閑話 決意と誓い ——ヴァレリオ—— 後編
ヴァレリオの言葉を聞き、はっとする。
そうだ、彼は、こういう人なのだ。
いつまでもまっすぐ、自分の気持ちに従う。
なおかつ、相手の気持ちに寄り添ってくれる。
私は、濡れた顔のまま、顔を上げた。
柔らかな夕陽が、暖かい色でヴァレリオを包んでいる。
「君は、そのままでもいい。ずっと……これからも。そして、俺の気持ちも……変わらない。一番いいのは、君の気持ちが俺に向いてくれることだけど、無理強いはしない」
そういわれると、どうしても甘えたくなる。
このまま彼に抱きつくのも嫌では無い。
むしろ、甘えたい気持ちすらある。
自分は、そんな女なのだ。
悪役令嬢ロッセーラ。
その名が示すとおりだ。
「私は……私は……」
でも、彼は決して、レナートの代わりではない。
彼に拒否されフラつきそうな私が、頼って良いわけでは——。
「ロッセーラはさ、色々とごちゃごちゃ考えすぎなんだよ」
彼は、私の肩に両手を置いた。
そして、僅かに彼の方に引き寄せられた。
「だって……」
「嫌かい?」
「嫌だなんて……そんなことあり得ない。でも……」
いつのまにか私の顔は、彼の胸の上にあった。
「じゃあ、俺が良ければ、いいじゃないか」
堰を切ったように涙が溢れ、彼の胸で泣いてしまった。
ヴァレリオに悪い。
そんな思いが私の心を締め付けていた。
でも、彼の温もりを感じるだけで、その棘は次第に鋭さを失っていく。
恋人同士と言うよりは、親にあやされる子供のように。
私はそれが、とても心地よく感じてしまう。
「その涙は……少しは俺のことを考えてくれているからだろう? だったら十分だ。それに、俺自身も君を悩ませていいものかと思うときもある」
「ううん、ヴァレリオは悪くない」
「そうか? 未練がましくないか?」
彼も、当然悩んでいるのだ。
私よりも、その悩みが深いのかもしれない。
「私がヴァレリオを嫌いなら……もっと楽なのに」
「答えは、すぐ出さないでいい。それまで、俺は、君のために行動する。いや、俺が好きなように、か」
「でも、無理はしないで」
私は、顔を上げ、顔の傷に触れる。
まだ新しいその傷が痛々しい。
「こんなもの……無理でも何でも無いさ。今やらないと絶対後悔する。それに、この償いと——」
そう言って、彼は私の頬に伝わる涙の痕を指で掬った。
「害を成す、あらゆるものから、君を守る。そう決めたんだ」
彼は、私の前に跪いた。
そして、私の手を取り、その甲に額で触れた。
「これは、誓いだ」
しばらく、ヴァレリオは、そのままの姿勢で祈りを捧げてるように目を瞑っていた。
私はその思いを前に、まったく動けずにいた。
ただただ、彼を見つめることしか出来なかったのだ。
「じゃあ、また」
「うん。でも、本当に……ヴァレリオに何かあったら……。無理をしないで」
「無理なんかしてないさ」
彼が何でも無いことのように、笑って言う。
私は、ついつい、それにつられてしまった。
「もう、頑固で……強引なんだから……」
「ああ、やっぱロッセーラは笑っているのが一番だ。元気を貰った。ありがとう。揉もう少し、頑張れそうだ」
彼は油断した私の頬に、唇を寄せて僅かに触れた。
一瞬のことでこれまた何もできない。
嫌な気持ちにはならない。
その代わり、頬がとてつもなく熱くなる。
「……!」
「あ、ごめん、我慢できなくなった」
「ううん」
見ると、彼も顔を真っ赤にしていた。
多分、夕日のせいじゃないのだろう。
彼は笑って、去って行った。
私にはその背中が、とてつもなく、広く大きく見えたのだった。




