閑話 それぞれの戦い 1 —— ヴァレリオ&クラス(グラズ) ——
今回は番外編となります。二話ほど続き本編に戻ります。
クラス(悪魔グラズ=元ロッセーラの配下)の視点になります。
裏門近く。
ロッセーラ達が去ってから、それなりの時間が経過していた。
「ヴァレリオ殿下、第十波がもう少しで来ます。まだ行けそうですね?」
クラスは、ヴァレリオに言った。
衛兵達はほとんどが体力が尽きてしまい、今ではこの二人だけが裏門を死守している。
この二人は、うまく連携をし悪魔らの波状攻撃を凌いでいた。
レッサーデーモンといえども、数が多い上、王都民を盾のように使って襲ってくる。
並の衛兵ではあっという間に体力が尽きただろうが、二人は非凡だった。
「はい。まだまだ行けます。でも、クラス先生は、体力は無限にありそうに見えます」
「いえいえ、ヴァレリオ殿下も相当な体力だと存じます……学園に入学された後も、努力されているのですね」
二人はクリスティーニ公爵家——ロッセーラの住んでいる館で度々会い、ヴァレリオはクラスから剣の指導を受けていたのだ。
しかし、ヴァレリオが魔法学園に入学してから、二人はやや疎遠になっていた。
「努力と言うには、まだまだです。兄の背中が見えたかと思うと、いつのまにか離されているような気がして」
「殿下は真っ直ぐ過ぎるのかもしれませんね。しかし、どうしてここに残ることを選んだのですか? ロッセーラ様と共にあろうとされないことに、私は驚きました」
クラスは理解できないでいる。
以前のように感情で動くようなら、頑なにロッセーラのそばにいようとしただろう。
「真っ直ぐですか。ロッセーラにも言われたことあるような。俺は単に、一番よい選択を、後悔しない選択を理屈で考えただけです」
「理屈ですか?」
「はい。兄上は強い。その背中が遙か遠くに見えるくらいに。だとしたら、ロッセーラが一番安全になるような選択をすべきだと考えただけです」
ヴァレリオは、ロッセーラの勝利のために、自らを捨て石として裏門にとどまることを選んだ。
感情ではなく理屈で。
「ククッ。これが、これこそが、我には無い成長なのですね。人間というのは、面白い……」
「えっ?」
「ごほん。失礼しました。いえ、殿下の考えに感服した次第です——」
その言葉は嘘偽りのない本当の気持ちだった。
クラスは思う。
感銘を受けるという言葉の真の意味を、今知ったのだと。
「——ヴァレリオ殿下は、レナート殿下に勝ちたいと思いますか?」
「はい。是非とも。剣術でも、愛情でも」
「愛情のことは分かりませんが、剣の腕であるなら……。あなたは真っ直ぐすぎるのです。その性格が剣にも現れます。それでは、実力が上の者に勝つことは難しい」
「ふむ」
クラスは思う。
レナートは前世で勇者だったのだ。
現世でも、その才能を一部引き継いでいる。
そのような者に普通の人間が勝つというのは途轍もなく難しい。
「正々堂々という精神で戦わないのであれば、勝機があります。いわゆる奇襲ですね」
正々堂々を否定する。
これはヴァレリオにとって可能かどうか。
敢えて、クラスはその選択を問うことにした。
「正々堂々を否定する?」
「はい。相手の予想に反したことをするのです。そうですね、例えば切り札は最後に使うと考えがちですが、それを初手で使うとか。そうして驚いたところを突くのです」
「なるほど。それは……面白そうだ」
ニヤリとするヴァレリオを見て、グラズも口の端を曲げた。
「実力差がある場合は長期戦では難しい。できるだけ短期戦に持ち込むのです。もちろん奇襲が終わった時点で勝てなければ、そこにあるのは敗北だけですが」
そしてクラスは思う。
ヴァレリオは、もっともっと強くなるのだと。
「さあ、第十波がやってきます。ヴァレリオ殿下、背中をお守りします」
「逆のような気がしますが、先生、頼みます」
ヴァレリオは、クラスの言葉を心に刻んだ。
彼らの戦いはまだ続く。
しかし、二人とも負ける気はしなかった。




