第11話 尊いものを追い求めているそうです。
「最近よくカリカさんは、ソイン教授の研究室に通っているようで……。先日、授業の後にお二人が学園の外に連れ添って出かけていくところを見かけ、追いかけてみたのです」
エンリィは口早にまくし立てた。
な、何じゃそら。
ソイン教授は乙女ゲームに出てくるけど攻略対象ではなかったはず。
それに、カリカとそんな仲に?
少し前のカリカの様子からちょっと想像できない。
元々二人は知り合いだったはずだし、二人きりで会うのは……微妙なところだけど何か事情があるかもしれない。
そりゃ、カリカは可愛いから誰だって攻略できると思うけどさ。
乙女ゲーム内では主人公カリカが攻略対象と共に、悪役令嬢ロッセーラの悪事を暴くために「尾行イベント」があった。
そういう意味では、誰かを尾行していた……のかな?
「結局見失ってしまいましたが……。きっと二人でいけないことを」
「ま、まあ。歳は離れてるけど、別にいけないことではないのでは——」
「いいえ、いけません! 学園の生徒に手を出すなんてなんて不埒なことでしょう。あの……ちょい悪オヤジ……」
「まあまあ……エンリィ? 落ち着いて……」
とてつもなく興奮している。
エンリィの鼻の穴がひくひくし、広がっていた。
カリカに手を出すなんて、ソイン教授め、なんて憎い奴……とでも思っているように見えた。
しかし……。
エンリィは、目を潤ませて、深い感銘を受けるように頷いた。
「——でも、禁断の恋って……素敵ですわね」
「えっ」
「可憐なカリカさんと、ちょい悪オヤジの組み合わせ。尊いと思いませんか?」
あ……ダメだこの人……。
目をハートマークにしてしまったエンリィは、どこか遠い世界に行ってしまわれたようだ。
いけない関係というのも、きっと彼女の妄想の産物だろう。
その後、我に戻ったエンリィに「不確定なことは、あまり喋ったらいけないと思います」と釘を刺しておいたのだけど。
大丈夫かな……?
エンリィと私にマヤ、この三人にカリカが加わる。
なんだかんだ色んな話をしつつ、この四人で魔術ギルドに行くことになった。
目的はエンリィの魔道書ゲットなのだけど、アクセサリーも可愛いのが色々あるし、皆で見に行こうとなったのだ。
「お久しぶりね、お婆さん」
「おや、いつぞやの……久しぶりだね。こりゃ……大所帯だね」
「そうなの。そういえば眠り病、大丈夫だったの?」
そうなのだ。このお婆さんも眠り病にかかっていたって事で、ちょっと心配だった。
「なんとか、悪魔払いをして貰ってね。どこかの令嬢が発見したらしいが……感謝しないとね」
「えへへ……」
表だって公表してないので知らない人がいてもおかしくないよね。
よく考えたら、噂と一口に言っても、こういう良い噂もあるんだ。
「あれ? そういえば全職種対応の魔道書は?」
全て売り切れたのか、全職種対応の魔道書は一冊もなくなっていた。
売れないと嘆いていたのに……。たくさん買う人でも現れてたのかな?
「うん? 何だいそれは……?」
「何って……売れないとか言ってなかったっけ?」
「はて……もう歳かね? 何のことか覚えてないわい」
全部売れたのなら、あんまり気にすることないよね。
私とマヤもアクセサリーを物色しているエンリィやカリカと合流する。
「それで……カリカさんは、誰か好きな人いるの?」
「好きな方、ですか?」
おっ。エンリィの突撃が始まった。止めるべきか?
五秒だけ悩んで出した結論は「私も興味があるので一緒になって聞く」だ。
「そうそう。例えば……歳上の殿方とか?」
「うーん、レナート殿下は素敵ですよね」
「いや、もっと歳上、ソイン教授とか?」
エンリィ……尊いものを手に入れるには手段を選ばない女……。
「ソイン教授のおかげで私は魔法学園に入学できたので……感謝はしていますが……」
そういって俯いて話すカリカの頬は薄紅色に染まって……いなかった。
普通だ。肌の白さが際立っている。
恋愛対象として見ていないのかな?
だったら……微妙に安心したような。
ん? なんで安心するんだ?
「どちらかというとロッセーラ様と——」
えっこのタイミングで頬を染めるのねカリカ……。多分、私とヴァレリオのことを指しているのだろうけど……。
私はすかさず突っ込む。
「いやいやいや、そういうことは胸に秘めておいて——」
「そ、そうですわね。カリカさん、よく分かりました」
エンリィも追及の手を弱めてくれたようだ。よかった。
と、ふとエンリィの方を見ると、彼女の頬の方がよっぽど赤い気がする。
まあ気のせい、にしておこう。
「ロッセーラ様、エンリィ様、マヤ様、私はこれで……。今日はとても楽くてありがとうございます。また誘ってください」
「うん、またね!」
そういえば休みの日は仕立て屋に行くとか言っていたような。
一礼すると、カリカはお店を足早に出て行った。
そんなカリカの背中を見送りながら、エンリィがつぶやく。
「私の目は節穴だったようですね……」
「そうみたいね。残念だった?」
エンリィは……やや目を潤ませながら、ボソリと言った。
「いいえ。もっと尊い……女の子同士の世界があるなんて。ロッセーラ様。是非とも、カリカさんの思いに答えてあげてください!」
「い、いや……その……」
多分カリカは私とヴァレリオのことをいおうとしたと思うんだけど、エンリィは勘違いをしているようだ。
もっとダメだこの人……。
私は数時間ぶり本日二回目の感想を、エンリィに抱いたのだった。
「お嬢様、エンリィ様は、とても楽しい方でいらっしゃいましたね」
エンリィと別れた後の帰りの馬車の中、マヤが楽しそうに話しかけてくる。
「ま、まあ……あのあと、カリカさんと是非、ただならぬ関係に……! って言われた時はどうしようかと思ったけど」
「ふふっ。どこまで本気なのかは分かりませんが、お嬢様を慕っていらっしゃるご様子でした」
いや、あれ絶対本気だし、自分の趣味の世界を作ろうとしてるだけよね。
「あれ……? あの子……カリカ?」
ふと外を見ると、カリカらしき女の子が歩いている。
外は夕暮れ時、もうすぐ暗くなろうとしているのに……。
どうやら一人らしいようだけど、どこかに向けて足早に歩いていた。
「まさか……教授とこれから会おうとしているとか?」
ふと、エンリィの言っていたことが気になった。
今のカリカの姿を見ると……なんだかとても、エンリィの発言が重要なことのように思える。
理由は分からないけど……。
「あの、マヤ……。ちょっと気になることがあるので、私をここに置いて先に屋敷の方へ——」
うずうずして仕方なくなり、マヤに思っていることを打ち明けようとしたその時、コンコンと何者かが馬車の扉を叩く音がした。
「ロッセ……とマヤさんでしたか」
「レナート!?」
馬車の扉を開くと、そこにいたのは……普通の王都民風、執事が着るような服装に変装した第二王子レナートだった。
 




