8話 オバちゃんの驚愕
リコたちの来訪を大いに喜ぶメグル。
早速、村長夫婦も巻き込んだ井戸端会議――もとい、お茶会が始まった。本来の約束、村の案内はそっちのけである。
「そうだ、メグルさん。この村の子供たちは働き者なんですね。とても感心です」
リコは自然とその話題を口にした。
今日もここに来る途中、畑で働く子供たちを目にしたからだ。母親たちは相変わらず会話に夢中であったのだが……。
「そうかい?」
聞き返すメグルに、リコは「ええ」と大袈裟に頷く。
「国に残してきた私の娘だったら、やれ水が重いだの、疲れただのって、すぐ文句を言いそうです。まぁ、甘やかして育てた私が悪いんですけど」
「ん? リコには娘がいるのかい。離れて……寂しくないかい?」
「……寂しいですよ……だって、お腹を痛めて産んだ大切な我が子ですもの。可愛くて可愛くて。ふふっ。でも、もう大きいから、いい加減子離れしないと……過保護はあの子の為にも、私の為にもならないですからね」
「ああ……これこそが母親の在るべき姿……久しぶりに見たよ」
微笑んでいるのに、どこか寂しそうに呟くメグル。その様子がとても気になったリコは口を開きかける。
そんな時、ダンが血相変えて家に飛び込んで来た。
「義兄さん! 事故だ。事故が起きた!」
詳しい説明を訊くと、どうやら山で作業していた男たちのひとりが、倒れてきた木の下敷きになり怪我をしたようだ。瀕死の状態らしい。
内容を理解したライデルは、ダンに目配せする。しかし、それに応えることなく、ダンは辛そうに顔を歪めた。
ライデルが「早く行きなさい」と今度は口で命令する。
するとダンは諦めたように深い溜息を吐き、家を飛び出して行った。
ダンと入れ違いに瀕死の怪我人が運び込まれる。その怪我人は頭を強く打ったらしく意識がない。出血もかなりある。
騒ぎを聞きつけた村人たちが、続々とライデルの家に集まって来た。何人かが口々に「ダンはまだか?」と囁いている。ダンは医者でもあるのだろうか。
リコたちは、邪魔にならぬよう居間の隅でその様子を見守ることにした。
重苦しい空気が漂う中、ダンが何者かを連れて戻って来る。
それは――エルフ。男性のエルフであった。
彼らはリコの愛読書に、必ずと言っていいほど登場する。リコが見間違う筈がない。
ほっそりした身体にスラリと伸びた手足。透き通るような白い肌。そして一番の特徴は、やはり尖った耳である。この異世界でぜひ会いたいと密かに思っていた。
そんなエルフとの遭遇なのに、感動するどころか眉を顰めるリコ。
そのエルフが、まるで奴隷のように見えたからだ。
真ん中に血のような赤い石をつけた首輪が、エルフの細い首にガッチリと嵌められている。それに様子もおかしい。顔に表情がなく、焦点も合っていないのだ。
リコは意見を求めるように、肩のケツァルに視線を移した。しかしケツァルは、険しい顔でエルフを見つめたまま動かない。
そんな中、ライデルが「エルフを前へ」とダンに指示を出す。
ダンはそれに従い、エルフを怪我人の前に座らせた。そしてライデルに目を遣ると、小さく頷く。
何が始まるのかと固唾を呑むリコの耳に、ケツァルの「まさか」という呟きが聞こえた。
ライデルは準備が整ったことを確認すると「癒やせ!」と大きな声を上げた。
それを合図に首輪の赤い石から、ドス黒いオーラが立ち上がり揺らめき出す。その禍々しいオーラは次第に大きくなり、エルフと怪我人をスッポリと覆った。
次の瞬間、眩しい光が部屋中に放たれた。まるで音のない爆発である。
目が眩むほどの光は一瞬で消え、後に残ったのは元気になった怪我人と変わり果てたエルフの姿だった。
ミイラのように干からびて命を失ったエルフ。その亡骸には首輪だけが残り、赤い石は跡形もなく消えていた。
仲間の回復を喜ぶ村人たち。それを余所にダンはエルフの前に跪くと、その亡骸から首輪を外す。
リコとケツァルは言葉を失い、ただジッとそれを眺めていた。




