第6話 邂逅を果たしました。
「!? な……何だ……? まだ……」
大男が狼狽え、後ずさる。すると、床の魔方陣から光が湧き出てきた。放射状に天井を照らす。そして、その中央から人のような形をした影がせり上がる。なにやら、筋肉を誇示するようなポーズをとっている。
頭に角が生え、背中に蝙蝠のような羽があり……先日目にしたレッサーデーモンだと思ったけど、どうにも様子が違う。
もっと、強い悪魔なのでは?
前世の部下、悪魔は角や羽など無く、もっと細い体型だった。執事服がよく似合っていて、とてもスマートだったっけ……。この悪魔は上半身裸で筋肉が大きく、やたらマッチョだ。とても暑苦しい。
「我を呼び出したのは……あなたですか?」
悪魔は、大男に問いかけた。敬語を使っているが態度は随分尊大だ。
「は?」
「……あなたが我を呼び出したのかと聞いている」
「あ、ああ…………そうだ。お前の主は俺だ。契約の報酬は、そこの女などどうだ?」
「女? たかだか人間一人の命が我の報酬に足りるわけ……」
悪魔は、振り向くと私をチラリと見た後…………目をまんまるに見開き、二度見した。
「…………あなた……は……あなた様は……」
ん? 私を知っている? 知らんぞ……こんな悪魔。私は肩の痛みを忘れ、悪魔の顔を見つめた。ややつり上がった目尻、金色の瞳。それに長い黒髪が揺れている。
『魔王様……』
ヤツは私の頭の中に直接語りかけてきた。聞き覚えのある声だ。姿は随分変わってしまっているけど……。
『あなた……グラズ?』
『はい。お久しぶりです、魔王様。おや、これはこれは……随分麗しいお姿で……。ん? 怪我をされているのですか?』
『うん……それより魔王って呼ぶのやめて。私にはロッセーラという名前が……』
『取り急ぎ、これを』
グラズは前世で私の部下だった悪魔だ。見た目は、前の方がスマートで良かったのに……なぜこんなに筋肉モリモリになっているのだろう?
彼は空間に穴を開け、そこから瓶を手渡してきた。赤い液体が入っている。これは、怪我を治す純度の高いポーションだ。
私はそれを受け取り、口を付ける。中の液体を飲んでいくうちに、肩の痛みが水に溶けるように引いていく。
「おい、お前……何をしている? とっととその女の……」
放置される形になった大男が、悪魔に話しかけた。自らが主人だと疑いもせずに。
「主を傷付けたのは、お前か!?」
急激に低くなったグラズの声が響く。その声はもはや、主人に対するそれではなく、尋問するかのような棘が生えている。
「何? まさかその女が主だと……何を言って……?」
どくん。
グラズの発する魔力の波動を感じる。彼の感情が大きく揺れるときに感じるものだ。
「許さん。許さんぞ…………契約の報酬として……お前の魂を頂くことにしよう!!」
「な……何を…… !?」
「新たな血の契約が結ばれたのだ。我が真の主を傷付けたことを、永遠に後悔するがいい!」
グラズはどんなときも冷静沈着な性格だったはずだけど……キレている?
悪い予感がする。黒い波動が、闇が、グラズを中心に館を侵食していくように広がっていく。
止めなければ。
大男を殺してしまっては、誘拐事件の真相を知る機会が失われてしまう。
グラズが感情を高ぶらせている分、私は物事を冷静に考えられるようになっていた。
『ちょっと待ったー! 何をしようとしているの?』
『まお……ロッセーラ様を傷付けたのは、この男でしょう?』
『そ、そうだけど。話を聞きたいから生かしておいて欲しいのだけど』
『やはりそうでしたか…………やはり許せませんね』
さっきより、もっと深い闇の波動が、グラズから湧き出して広がっていくのを感じた。彼はまだ止まりそうにない。
そうだよ。そういう所だよ……悪魔。私があなたを心の底から信用できないのは。
でも、妙な安心感と懐かしさに嬉しくなったのも事実だった。




