第2話 悪い夢を見てしまいました。
気がつくと私は暗闇の中にいた。
声を出しても聞こえず、手を伸ばしても触れる物が無い。
ここはどこだろう? と思っていると、女の子のすすり泣く声が聞こえてきた。
「うっうっ……」
暗闇の中、ぽつんと肌着のみを身につけた女の子が座って泣いている。
両手で目を覆っている。
その隙間から、とめどなく涙が頬を伝って流れ落ちている。
とても華奢な背格好に、豊かな胸、シルバーブロンドの髪の毛。
カリカだ。
彼女の周りに誰かがうつ伏せで倒れている。
見覚えのある後ろ姿。
見覚えのある服装。
緋色の長い髪の毛を、先端に近いところで紐を使って束ねている。
私だ!
血のような液体が床をどす黒く染めている。
見る限り外傷は見当たらないけど、視界に映る私はピクリとも動く様子がない。
「どうして……みんな……死んで……」
カリカの声。
みんな?
死んで?
倒れている私の向こうに、レナートとヴァレリオの姿が見えた。
レナートが、ヴァレリオを庇うようにして倒れている。
二人ともピクリとも動かない。
それ以外にも、見覚えのある人々が、カリカの周りに倒れていた。
みんな、死んでいるの?
カリカに近づこうとするけど、動けない。
「この者らはお前を庇って殺されたのだ」
私のそばから、聞き慣れない声が聞こえた。
野太く、低い声だ。
「私を……庇って?」
カリカは虚空を見上げた。
「そうだ。王国が、王都民が……この者らの命を奪ったのだ」
「そんな……どうして?」
一度上げた視線を、カリカは再び地に落とした。
彼女の瞳から、光が失われていく。
「人間とは、愚かなものなのだ。相応の報いが必要だと思わんか?」
「報い……」
何者かの声は、カリカの思考を誘導しているように見える。
だめだ。こんな得体の知れない者の言葉を聞くなんて!
伝えようと思うけど、何もすることが出来ない。
「人間共に、復讐を!」
「…………はい」
カリカの静かな声が、急に冷たく低くなった。
「復讐を! 復讐を!」
「はい……。ロッセーラ様、ヴァレリオ殿下、レナート殿下……大勢の、私の大切な人々の命を……奪った……人間に……。復讐を!」
次第に、カリカの口元がゆがみ、冷酷な笑みが浮かんでくる。
彼女の瞳は完全に光を失い、狂気の色に満たされていく。
「そうだ。白の聖女がいなくなった今、魔王を倒せる者はいない。我に従うのだ」
……白の聖女?
魔王を倒せる者がいない?
「はい……。私から全てを奪った者達を……全て……殺して……やる……!」
「素晴らしい。この莫大な魔力こそ、我が欲していたものだ」
ああ……。
カリカが立ち上がり、胸を張る。
肌着からのぞく胸元に、灰色の痣が見えた。
「ははははは! わははははははは! 復讐! 復讐よ!」
いつもの様子から想像できないほどの低い声で、カリカが笑っている。
その心から絞り出す声は泣いているようにも感じる。
大きな声で叫びを上げながら、カリカは虚空を見上げていた。
彼女の心は、明らかに壊れていた。
視界が暗闇に落ちていく。
しかし、カリカの悲しい笑い声は再び意識を失うまで、ずっと聞こえていたのだった——。
ふと、目を開ける。
見覚えのある天井が見えた。
これは、魔法学園の寮、自室の天井だ。
いつも寝泊まりしている部屋の天井だ。
「ロ……ロッセーラ様?」
声の方向に顔を向けると、目を腫らしたマヤの姿が見える。
「マ……ヤ……?」
「ロッセーラ様! ロッセーラ様!」
マヤは私にしがみつくと、大泣きを始める。
とても……とても辛い夢を見て、心が凍り付いていた私は、マヤの温もりを感じてほっとする。
マヤの存在が私を癒やしていく。
「起き上がっても平気なのですか?」
「うん、体調は悪くないわ。お腹がすごく減ったけど」
「いつロッセーラ様が目を覚まされても良いように、食事を準備しておりました」
私はマヤが準備してくれた料理を頂きながら、状況を聞く。
どうやら私は、エンリィらとお茶をしている途中で倒れ、そのまま昏睡状態になったらしい。
眠ったまま丸二日経ち、ようやく目を覚まし今に到るようだ。
今まで随分うなされていたみたい。
「随分心配かけちゃったね。もう、大丈夫よ」
「よかった。でも、無理なさらないでください。明日からは、創立記念祭ですが、お嬢様は……」
「私は大丈夫よ。多分、普通に歩けると思う。お祭り行ってみたい!」
窓の外に目をやると、少し遠くに学園の校舎が見えた。
もう外は黄昏時。
薄暗くなり始めている。
「ふふ、そうやって笑顔が出るなら大丈夫そうですね。あの、差し出がましいかもしれませんが、随分うなされていたようですが、何か夢を見ていたのでしょうか?」
「うん——」
私は夢の内容をマヤに伝えた。
あの、暗く冷たい夢の出来事を。
あれは、私達の未来の状況のような気がしてならない。
最後まで話すと、マヤは急に真剣な顔つきになった。
そして、私の目をしっかり見つめて口を開く。
「あの、ロッセーラ様。私、ひょっとしたら……。いいえ、レナート殿下も一緒に訊いて頂きましょう」
「えっ? 何? どうしたの?」
「詳しくはレナート殿下がいらっしゃってから話しますが、恐らく私の見立てに間違い無ければ、魔王か、それに準じるものの正体に心当たりがあります」
魔王、もしくはそれに準じる者。
そういえば……と、私は夢の内容を思い出す。
カリカに向かって、話しかける何者かの悪意を。
あれが誰なのか、分かった?
だとしたら。
私はそいつを許さない。
カリカのあんな姿なんて、もう二度と見たくない。
 




