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銀の杯亭。
城下町で一番大きいこの宿屋は、連日沢山の冒険者で賑わっている。
自身の装備で身を固めた彼らはそれぞれ思い思いの注文をしながら、依頼で疲れ切った身身体を労っていたり、次の仕事に備えてパーティーメンバーと打ち合わせをしていた。
「―――や、やめてください………っ!」
常連の冒険者達から注文を受けていた私は、遠くのテーブルから女性の嫌そうな声が聞こえ振り向く。
よく見ると、下卑た笑みを浮かべた二人組の男が、注文を取りに来た女性のウェイターのスカートの中に手を差し込んでいるのが分かった。
「―――いい足してるね。どう? こんなところ出てうちで働いてみない?」
「あの………本当にやめて………っ」
「君ならそこそこお客さんとれるよ?」
嫌がる彼女に対して執拗に迫る男たちに、周りの冒険者たちも辟易としている。
誰か助けに行かないか様子を見ていると、いままでわたしが注文をとっていた冒険者がこう言う。
「やめときなよリサちゃん。あいつら、ガザファミリーの紋章を付けてる」
言われて男たちの胸元に黄土色の紋章があることに気が付く。
「本当だ………」
「最近、冒険者の勢いが凄いからね。忠告ついでに幅でも利かせに来たんだろ」
ガザファミリーは王国に根を張る組織の名前だ。
裏では人身売買や違法薬物の取引をしているが、表向きは貴族相手に調度品の売買や軍幹部連中に武器取引など手広く活動していて、とても巨大な力を持っている。
冒険者たちも例に漏れず、そんな彼らから仕事を卸して貰ったりしているので、誰も止めに行くことができないのだろう。
どうすることもできない自分にやきもきとしていると、突然、男たちの方角から冒険者たちのざわめきが聞こえてくる。
「―――な、なんだあの子連れは………」
「―――新入りか? 止めたほうがいいんじゃないか………?」
そんな彼らが見ている先に目をやると、ぶかぶかの魔導衣を身に纏った一三歳くらいの幼い少女と、その子の保護者のように見える、三白眼のくたびれた雰囲気で丸腰の男性が、男たちのテーブルのすぐ傍まで歩いていた。
「あ?」
「なんだ、おっさん?」
目の前で立ち止まった彼らに、男たちはすぐさまガンを飛ばす。
しかし、そんなのは全く気にしない様子で、怯えるウェイターに声をかけた。
「ほら、ここは任せて仕事に戻りなよ」
「あ、ありがとうございます―――!」
急に現れた救世主に、ウェイターはお礼を告げて足早に裏へ消えていった。
それを黙って眺めていた男たちは文句を垂れ始める。
「あーあ、なんてことしてくれたのさ」
「俺らはただ、仕事のスカウトをしてただけなのにさ。営業妨害だよ、これ」
男性はイラつく男たちを相手に、なんの物怖じもせずに言い返す。
「嫌がってたじゃん。それに、営業ならどっか別の場所でやりなよ」
ハッキリとした物言いに、日和見を決めていた冒険者たちから「おお………」という声があがる。
「………あのな。お前、俺らがどこの人間か分かって言ってんのか?」
苛立ちが増している男たちは、胸元についた紋章を男性に見せる。
「―――これはガザ家の紋章だぞ! 子連れのおっさんに文句を言われようが、俺らはここで何をしたって許されるわけ。冒険者ならこれくらいのこと知ってるだろ?」
「………ああ、知ってるよ。権力を振りかざす奴にロクな連中はいないってね。そういう輩は大抵、脳みそがお花畑なんだ」
紋章を見せつけても怯む様子がない男性に、二人は痺れを切らして勢いよく立ち上がり、ただでさえ近い距離をさらに詰め睨みつける。
「………てめぇ子連れだからって調子に乗んなよ。なんならお前の娘を、うちでこき使ってやろうか?」
一触即発の雰囲気に、店の空気が張り詰める。
店にいる全員の注目を集めながら、男性は口を開いた。
「やれるもんならやってみろ。―――ほら、『早く家に帰らないと、お母さんに叱られる』ぞ」
(………お母さんに叱られる⁇)
突拍子もない言葉に、全員呆気にとられる。
―――ただ一人を除いて。
「………そうだな! おふくろは死んで居ないけど、『早く帰らないと叱られる』んだった! ありがとう!」
男性を睨みつけていた男の一人が、突然そんなことを言い残して店から出て行った。
これには全員言葉を失った。
「………は?」
勿論、状況を飲み込めないもう一人の男も呆然としている。
「ほれ、あんたも『後を追いかけないと大変なことになる』ぞ」
「………ああ! なにが大変なのかは忘れたけど、ついていかないと『大変なことになる』んだった! それじゃあな!」
もう男性が声をかけると、もう一人の男もさっきの男と同じように、急いで店を飛び出していった。
予期しない方法で事態が解決したのを見せられ、店にいる全員が騒然となる。
「な、なんだ………? 一体何をしたんだあの男………!」
「魅了系の魔法か………⁉ でも、同性に使えるやつなんて聞いたことねえぞ!」
「いや、あれは暗示系だろ………!」
「暗示⁉ あんなでたらめな内容で効くわけがないだろ………!」
「じゃあ何を使ったんだよ⁉」
目の前で起きた不思議な現象に説明を付けるために、冒険者たちの間であれやこれやと言い合いが始まる。
すると、今まで様子を見守っていた魔導衣の少女は周りの事を一切気にせずに言葉を発した。
「―――カオル、私そんなにお腹減ってないよ?」
「わたしもだよ。でも喉は乾いたでしょ?」
そう言うと、カオルと呼ばれた男性は少女を席に座るように促し、ざわつく周りの事などお構いなしに、二人で空いたテーブルに腰を下ろした。
それを見たわたしは、注文を取っていた常連の冒険者に顔を向ける。
「すみません、トッドさん! またあとで注文聞きに来ますね!」
「あ、ああ………行ってらっしゃい」
離れる許可を得た私は、未だに言い合いを続けて盛り上がる店内を横切りながら、急いで彼らの元へ向かう。
すると、向こうの方が先に、ウェイターである私に気が付いた。
「あ、店員さん。お茶二つと、この季節のおすすめパフェってやつを………」
メニュー指さしながら注文をしてくるが、私はそれを遮る。
「あの!」
男性は驚く。
「―――お名前! 教えてくれませんか!」