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少女の案内に従って三〇分ほど歩いていると、やがて森の出口の近くにまで辿り着いた。
しかし、そこには先ほどと同じように篝火を持った男たちの姿があった。
奴らの仲間だろう。
「………しょうがない、引き返そう」
わたしは来た道を戻ろうと踵を返す。だが、その先にも篝火の光がちらほらと見えた。
―――囲まれた。袋のネズミだ。
「そんな………ここまで来たのに………」
「……………」
無い頭を必死に振り絞ってどうするべきかを考えが、そうこうしている間にも、篝火はどんどんと迫ってきている。
わたしは腹をくくった。
「降りて」
「え………? は、はい」
少女を背中から降ろし、木の陰に一旦身を隠させる。
すると、こちらの動きを察知したのか、背後から男の声が上がった。
「―――おい! 誰だ! あそこでなにか動いたぞ!」
その声を合図に、迷いなく篝火が一気に近づいてくる。
もう逃げられない。彼女の耳元に顔を近づけ、手短に伝える。
「いい? なるべく時間を稼ぐから、その間に逃げて」
「い、嫌です………! だって、あなたは―――」
「―――大丈夫。これでもわたし、こういうことには慣れてるから」
引き留めようとする彼女を置いて振り返る。
篝火を持つ男たちの顔が今ははっきりと見えるくらいに距離が近い。
(大丈夫。警察の補導を何回も潜り抜けてきたわたしにかかればこれくらい………!)
わたしは今まで経験した、深夜のパパ活帰りの事を思い出して、自分の気持ちを奮い立たせる。
「―――動くな! こんなところで何してるんだ」
男たちの先頭が、自ら近づいてくるわたしに気が付き声をかける。
腰から剣をぶら下げてはいるが、麻でこしらえられた質素な洋服が、彼らは兵士ではないことを示している。
「何してる―――? そりゃこっちのセリフですよ。あんた達こそ、一体こんな真夜中に大勢でどうしたんですか。こっちはこれから寝ようって言うのに」
言われた通りに立ち止まったわたしは平静を装いながら、この森に暮らしている世捨て人を演じる。
すると、わたしが男であることが功を奏したのだろう。
怪しまれることなく、会話が続いた。
「……………。まあいい。ところで、ここらへんで傷ついた少女を見つけなかったか? 大切なことなんだ」
「少女………? こんな場所と時間に?」
我ながら堂に入った様子でしらばくれる。
「………そうか。………そういえば、さっきそこの木でしゃがんでいたな。あそこに何かあるのか?」
彼女が隠れている付近を男に指さされ、わたしの心臓が大きく跳ね上がる。
わたしは慌てて手を振り否定する。
「え? い、いやいや。なにもありませんよ」
「………?」
急に態度が変わったわたしに懐疑的な視線が男たちから向けられた。
これはマズいと思ったその時、背後から何かが動く音がする。
ガサガサ………
「「「―――‼」」」
この音はここにいる全員の耳に届き、彼らの疑いは確信に変わった。
「―――どけ! 離れていろ!」
「あっ………! ちょっ!」
男に押しのけられ尻もちをついてしまう。
先頭の男は音のした茂みの前で立ち止まり、探し人が姿を現すのを待ち構えている。
「そっ―――」
「観念しろ! 悪魔の子!」
茂みを掻き分けようと、男が剣を抜き、他の男たちも茂みを取り囲む。
篝火の光で、茂みが真っ赤に染められる。
このままでは、少女が―――
わたしは無我夢中になって、叫ぶ。
「―――『そこにはなにもない』‼」
虚しく響くだけ。
「今すぐその首を刎ねてやる‼」
茂みが男たちによって分けられ、中から両腕で顔を隠し震えている少女の姿が光の下に晒される。
―――終わった。
これから起きるであろう惨劇に目を瞑る。
しかし、わたしの耳に届いたのは意外な言葉だった。
「………なんだよ、何もいないじゃないか」
「………え?」
目を開いたわたしは「なんだよ………」「リスかなんかかぁ………?」と次々に彼らの口から発せられる呟きに耳を疑う。
どう見ても、彼らの目の前に目的であるはずの少女がいるのに。
「―――悪かったな、おっさん。突き飛ばしたりして」
剣を収めた男は呆気に取られているわたしにそう言い残すと、周りの男たちを率いて森の出口で待機している仲間たちの方へ歩いて行った。
「……………」
わたしはそれを身動き一つせず黙って見送った。
やがて、仲間と合流した男たちは、篝火の光と共に暗闇に消えていき、あたりには静寂が戻ってくる。
「はあぁ………」
危機が過ぎ去り、わたしは死んだように固まった身体が息を吹き返すのを感じた。
急いで茂みの方へ駆け寄り、未だに怯えている少女に自分たちが助かったことを知らせに向かう。
「―――ほら、もう大丈夫。どっか行ったよ」
少女の震えている肩をそっと叩いてやると、彼女は顔を隠した両腕から涙で潤んだ瞳を覗かせ、勢いよくわたしに抱きついた。
「―――うっ、うぁあん‼」
「………大丈夫、大丈夫………!」
わたしは泣きじゃくる彼女を優しく抱きとめ、こちらももらい泣きしそうになりながら、頭を撫で続けた。