってみるか。題名は、『孤独なひまわり』だな」
孤独なひまわり……。
私にぴったりな題名だと思った。
他の花々は、私より背が低い。
木は、私よりずっと大きい。
私は、中途半端。
他のひまわりも植えられていない。
というのは、畑にひまわりを大量に植えた人がいて、その人がたまたま通りかかった公園の管理人さんに私をおすそ分けしたからだ。
だから、私は一人ぼっちでここにいる。
他のひまわりと一緒だったら、こんなに孤独ではなかったろうか。
自分と同じ者たちと、一緒にいれば。
そうでなくとも、他の花々と同じ背の高さだったら、もっと話ができたろう。
あの欅の木くらい大きくどっしりしていたら、景色もよく見えて、一本でも立派で、寂しさも感じなかったかもしれない。
いけない。
孤独は、思考をマイナス方向に導くようだ。
私は、太陽に顔を向けた。
次の日も、受験生は学校らしい。
佳奈と真弓が歩いてきた。
なにやら、不穏な雰囲気だ。
「部活を引退して、テニスができなくなったから、市のテニススクールに入ったことをなんでそんな風に言われなきゃならないの?」
「私はただ、今は勉強に集中した方がいいんじゃない?って言っただけ。特に夏は受験の天王山っていわれているし」
「私はテニスが好きなの。佳奈。私より勉強ができない自分のことを心配しなさいよ」
佳奈は、唇をかんだ。
「私、先行くわ」
真弓は、そう言うと学校に向かって走り出した。
校門近くで、真弓は数人の女の子たちに囲まれ、やっと笑顔になった。
「やりたいこと、好きなことがある子たちはいいな。私なんか、何が好きかさえ分からない。勉強も運動も可もなく不可もない。何もかも中途半端。それに性格も悪い。いい人ぶって、真弓が好きなテニスを諦める方へ誘導しようとした。何の取り柄もない自分が嫌で、真弓に嫉妬してあたったんだ。もうイヤ……」
佳奈は、手で顔を覆った。
私は、佳奈を励ましたい、と思った。
気持ちが痛いほど分かるからだ。
何もかも中途半端。
誰かに気づいてもらえるような長所もない。
下手でも心から好きなものがあれば自分の自信にもなることが多いが、それもない。
私と佳奈は一緒だと思った。
それで、近くを飛んでいる蝶に頼んだ。
佳奈を励ましたい一心で。
蝶は、佳奈の近くを何度もひらひらと舞った。
そして、佳奈が気づくと私の元へ飛んできた。
佳奈は、私を見た。
その時になって、初めて「私に何ができるのか?人と言葉を交わせない私に」と気づいた。
でも、私は心から願った。
”佳奈、元気を出して”
「ひまわりだわ。こんなところに一本咲いていたのね」
佳奈は、私をじっと見つめた。
そして、私に向かって話し始めた。
「ひまわりさん。友達に嫉妬しちゃった。勉強も運動もできる子なの。しかも、心からテニスを好きって思ってる。私には、何にもない。何にもないのは私くらい。けっこうみんな何にもないようで、好きな漫画とか好きな芸能人とかいるの。でも、私には何にもない。テレビを見ても、漫画を読んでも楽しいとは思うけれど、それがずっと好きかって言ったら違う」
私は佳奈を見つめた。
佳奈も私を見つめている。
「ひまわりさん。なんか私、友達といてもひとりぼっちだって気がするの。ひまわりさんもそうなの?」
佳奈は、私の顔にそっと手を触れた。
何か遠くでカシャッと音がしたが、佳奈は気づいていないようだ。
私は、どうしても佳奈を励ましたくて、精一杯の笑顔を向けた。
伝わったのか、佳奈も笑顔になった。
「聞いてくれてありがとう、ひまわりさん。テストに遅れるから学校へ行くね!」
そう言うと、もう一度私に優しく触れた。
カシャッ。
また音がした。
佳奈はその音に全く気づかない。
私に手を振りながら、真弓のいる学校へ向かった。
強い子だと思った。
お昼すぎ、受験生が学校からぞろぞろ出てきて、この道は人であふれる。
その中に真弓がいた。
どうやら、佳奈とは一緒ではないようだ。
「今日のテストできなかった~。でも、市のテニススクールが夕方あるから復活!なんてね」と言いながら、陽気に笑っている。
私は佳奈を探したが、どこにもいない。
人が少なくなって、14時を過ぎたころ、佳奈がやっとやって来た。
目が少し赤い。
泣いていたのだろうか。
私をじっと見て言う。
「ひまわりさん。真弓にあやまったよ。まだ、許してくれないみたいだけど」
私は佳奈を抱きしめたいと思ったが、すぐ緊張感に包まれてしまった。
学校に忘れ物でもしたのだろう。
そこに、息を弾ませた真弓がやって来たのだ。
私は、佳奈を隠そうとしたが、到底無理な話だった。
それどころか、すぐに佳奈が真弓に気づいて、自ら歩み寄った。
佳奈は逃げずに、真弓と向き合ったのだ。
いいや、逃げなかったのは自分自身の弱さとだったかもしれない。
「真弓、今朝は本当にごめん」
「謝らなくなっていいよ。本当のことだから」
真弓は冷たく言い放った。
「真弓、私打ち込めるものがある真弓がうらやましかったの。ほんとうにごめん」
真弓が、はなで笑った。
なんだか機嫌が非常に悪い。
「おいにくさま。今日のテスト、自己採点の結果がとっても悪くてね。親に市のテニススクールに通ったらダメだって言われちゃったんだよね。佳奈の言うとおりになったよ」
「真弓。私そんなつもりじゃなかったの」
「佳奈ってさぁ。本当に悪いと思ったことある?傷ついことある?私に嫉妬しているのに、よく今朝学校で普通にしていられたよね。時々笑ってさぁ。今もそう。その神経がほんと信じられない」
真弓は、さらに続けた。
「悪いけれど、私学校に置いてきた参考書さっさと取りに行って帰りたいんだよね。こんな時間までさぼれるヒマ人とは違うの。じゃあね」
そう言うと、駆け出した。
佳奈は、真弓の背中を見送りながら、ぽそっと涙声でつぶやいた。
「ひまわりさん。真弓の言うこと分かる。私、私……一か所に気持ちがずっととどまっていないの。すぐ前を向いちゃう。だから、反省が足りなくて成長しないし、きっと好きなことも見つけられないんだね」
私は話せないが、話そうとした。
が、同時に「そんなわけあるかっ」と男の子の声がした。
一眼レフカメラを首からかけた男の子が、日焼けした黒い顔を真っ赤にして私の近くの欅の木の下で叫んでいた。
「何があっても前を向ける。太陽に顔をむけられる。そのひまわりみたいにあんたは立派だ」
佳奈は、びっくりして固まった。
制服を来ている。
佳奈と同じ中学なのだろう。
「これ」
その男の子はつかつかと寄ってきて、ぶっきらぼうに、一枚の写真を佳奈に手渡した。
太陽の光に包まれて、柔らかく笑いながら私の額に手を伸ばす佳奈の横顔が写っていた。
私が言うのもなんだが、ほんとうに美しかった。
神々しい光に包まれた感じだ。
「これ、私?」
「変な意味はないぞ。おれ、写真部。2年。このひまわりに張り付いて、写真撮ってたら、あんたがやって来た。それで、この写真が取れた」
佳奈は、まじまじと男子生徒と写真を見て
「ありがとう」
と言った。
「よかった。この写真、市の写真コンクールに出してもいいかな?ぜひ、出したいんだ。すんごいいい写真だろう?」
佳奈は、迷っているようだった。
私は、出してほしいと願った。
「いいよ。自分がモデルでおこがましいけれど、すてきな写真だと思うから。人に見られるのは、かなり恥ずかしいけれど」
「はあ、よかった」
「その代わり……」
「えっ、何?」
男子生徒は緊張した。
「写真、私にも教えてくれない?」
「あんた、3年だろう?勉強はいいのか?」
「勉強しながら、写真もやりたい」
「分かった、ときどき写真部に顔出しなよ。他の部員にも話しておく」
「ありがとう」
「あと、もう一つ……」
「まだあるのか?何?」
「この写真、私にも一枚ちょうだい」
男子生徒は、笑った。
「お安い御用だ」
佳奈が去った後、男子生徒は私に輝くような笑顔を見せた。
「孤独なひまわりという題名はやめた。『太陽に愛されたもの』にする。太陽に顔を向けて、前を向ける者の特権だ。ひまわり、お前のおかげで自分史上最高の写真が取れたぜ、ありがとな」
少年も私に触れた。
「まぁ、男がひまわりさわっても絵にならないか」
私は、近くの蝶に頼んだ。
蝶は、私の周りをひらひらと舞って、カメラに止まった。
男子学生は、にんまりして私の望みを叶えてくれた。
「ひまわりと俺も撮ってみるか。よし、いくぞ。はい、チーズ」
太陽の陽射しを浴びて真っ黒な顔の少年と黄金の顔の私との破顔のツーショットが撮れた。
私は、孤独だった。
でも今は、二人の友達がいる。
佳奈と朋秋。
ことあるごとに、私に話しかけてくれるし、私を被写体にしてくれる。
2か月間、そんな楽しい日々が続いた。
「センパイ、良かったな。南高、いけそうじゃん」
「うん。写真を始めてから、勉強もやる気になっちゃって。真弓も喜んでくれた。南高に行けたら、写真の他にも短歌とか興味あることは全部やろうと思うんだ」
写真部の少年朋秋は、一つ上の佳奈をかわいいかな、センパイと呼ぶようになり、受験生の佳奈は、成績があがり、色々なことに挑戦する意欲的な子になった。
「俺も来年、南高受験するかもな」
朋秋がぽそっとつぶやいて、心なしか顔を赤くした。
ところが、当の佳奈はやはり耳がいささか遠いのだろうか。
写真撮影に夢中だ。
朋秋は、それをみてぶすっとした表情になる。
私は可笑しくて、つい笑ってしまった。
すまない、朋秋。
そのころになると、私は元気をなくし始めた。
だんだんしおれてきているのは自分でも感じていたが、最近顕著だ。
「朋秋君。私、ひまわりさんの種、管理人さんに頼んでもらうことにする。家でも育てたいの。朋秋君と同じ、このひまわりさんも恩人だから」
「そっか。いい考えだと思う」
そんな二人の声を聞きながら、私は種を成熟させていった。
そして、身体がしおれて、もう周りも見えなくなっていたが、眠りにつく前に朋秋のこんな言葉を聞けた。
「ひまわりさん。太陽に愛されたもの。コンクールで一位を取ったぞ!」
私は、幸せだった。
仲間もおらず、孤独以外たいした特徴もなかった私が、こんな幸せな生ある時間を持てるとは思わなかった。
良かったと思う、いつも太陽に顔を向けていて。
良かったと思う、自分を捨てないでいて。
あたたかい感触。
私は、佳奈が種を集めているのを感じた。
ありがとう、佳奈。
ありがとう、朋秋。
そしてありがとう、太陽。
心の中で感謝の言葉を言いながら、私は生まれて初めての誇りをもって安らかに眠りについた。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
何か感じたことなどございましたら、感想などいただけると幸いです。
脱字を報告してくださった方、ありがとうございました。