第10話 決着がつきました。
間に合わない……。
私は思わず目を背けた。加速の魔法はまったく役に立っていないことが腹正しく、激しく後悔をする。
「グアアアアア!」
悲鳴が部屋にこだました。
ああ、ヴァレリオ殿下…………。あれ? この声、彼の声じゃないし、とても棒読みで白々しいぞ?
声の方向を見ると、殿下の顔に腕を回しているグラズが目に入った。庇った手首に短剣が突き刺さっていてる……。
ああ、よかった…………いや、良くないか。誰がこんなことを……。
『グラズ、ありがとう!』
『ロッセーラ様の声で気付きましたが、無粋の極みですね。これは、殿下の覚悟を無為にする許しがたい行為です……あの使い魔、何者が使役していたのか……』
グラズは苦しそうなフリをしたあと、姿を消した。
途中色々あったけど最初に打ち合わせたとおりの結末になった。さすがグラズだ。ただ、相当怒っていたのが気になる。何か余計なことをしないといいけど。
「ロッセーラ!」
輝く檻が消え、剣を従者に返したヴァレリオ殿下が、私の元にフラフラしながらやってきた。そのまま抱き締められる。
「よかった……。君の身に何かあったら……俺は……本当によかった」
私を抱く腕から震えが伝わってくる。熱を帯びた体温が伝わってくる。
こんなに強く抱き締められた経験がなく、この状態でどうしていいのか分からない……。うっ。こういうときどうしたらいいのか乙女ゲームでもっと勉強しておけばよかった……。
そ……そうだ。お礼を言おう。
「ヴァレリオ殿下……助けて頂いてありがとうございます」
「あ……ああ……」
「どうされたのですか?」
「あの悪魔が引いてくれたように感じた。でも……俺は……それでよかったと思ってしまっている。君が無事だったら、あとのことはどうでも……」
「あの悪魔は、殿下の気迫に押されて逃げ出したのでしょう」
「そうだろうか……? いや……そんなことは些細なことだな……君のことに比べたら、勝ち負けなど」
静まりかえる部屋に、彼の言葉だけが響いている。殿下は抱えていた腕の力を抜き、私の顔をじっと見つめてきた。
「また後日、君のところに改めて挨拶に行こうと思う。俺の気持ちは決まった。迷っていた俺がばかみたいだ。ロッセーラ……俺と……」
「は……はい…………?」
ヴァレリオ殿下が言葉に詰まった。相変わらず私はどうしたらいいのか分からないけど……。
心なしか、彼の顔が少しだけ赤く染まっているようにも見えた。
「ヴァレリオ! ロッセ!」
どこかで聞いた声に振り返ると、レナートが騎士達の間から姿を見せた。
なぜか、私はレナートの顔を見て改めて安心する。
「ああ……兄さん……」
ヴァレリオ殿下がそう言うと、私を抱く力からふっと力が抜けた。そのまま、ぐっと彼の体が沈んでいくのに引っ張られる。
「!? 殿下!」
手を回し、今度は私が彼の体を抱く形になる。彼は意識を失っているようで、とても重い。
すぐさま駆け寄ってきたレナートに、ヴァレリオを引き渡すと、彼は弟を片腕に抱いて顔色など確認を始めた。
カッコいい男子二人がくっついている姿は絵になるな……。
「ふむ……そうか。ヴァレリオ、頑張りましたね」
レナートが心から弟を賞賛しているようだ。大事に思っているのだろう。その気持ちは、なかなか届いていないようだけど……。
「ヴァレリオ殿下は大丈夫なの?」
「はい。体力、魔力、どちらも全てを使い果たして気絶をしてしまったようですね。魔剣も使って……かなり無理したようですが、数日休めば体力も戻るでしょう」
「よかった……」
「ロッセは平気ですか?」
「うん、平気」
「分かりました。また話をしましょう。今日の話を聞かせてください」
げっ。それは……ちょっと遠慮したいところだけど……。でも、私のためにとても頑張ってくれたヴァレリオには、きちんとお礼したいな。
「ヴァレリオはしばらく城を出られないでしょう。また使いの者をやります」
そう言って、彼は【瞬間移動】の呪文を唱え、あっという間に去ってしまった。
レナートに悪魔のことが伝わると面倒そうだ。彼は前世でもグラズのことを好きでは無さそうだったし。悪魔と勇者じゃ、そりゃ相性悪いよね。
撤退を始める騎士の間を縫って、マヤが姿を見せる。彼女は、私と目が合うと謝り始めた。
「お嬢様……はぐれてしまい。申し訳ありませんでした」
「ううん、私こそ置いてきぼりにしてしまってごめんね」
「私のことはお気になさらず…………ヴァレリオ殿下はどちらへ?」
「大丈夫、レナートがもう連れて帰ったわ」
「……ご無事なのですね。安心しました」
「じゃあ、帰りましょう」
外に向かって歩き出そうとすると声をかけてくる女の子がいた。
「その……あの……ロッセーラ様!」
「カリカ、無事だったのね!」
「はい。今日は助けていただいてありがとうございました」
「ううん、気にしなくて大丈夫。一人で帰れそう? 送ろうか……?」
「いえ、大丈夫です。お気遣いいただき、ありがとうございます」
そっか、と言って歩き出そうと思ったけど、カリカはなんだかモジモジしていた。
何か言いたいことでもあるのかな?
「カリカ、どうしたの?」
「その……あの……ロッセーラ様、もしよかったら、魔法を……教えていただけないでしょうか?」
「えっ?」
「魔法を操っていたのを見て、勉強させてもらいたいと思いました」
カリカが真剣な眼差しで、私に訴えかけてきた。
両手を合わせ上目遣いで……多分天然でやってるのだろうけど、この表情で乙女ゲームでは、男達を次々と落としていったのだ。
その可愛さに私が勝てるはずも無く……。
「え、ええ、もちろんいいわよ!」
「ありがとうございます!」
喜ぶカリカに抱きつかれ、彼女の柔らかさと温かさを感じた。カリカって、私と同じ歳のはずなのに胸が大きいなぁ。これが主人公補正なのか、ちょっと羨ましい。
カリカが落ち着いて抱擁から開放された後、マヤに彼女を紹介した。
しかし……今日会ったばかりなのに、名で呼び合うようになったのかと、マヤから詰め寄られてしまったのだった。
カリカと別れ、私達は王家の手配で、やってきたのと同じ馬車に乗り自宅へと戻った。
さすがに疲れてしまったので、帰るなりすぐ休もうと思っていたのだけど、お父様が誰かを連れて部屋を尋ねて来た。
ああ……はやく休みたいのになんなの。もう……。
「ロッセーラ、今日は色々あったようだけど、大丈夫かい?」
「お父様。はい、殿下に助けてもらいましたし、平気です」
「そうか……それで、急な話だが明日から一人、執事を増やそうと思ってね」
「執事? うーん、必要ないと思うけどどうして?」
「マヤには今後もロッセーラの世話をして貰うし外出時にはついていってもらうが、今日みたいな事があってはいけないからね。屈強な護衛も必要だよ」
そう言ってお父様が部屋に招いたのは…………なんと、どこかで見た筋肉悪魔だった。
どうもさっきから姿が見えないし静かだと思っていたら、そういうことか。何か裏工作でもしていたのだろう。
グラズは顔を少し変えているし、ツノや蝙蝠の羽は無くしている。しかし、体格はそのままで、シャツがぱつんぱつんになっている。
「ロッセーラ様、はじめまして」
「なーにが、『はじめまして』よ!」
「……? ロッセーラ? 知ってるのか?」
「い、いえ、気のせいでした。初めてお会いしましたわ。初めまして……えーっと」
「クラスと申します」
クラスって……。グラズを少しいじっただけじゃない。安易すぎる。
どうせならグラ吉とかにすればいいのに。
「く……クラスさんよろしくお願いしますわ」
「はい、よろしくお願いします、お嬢様」
うっ。白々しい……。
かくして、我らが屋敷に悪魔が住み込むことになってしまった。
ヴァレリオ殿下は直接会ったのだから、気付かれるとややこしいことになりそう。レナートも前世で会っているので、悪魔だと分かれば何か言ってきそうだ。
静かに過ごすためにも、王子達がやってこないといいな……。
お読みになっていただき、ありがとうございます。
少し駆け足になっているでしょうか……?いかがでしょうか。
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