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「カオルー! 捕れましたーっ!」
川の浅瀬で魚のつかみ取りに挑戦している少女が、自身の顔の大きさと同じくらいの川魚を掲げながら、河原の岩石の上で休んでいるわたしに手を振る。
少女の名前はミズメ。
昨日、男たちに追われている最中にわたしを転生召喚した本人で、こうやって逃げ延びた今、元気に食料調達をしてくれている。
あの時の彼女は黒色の獣耳とモフモフの尻尾が生えていたが、時間が経った今は、気が付いたら勝手に引っ込んで無くなっていた。
「凄いね。これで三匹目?」
びちびちと身体を振って抵抗している川魚の尻尾を、なんの躊躇いもなく握りながら帰ってきたミズメに声をかける。
先ほどまでぼさぼさだった髪の毛も、今じゃ水に濡れてペタンとなっている。
「四匹目です。これで足りますか?」
「足りるでしょ。わたし、食べないし」
「ええ! 何でですか? お腹空いちゃいますよ⁉」
河原に魚を置いたミズメは驚く。
「だって………どうやって食べるのさ? 調理する道具も無ければ、調味料もないんだよ?」
「そんなの決まってますよ」
そう言ったミズメは、辺りに散らばっている枝などを拾って一か所に集め始める。
「………焚火?」
「そうです」
「火は?」
「『ファイヤ』」
ミズメが手をかざしてそう唱えると、火種も何もないのに、一か所に集まった枝が一斉に燃え上がった。
「すごい………。これが魔法………!」
まるでマジックのような光景に、わたしは目を輝かせる。
「えへへ………。でも、カオルも使えるじゃないですか」
「え? わたしも魔法を?」
言われてわたしは視線を火から、照れているミズメの方へ向ける。
すると、彼女の頭には先ほどまでは引っ込んでいた獣耳が姿を現していた。
「あ、耳………」
「………? ああ、魔法を使うと出てきちゃうんですよね………んっしょ!」
ミズメが目を閉じて少し力を込めると獣耳が引っ込んだ。
「な、なにそれ………! 根本とかどうなってるの?」
「や、やめてくださいよ! 乙女の秘密なんですから!」
気になって詳しく調べようとしたところ、頭を見られることを警戒していた彼女に拒否されてしまった。
獣耳の秘密はいずれ調べるとして、とりあえず話をもとに戻す。
「えー………。それで、わたしが魔法を使えるって話は………?」
「ああ、そうでした! あの時です! わたしが茂みに隠れたあの時、魔法を使って助けてくれたじゃないですか」
頭頂部を手で隠していたミズメは両手を放し、既に弱り始めている魚の前まで移動してしゃがむと、鋭くとがった枝を手に何かを始める。
「え? なんかしたっけ?」
「自覚無かったんですか? あれですよ、「そこにはなにもない」って、あれです」
「ああ、あれ………。何か関係するの?」
「関係というか………その言葉自体が魔法なんですよ」
(言葉自体が………?)
訳が分からないわたしは首を傾げる。
「分かりませんか? 簡単に言うと、相手を言葉通りに操ることができる、暗示魔法みたいなものです」
「暗示魔法?」
―――「そこにはなにもない」とわたしは叫び、その言葉通りに、探していた少女を目の前にしても素通りしていった男たち―――
自分があの夜にしたことを思い返してようやく理解する。
「ああ、そう言うこと⁉ ええ、めちゃくちゃ強いじゃん!」
つまり、あの男たちはただのポンコツだったわけではなく、わたしの魔法に掛かっていたということなのだろう。
異世界転生に相応しいチート能力にわたしは驚愕する。
「まあ流石に、相手の命や身体にかかわるような、抵抗力が強く発生する暗示は効かないと思いますけどね。それにこの手の魔法は、一回で消費する魔力が大きく、一日の使用回数が制限されて使い勝手が悪いんです」
「………ふーん。でも、なんで急にこの魔法を使えるようになったんだろう? これがわたしの才能ってやつ? ―――ていうか、さっきから何してるの?」
未だにしゃがんでいる彼女が何をやっているのか気になり、肩越しにミズメの手元を覗いてみる。
すると、鋭い枝を使って、魚のはらわたを器用にほじくり出している最中だった。
あまりの気持ち悪さに覗いたことを後悔する。
「うげぇ………」
「? まあ、才能もあるかもしれませんが、一番の理由は、呼び出した私にあると思うんです」
なぜわたしが顔を顰めているのか分からないミズメは話を続けた。
「狼少年や狐狸変化って言葉があるじゃないですか。だから、こんな身体のわたしが呼び出して、その言葉の性質を受け継いじゃったんだと思います」
そう言って自分の頭(丁度獣耳が生えていたあたり)を指さす。
「ふーん、そう言うもんなのかー………。―――ってことはさ、ミズメは狼少女なの?」
「狼は怖いから嫌です。狐にしてください。可愛いですから。こんこーん、って」
血で染まった両手を顔の前に持ってきて狐(猫?)のポーズをする。
これじゃあ尚更、血に飢えた狼みたいだ。随分と小さくて可愛らしいけど。
ふんわりと漂ってきた魚と血の匂いにわたしは顔を顰める。
「………そんな可愛いって理由で決めちゃっていいの?」
「いいんですよ。昔の事は覚えてないですし、分かりっこないんですから」