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―――真っ白だった視界が開けると、暗闇の中で寒々とした木々が目の前に広がっていた。
「―――や、やった! 成功したっ!」
足元から聞こえる少女の声に、わたしは目を向ける。
すると、そこには腰を抜かしながらもこちらを見上げ喜んでいる、一四歳くらいの女の子の姿があった。
(獣耳に尻尾………? それに、凄く汚れた格好をしているけど………)
ぼさぼさの黒髪おさげから覗く獣耳と、ボロボロに汚れている布切れのような服と、そこから飛び出している黒色の尻尾が揺れている。
ここでふと、わたしは視線の端に映る自分の身体に違和感を覚え、己の手足を確認する。
―――スラっと伸びた腕は筋肉で角ばり、灰色のズボンに包まれた脚はとても太くなっていて、まるで男の身体を借りてきたようだった。
「えぇ………⁉ なにこれ⁉」
これにはわたしも驚いて思わず声をあげる。
しかし、その声も聞き覚えのないハスキーな男性のものなので更に困惑する。
「あの、さっそくで申し訳ないんですけど、助けてほしいんです!」
狼狽えているわたしを無視して、膝立ちになった少女が縋り付いてくる。
「え、え? わたし?」
少女は頷く。
「そうです! 私が召喚したあなたなら、きっとどうにかできるは―――」
「―――聞こえたぞ! おい、この辺りにいるはずだ!」
遠くの方から男たちの声が聞こえてくる。
よく見ると、複数の篝火が森の奥の方から煌々と揺らめきながら、着実にこちらへ距離を詰めていた。
「………ど、どうしましょう………⁉」
「ど、どうするって言われても………あれに追われてるの?」
少女はぶんぶん、と頭を勢いよく縦に振る。
(見た目はいかにも怪しい感じだけど………普通、こんな幼い女の子をここまで追い立てる………?)
少女の今にもはだけてしまいそうなボロボロの服を見て、なにか立ち入った事情を感じたわたしは、とりあえず自分の身体の事は置いておいて、彼女に力を貸すことに決めた。
こんなに可哀そうな格好をした子が悪いわけがない。どうせ、どうしようもないことに巻き込まれたのだろう。
「………おーけい。とりあえず距離をとらないと………。立てる?」
座り込んだままの彼女に手を差し出す。
しかし、本格的に腰を抜かしたのか、懸命に力を込めても立ち上がることがなかなかできない。
「―――だ、ダメです。力が入りません………!」
そう言って地面に座り込む彼女は、自分を見下ろしているわたしに、まるで「置いてかないで」と言っているような切ない表情を向ける。
それを見て是が非でも何とかしてやらなくては、とわたしは感じ、急いで自分の背中を差し出す。
「―――ほら、乗って」
「は、はい………!」
背中に乗った彼女は驚くほど軽かった。
これは不幸中の幸い。
これなら、普通に歩くスピードと大差なく移動することができそうだ。
そうしてわたしは一人の少女をおぶりながら、真っ暗闇の森の中を一歩一歩と進み始めた。