7
次回から、平日は21時に投稿することを予定しています。
土日は変わらず12時の投稿です。よろしくお願いします。
あっけらかんと言い放ったミズメは、下処理が終わった魚に枝を通し、そのまま先ほど魔法で付けた火の近くに並べる。
「ああ、そう言えば聞いてなかったけど、どうしてあいつらに追われてたの?」
わたしは音をたてながら焼けていく魚を眺めながら聞く。
「私が亜人だからですよ」
「え? それだけ?」
「そうです。王国は亜人には特別厳しいですからね」
「そんな………それってあんまりでしょ。こんな女の子相手に………」
「いいんですよ。今に始まったことじゃないですし」
違う人種とはいえ、こんなに幼い子が迫害を受けていることに腹を立てる。
しかし、そんなわたしとは対照的に、落ち着いた様子で追加の枝を火にくべるミズメ。
燃料を得た火は勢いを増す。
「………一年くらいずっと一人だったので慣れました。それに、これからはカオルが居ますから寂しい思いはしなくて済みます」
ミズメはそう言って、釈然としない様子のわたしに健気に笑って見せた。
「……………」
川のせせらぎと、小枝の燃える音が場を包む。
そんな中、わたしは自分の過去を彼女に重ね見ていた。
恵まれない家庭環境の中で、満足にご飯も食べられない毎日。
貧乏だと馬鹿にされ、友達もろくに作れず、腫れもの扱いされていた学校生活。
辛気臭くて暗いという理由で、どこも長く続けることができなかったバイト。
結局そのせいで命を落とすことになったけど、そんな散々だったわたしの人生を変えてくれたものは―――
「よし決めた!」
あることを決断したわたしは勢いよく立ち上がった。
「ど、どうしました? いきなり」
「ミズメ! わたしの特技を教えてあげよう!」
「は、はあ………?」
見上げるミズメを指さし一言。
「パパ活だ!」
「ぱ、ぱぱかつ?」
聞きなれない単語に小首を傾げる。
「そう。わたしは所謂その道のプロってやつでね。パパ活とは、若い女の子が、金の余った中年男性の遊びに付き合って、その対価としてお金を貰うってお仕事」
「え? じゃあカオルは沢山の女性と―――」
「あー違う違う。わたしは女の方」
「………え?」
勘違いしているミズメに、わたしの前世が一六歳の女だったことを伝える。
それを聞いて、ミズメはわたしの姿を見つめてあんぐりと口を開いた。
「カオルが女の子………? し、信じられません………」
「そりゃわたしも信じられてないけどね、未だに」
わたしは川の水面に反射した自分の顔を見る。
(………まあ、こんな顔してれば、前世がJKだなんて誰も信じないよね………)
ぼさぼさの茶髪に目尻の釣り上がった細い狐目、さらにハッキリとした顔立ちにシャープな顎は男性的な印象を抱かせる。
どことなく漂う、おっさんのくたびれた雰囲気さえなければ、結構男前な顔立ちだろう。客観的に見れば。
ミズメが話を元に戻す。
「それで、そのパパ活が一体どうしたんですか? 昔はそれでお金を貰えていたかもしれませんが、カオルはいま男です」
「いるじゃん、女の子ならここに」
わたしは目の前の少女を指さす。
「―――わ、私ですか⁉ む、無理ですよ! 私なんかが男の人と遊んでお金を貰うなんて………!」
腕を必死に横に振って否定するミズメ。
「いやいや。もちろん、磨く必要はあるけど絶対いい線まで行けるって」
確かに彼女の身体は、充分な栄養が取れていないみたいで不健康に痩せている。
腰にまで伸びた黒髪も、長い間手入れがされていないみたいでボサボサだ。
しかし、彼女のつぶらな瞳や、左右のバランスが整った顔のパーツがポテンシャルを大いに感じさせるのだ。
しかも、彼女の口調はとても森育ちとは思えないほどに丁寧だ。
かと言って物静かなわけではなく、愛くるしい表情から見せる無邪気な笑顔がとても魅力的で、溌溂な性格をしている。
これはパパ活をする上で男性側がとても大切に感じるところで、そもそもパパ活を利用する男性は若い女性と交流することで、昔の青春時代を追体験しようとしている傾向がある。
そのため、溌溂として明るい性格の女の子は常に人気があり、その条件を満たした彼女はパパ活をするにはぴったりの存在なのだ。
「そうじゃなくて! もし、わたしが町で亜人だってことがバレたら大変じゃないですか! これ、魔法を使うとき以外でもちょっとしたはずみで出てきちゃうので、隠すの結構大変なんですよ?」
再び自分の獣耳があった部分を指さすミズメ。
余程、人前で自分が亜人だとバレるのに抵抗があるのだろう。
「………そういえば、尻尾は大丈夫なの? さっきは耳だけ出てたけど」
火の魔法を使った時の事を思い出す。
あの時は耳が出てきたが尻尾は見ていない。
「はい。尻尾は大量の魔法を使った時くらいしか出てきません。………あの時は、カオルの召喚でガッツリ魔力を失ったので」
わたしはふーん、と相槌をうつ。
「だったら万が一、出てきちゃったときに備えて深めの帽子とか被っておけばいいじゃん。このまま森の中、二人で生活していくのは無理あるし」
「え? そ、そんなことないですよ! もうこりごりなんです! 町は!」
思っていたよりも強い反応を受けてたじろぐ。
かと言って、わたしも森で生活を続けるのは生理的に無理だと感じているので、ここでしり込みしてしまってはならない。
「………気持ちは分かるけど、ここで一生過ごすのは勿体ないって。ミズメだって、いろんな人と知り合って、友達になりたいでしょ?」
「それは、そうですけど………」
友達という言葉に反応を示した。押すならこの部分だ。
「町に出れば、年の近い友達だってきっとできるよ。そうすれば一緒に遊ぶこともできるし、おしゃれとかもできて楽しいよ」
「友達とおしゃれ………」
彼女の瞳が、拒絶の暗いものから期待の輝きに満ちていく。
しかし、そんな年相応の楽しみに輝く瞳もスッと影が差した。
「―――でも、私知っているんです。そうやって仲良くなった人たちも、私の耳を見た途端に、まっさきに私の事を追い出そうとしてくることを。それが一番辛いのに」
彼女の過去の悲惨な体験を感じさせる言葉に、わたしの心はギュッと締め付けられる。
(ああ、そうか。わたしも似たような経験があるのか)
胸を刺す痛みにわたしは、自分が小学生だった時、少しの間だけ仲が良かった隣のクラスの男の子の顔を思い出す。
―――その子は、わたしがクラスでイジメられていることを知らずに、たまたま帰り道で仲良くなった子だ。
今思えば、久しぶりに仲良くなれた友達に、わたしはその時とても救われていたと思う。
しかしそんな彼も、わたしがイジメられていることを知った途端、あからさまに距離を取る様になった。
彼はおとなしい性格だったので、わたしと仲良くしているところを他の誰かに見られたくないと思ったのだろう。自分もイジメられると思って。
ついには、しつこく付きまとってくるわたしを、他の子たちと一緒になってイジメるようになった。
まあ、ありふれた話なので恨みはしなかったが、その事がトラウマで友達を作るのに恐怖感を覚える様になったのは事実だ。
程度は違うが、ミズメも同じようなトラウマに囚われているのだろう。
―――だったら尚更、そのトラウマを克服したわたしが、彼女の事を救ってやるべきなのでは?
そう考えたわたしは、俯いたミズメの両肩に手を置いて真正面から話しかけた。
「大丈夫。帽子を被れば誰も気づかないし、もし困ったことがあったら、その時はわたしが力になってあげるから。それでもダメなら、次の町へ行けばいいよ。それでも怖い?」
聞かれたミズメはゆっくりと頷く。
しかし彼女は、真正面から見つめるわたしの目を力強く見つめ返すとこう言った。
「………怖い、ですけど………それ以上に、このまま何も知らないままでいることの方が怖いです………!」
「よし! そうと決まれば近くの町に出発だ!」
ミズメの決断を引き出したわたしは勢いよくガッツポーズをする。
「あ、でもどうやって町に入りますか? この服のままだと怪しまれてしまいますし、買うにしてもお金が………」
ミズメは自分の穴だらけの服を持ち上げたので、わたしは問題ないと言って親指を立てる。
「まあ、そこはわたしの腕の見せ所ってやつだね。任して」
自信満々なわたしに、ミズメが「おー」と声をあげる。
「頼もしいです! さ、それじゃあ魚もちょうどいい感じに焼けてきたので、いただいちゃいましょうか!」
火に焼けた魚を手に取るミズメ。
しかし、野生の魚をそのまま焼いて食べた事が無いわたしは、当然受け取ることを拒否する。
「………え? いや、わたしは―――」
「これから町に行くんでしょう? だったら、結構歩くので腹ごしらえしておかないと」
当然の事を笑顔で言われたので、わたしは仕方なく魚を受け取った。
―――ちなみに味は淡白で案外おいしかったが、骨のせいでものすごく食べづらかったので、申し訳ないが二匹目はとても要らないと思った。