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ネクサスの町に面した海が満ち、あたりを暗闇が支配した頃。
いろいろな買い物を済ませたわたしたちは、店員に薦められた宿屋で部屋を借り、そこで一晩を明かすことにした。
二つあるベッドの上にミズメが立つと、真新しい服と帽子を身に着けた状態でくるりと一回転した。
わたしが手入れした彼女の黒髪がふわりと横に広がり、使用したシャンプーの良い香りが漂ってくる。
「………うーん。わたしの目に狂いは無かったわけだ………」
出会った時とは見違えるように可愛くなった彼女の姿を見て呟く。
ベッドから降りたミズメは、今度は鼻歌を歌いながら姿見の前に立った。
「ふんふ~ん♪ それにしても、カオルが髪の毛について詳しいなんて思ってもいませんでした!」
綺麗に斬り揃えられた自分の髪を触りながら、笑顔でそんなことを言う。
「まあ、自分で切ったりしてたからね。自然と身に着いたんだよ」
「凄いです! 女性だったって言うのは本当だったんですね」
そう答えるとミズメは振り返り、椅子に座っているわたしの前まで来て膝立ちになった。
そして流れるような動作でわたしの太ももに手を置くと、きらきらと輝く目で顔を見つめてくる。
まるで尻尾を振る子犬のような動作に、わたしの心臓がドキッと跳ねた。
(お、恐ろしい子………! きっと無自覚でやっているのだろうけど、わたしが元女じゃなかったら、今のでやられているところだよ………!)
彼女の才能を垣間見た気がした。
すると突然、部屋の入口からドアをノックする音が聞こえる。
「はーい」
わたしは急いで立ち上がり、入り口の方へ向かう。
ドアを開ける。
「―――こんばんわ」
ドアの前に立っていたのは、厳つい顔をした背の高い男だった。
着崩されたスーツの胸元には、黄色の襟章が付いている。
「………どちら様でしょうか?」
全く見覚えのない顔に、わたしは怪訝な顔をする。
「いやなに。ちょっと人探しをしていてな」
「はあ」
「その探し人は、ちょうどあんたみたいな糸目が特徴の男で、一五歳くらいの少女の奴隷を連れているんだ。見てないか?」
感情の読めない顔で告げる男。
何か嫌な予感を感じたわたしは素知らぬ振りをする。
「さあ、知らないです」
「そうか。タレコミによるとこの宿に入ったって話なんだが………」
「知りません。それで、そいつらは一体何をしたんですか?」
「……………。その男、うちのシマを色々と巡っていたみたいでな。適当な嘘をついて、詐欺まがいの値段で商品を掻っ攫っていくんだ」
「へ、へえー。それは大変ですね」
心当たりがありすぎて、わたしは吹き出してくる汗を何とか我慢して平静を保つ。
「そうなんだ。これじゃこっちも商売にならなくて、お上に怒られちまう。今すぐそいつをしょっ引いてシバいてやらねえと、他の連中に示しもつかないからな」
「……………」
「そんなわけだから、怪しい奴がいたら俺らに知らせてくれ。よろしく頼む」
何も言わないわたしにそう言い残し、男は去っていった。
動悸を抑えながら、ゆっくりとドアを閉める。
(やっばー! あれヤクザだよね⁉ シマとか言ってたし! ………それにしても、わたしの『化け狐』、効果切れるの早いんだな。嘘は直ぐにバレるって事か)
「ど、どうしたんですか、カオル?」
心配そうに、ドアから動こうとしないわたしの様子を見にきたミズメ。
余計な不安をかけないよう、直ぐに部屋に戻ってベッドに腰かける。
「宿の人が、町に不審者が出たみたいだから気を付けろって教えてくれたんだよ。―――さ、今日は早く寝て、明日からどうするかを決めちゃおうか」




