第5話 聖女ですって?
誰かの言葉が響いた後、その場にいた全員が黙りこんでしまった。
しかしその沈黙も束の間、あっという間にみんながザワザワし始める。
「聖女ですって……あの、おとぎ話に出てくるという……さすがロッセーラ様ですわ……」
「ななな……。ワタシを差し置いて聖女ですって?」
「驚きですね。もう何百年も発現しておらず、存在を疑われていたはずなのに」
ああ、こんなところでこんなにも目立ってしまうとは。
もう静かな学園生活は送れないのかもしれない。私は思わず、肩を落としてしまった。
「な、何かの間違いよ! 聖女は……ワタシが……」
そう言いつつ、計測を始めるアリシア。しかし、そう簡単に聖女など判定されるはずもなく。
「ワ、ワタシが……単なる妖術師ですって!?」
アリシアは、判定結果に不満そうだ。少し離れているのに、彼女が私を睨んでくるのを感じた。
それにしても、まさか私が魔王ではなく聖女と判定されるなんて、まるで反対の職階級じゃないか……。
「ロッセーラが聖女とは……。ははっ…………」
ヴァレリオが、嬉しそうでもあり、同時に少し哀しそうな表情を見せた。
いつも自信に満ちて、突っ走る様子の彼だけど、今はなりを潜めている。ヴァレリオの顔色が少し悪く心配になってくる。
「聖女って何か特別な意味があるの?」
「…………すまない。いや、心配しなくてもいい」
「そ、そう。ヴァレリオ、大丈夫?」
「……もちろんだ。ありがとう、ロッセーラ」
ヴァレリオは険しい目つきのまま、やや口元を緩めて言った。
私を安心させようとしているのだろうか? 彼がそう言うのなら、あまり心配することはないのかもしれない。でも、気に留めておこう。
ざわめきは一巡し、落ち着いた残りの生徒が計測を始めた。
私達のグループでは、あとはカリカが残るのみだ。
「ロッセーラ様、聖女というのは私も深くは存じ上げないのですが……特別なのですね。さすがといいますか……」
「うーん、全然実感もないのよね。聖女はカリカの方が似合うと思うんだけどね」
「そんな……私なんてとても……」
「いや、本当に」
頬を赤らめて俯くカリカがとても可愛い。
「それで、あの、私は……どの魔法を使えばいいと思いますか?」
初めて会った時にお願いされた約束を守り、カリカに時々魔法を教えていた。
教えると言っても私は感覚的に魔法を使っていたので、どう教えたものかと悩んだものだ。
彼女は、【癒やし】の魔法など、神官が扱う魔法が使えるようだったので、神官系の魔法をいくつか教えてあげていた。
「私と同じ、【癒やし】の魔法でいいと思う」
「はい! では、ロッセーラ様と同じものにします!」
カリカは、嬉しそうにホワイトボックスに駆け寄るっていくと、両手をかざした。呪文を唱えはじめる彼女の声のが聞こる。
カリカの職階級は多分、神官か、ひょっとしたらレナートと同じ聖騎士かもしれない。彼女が馬に乗る姿を想像すると、凜々しいと言うより愛嬌のある可愛らしい騎士のイメージが出来上がった。それはそれで、楽しみだ。
わくわくしてカリカの様子を窺っていると、私に向かってソイン教授が近づいてきた。
彼は、三十代前半といったところだろうか。顎の下に少し髭を生やしていて、ちょっとだけ悪そうなおじさんという風貌だ。
「私はてっきりカリカ君が聖女の判定をうけるものと思っていたのですが、君は……おっと……申し訳ありません、ロッセーラ様。後ほど私の研究室にいらしてくださいませんか?」
「は、はい……分かりました」
「カリカ君も一緒に…………ん?」
ソイン教授の視線を追うと、その先にはカリカが向き合っているホワイトボックスがあった。それは次第に黒色になったかと思うと、白に変わり輝き始めた。同時に、回転を始めブーンという低い音が聞こえてくる。
「えっ? えっ?」
カリカの蚊の鳴くような戸惑いの声が聞こえた。
なにか、良くない事が起きそうな予感がする。
「ちょっと、これはマズイですね……」
ホワイトボックスは、そのまま回転を速め、さらに輝きを増していく。
その場にいる全員がただ事じゃないと、輝きの中心から離れ始めた。しかし、カリカは足がすくんだのか、次の瞬間には後ろに倒れてしまった。それでもなお、後ずさり始める。
「危ない!」
声が聞こえたかと思うと、カリカの近くにいたヴァレリオが彼女の元に駆けた。多分、【加速】の魔法を使ったのだろう。素晴らしい速度で、カリカの元に辿り着き、両腕に抱く。
「ロッセ、貴女も後ろへ!」
レナートが、私の前を塞ぐように立ち庇いながら、私を後ろに押してきた。
「ソイン教授も早く!」
「く……これは……。仕方ない、【次元放逐!】」
ソイン教授が呪文を唱えると、輝き回転をしていたホワイトボックスがフッと姿を消した。緊迫した空気の広場に静寂が訪れる。それは、一瞬の出来事だった。
皆が、突然の出来事に胸をなで下ろしている。全員無事のようだ。
カリカを見ると、真っ赤な顔をしてヴァレリオに抱きかかえられていた。
私は、なんとも言えない、不思議な気分になった。少し寂しい気がするけど、ヴァレリオとカリカが寄り添う姿を、もう少し見ていたいような……。もしカリカが他の女の子だったら、嫉妬したのだろうか?
ふと、私の肩を抱えていたレナートを見ると、まだ状況が飲み込めていないようで、固まっている。私がちょんちょんと、お腹の辺りをつつくと、レナートは我に戻ったのか、抱えていた私を放してくれた。
「お、思わず……申し訳ない」
「ううん、気にすることはないわ。ありがとう」
ざわざわとし始めた生徒達に、ソイン教授が低く通る声で言う。
「ふう、原因は調査しますが、ホワイトボックスに問題があったようです。ですが、皆さん、怪我も無いようですし安心しました。今日の講義はこれで終わりとします」
続けて、ソイン教授は笑みを浮かべ私の方を見て言い放った。
「レナート殿下、ヴァレリオ殿下、ロッセーラ様、カリカ君……以上四名は、この後私の研究室までいらして下さい。何があったのか、事情を詳しく聞きたいと思います」
え……私も? もしかして……実は聖女なんかじゃなく魔王だとかそういうことがバレては……ないよね?




