第4話 職階級の計測が始まります。
「レナート……ねえ、どうするの?」
「どうって? 」
「『勇者』って出たりしないの?」
「この世界には存在しませんからね。さっきの説明にもありませんでしたし……まあ大丈夫でしょう。恐らくは神官になると思っています」
レナートは、余裕たっぷりに答えた。とても落ち着いていて、マズいことになるなんて考えもしないようだ。
「私は何になると思う? 黒く変化したら……処刑ルートよ。どうしたらいいのかしら……」
「ルート? うーん、そうですね。ここで面倒なことになってもいけませんし……少し考えてみましょう」
「ほんと? ありがとう!」
「!」
耳打ちができるくらいに近くにいたレナートがシュンッ! という音が聞こえるくらいのスピードで離れた。それだけで体が少しだけ、冷めるのを感じる。
「あっ? 何? どうしたの?」
レナートの視線を追って振り返ると、やや眉毛を反らせながらも、口元を緩ませて近づいてくるヴァレリオが見えた。
「兄さん、なんだか嬉しそうだね」
「そ……そうですか?」
「ふふっ。なんだか、兄さんの焦ってる所が見られるの、新鮮だな」
お城でレナートとヴァレリオと初めて会ったときに感じた刺刺しさはなく、随分仲良くなったものだと思う。
ふう、と息をつき、ヴァレリオは私の肩に手を回して言った。
「やれやれ。時々忘れてるようにも思うけど、ロッセーラは俺の婚約者だ。それは忘れないように」
「はい、もちろん…………そうですね」
あっさりとレナートが引き下がり、その場は収まった。
肩に触れるヴァレリオの手のひらの熱が、「自分が悪いのだ」と言おうとする私を思い留まらせた。
一息つき、まずはグループの先頭を切って、レナートが計測を始めることになった。まずは、魔力量の計測だ。
彼がホワイトボックスに触れると、やや間を置いて色が変化していく。最終的に黄色になり変化が止まる。八段階中六番目、文字で示すランクとしてはAだ。
ランクは、高い方から順に、SS、S、A、B、C、D、E、Fで示される。
「殿下……なかなかの魔力量ですね。おそらく、Aランクはこの学園、講師まで含めても上から五人までに入るでしょう」
いつの間にか近づいてきていたソイン教授が、嬉しそうにレナートに言った。その声を聞いて、周囲の生徒達から、「Aランクなんて、さすがレナート殿下だ」などと声が漏れる。
「ありがとうございます。ちなみに……最高ランクの方はいらっしゃるのですか?」
「いいえ、オレンジ色までですね。最高を示す赤色は私も目にしたことがありません」
「なるほど……」
じゃあ、次は俺が、とヴァレリオが計測する。結果は、水色でCランクだった。レナートに負けたことがやや悔しそうだ。
歳を重ねればまだ伸びるので焦ることはないと、ヴァレリオはソイン教授に諭される。
先ほどグループに入った平民の男の子は紺色でランクD。彼は、ロレットと名乗った。彼と一緒にいる貴族の女の子は、エンリィというらしい。彼女は、水色でCランク、ヴァレリオと同じだった。
そして私は……エンリィと同じCランクだった。
エンリィのような普通の令嬢と同じなら目立つことはないだろう。
最後にカリカだ。
カリカは、震える手でホワイトボックスに触れた。それは次々と色を変えていき……大きく震えたと思うと、なんと赤色で変化が止まった。SSランクだ。
うおおっというようなどよめきが響く。
染み出す彼女の魔力量は多いとは感じていた。初めて会ったときから、今はさらに大きくなっているかもしれない。
それは……かつての私を超えるほどに……。
「おや、おや、これは間違いではありませんね。赤色とは初めて見ました。素晴らしい魔力量です、カリカ君!」
ソイン教授はそう言って、カリカの元に歩いて行き、彼女の肩に手を置く。
「は、はい……ありがとうございます…………」
カリカは視線を落とし俯いている。
教授とカリカは、妙に距離が近い。単なる教授と生徒という関係より、もっと近いような気がするけど……どうなんだろう?
「た……たかが平民が……最高級ですって……? ふ、ふん、魔力量では敵いませんが……ワタシこそが聖女となるのです」
震える声が聞こえたと思ったら、その声の主は先ほど悪役令嬢を名乗ったアリシアだ。
周りの取り巻き達の令嬢や令息が、おおっとどよめく。
あれ……? アリシアの声が聞こえた途端、側にいるヴァレリオの様子が挙動不審になる。不自然に、アリシアから顔を背けているような。
どうしたの? と聞こうと思ったき、ソイン教授が話し始めた。
「では、次は職階級の計測です。先ほど言ったように、箱に向けて魔法を放ってください。どんな魔法でも吸収するので、思いっきりやってもらって構いません」
さて、問題の職階級だ。魔王なんて判明しないといいけど……。きっとレナートがなんとかしてくれる!
私は期待を込めて彼の方を見ると……レナートは眉間に皺を寄せ、腕を組んで考え込んでいた。
「ちょ、ちょっと、レナート……顔色が悪いけど大丈夫?」
「あ、ああ……ちょっと良い案が思いつかなくて」
「そうなんだ……ありがとう。いざとなったら逃げればいいし、大丈夫よ」
レナートはとても真面目だ。約束を、こんなにまで守ろうとしてくれるなんて、少し嬉しい。
私の頬が少し緩むのを感じる。すると、レナートの表情も、少し柔らかくなった。
そして、計測が始まった。
レナートは予想を少し外したものの聖騎士だった。続いてヴァレリオは将星。ロレットは神官、エンリィは妖術師。
それぞれの結果に皆満足しているようだ。
私の番がやってきた。
目の前にホワイトボックスが浮遊している。この……見覚えのある風景に、やっと乙女ゲーム内のイベントを思い出す。
主人公、カリカはここで、神官だと判定されるのだ。ロッセーラは何だったかは描かれなかった。そもそも、ソイン教授が言った聖女や魔王という言葉も、この時は出てこなかったはずだだけど……。
「ほーほっほっほっほ。ワタクシ以外に聖女などあり得ませんわ。それが例え公爵令嬢であっても……」
アリシアの声が響き、そうだ、そうだ、と取り巻きが騒いでいる。
私はその声を無視し、ホワイトボックスに向き合った。魔王などではなく、せめて神官くらいでありますように……と、願いを込めて癒やしの魔法を発動した。
いつの間にか、レナートが近くに来てくれていた。いざとなったら、何か魔法を使ってくれるようだ。多分目くらましをするような魔法なのだろう。
しかし……。
くるくると回転を始め、ホワイトボックスが仄かな輝き放った。続いて、ぱっと黒色になる。どくん、と心臓が飛び跳ねるものの……それはまるで訂正するように、すぐさま赤色になり次に虹色に変化した。
私は胸をなで下ろし、ホワイトボックスを見つめた。今までの生徒とは違う、見たことがない挙動だ。
「ど、どういうこと?」
「……わかりません」
私の問いに側にいるレナートが戸惑うようにつぶやく。その頬を汗が伝うのが見えた。
周りを見渡すと、教授も、カリカ達もその場にいる全員がワイトボックスに視線を集中させている。固唾を飲んで見守る教授と生徒達。いつの間にか、皆の注目を浴びてしまったようだ。
シュンシュンと風を切る音を立てて回転するホワイトボックスは次第にその回転と色を収束させていき、停止する。
そして、最終的には、「白」で落ち着いたのだった。
「なんと……聖女……だ……と?」




