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エピローグ

 畑を見渡す小高い丘の上で、ひとり膝を抱える男の姿があった。

 男の頭にある狼の耳はペタンと萎れて、フサフサした尻尾も力なく地面に垂れ下がっている。

 そう――この孤独で寂しそうな男はアスワドであった。



「とうとう……魔族王様たちもこの世界から旅立たれてしまわれた……」



 アスワドはそう呟き、どこまでも続く青い空を仰いだ。

 自然と目頭が熱くなるアスワド。

 そんな彼の背中に、可愛らしい子供の声がかけられる。



「アスワドおじさん!」



 アスワドは、慌てて涙を拭き振り向く。

 そこには小さな女の子が立っていた。その目は澄んだ緑色で、頭には長くて真っ白なウサ耳が生えている。

 アスワドは嬉しそうに目を細め、両手を広げた。



「リコさん! さぁ、いらっしゃい!」



 リコと呼ばれた女の子は、迷うことなくアスワドの胸に飛び込む。そして、つぶらな瞳で彼を見上げた。



「アスワドおじさん。ひとりで何してたの?」



「えっ? え、えーとですね。おじさんは……そう! 農作物の成長を観察していたのですよ! ヨーク村にとって大切なことですからね!」



 アスワドは目を泳がせ、必死に寂しさを取り繕った。

 リコが「本当?」と首を傾げると、小さな手で彼の耳をそっと撫でる。



「アスワドおじさん。黒くてキレイなお耳がペタンってなってるよ」



 その仕草にアスワドは、大好きだったオバちゃんリコを思い出す。



(ああ。あの方もよくこうやって撫ででくださったなぁ……。「私は病を治して、今度はボン・キュッ・ボンのミステリアスな熟女か、いぶし銀のニヒルなダンディーになって必ず戻って来るわ!」なんておしゃっていたけど……一体それはいつなのですか? ああ! リコさん、早く貴方に会いたい……)



 また寂しさが込み上げてきたアスワド。

 彼はその気持ちをグッと堪えると、話題を変える。



「と、ところでリコさん。お兄さんは?」



「お兄ちゃんはね。お父さんの代わりにクスタルに行ったわ!」



「そうですか。カイルさんの代わりに……いやー、早いものですね。彼ももう立派な青年です。ではご両親……カイルさんとティーラさんはどうしたのですか?」



「お父さんとお母さんは……おじいちゃんを叱りに行ったわ」



 眉を顰めるリコ。



「あー、またですか」



 アスワドがしみじみ相槌を打つと、リコは大人ぶって腕を組む。



「そうよ、またなの。まったく、おじいちゃんときたらやんなっちゃう! 女にだらしない困ったちゃんなんだから! 少しは痛い目に合うといいんだわ! なんならリコがこらしめちゃおかしら!」



 子供らしからぬ物言いをするリコ。



「あはははは! それはきっといい薬になりますね。リコさん。一体どうやって懲らしめるのですか?」



「そうねぇ……ふふっ」



 リコはまるで悪巧みを考えるようにほくそ笑む。

 アスワドは、そんなリコの姿に息を呑んだ。

 僅かだが彼女の中に、オバちゃんリコの気配を嗅ぎ取ったからである。

 恐るべしドM狼の嗅覚。



(おお! まさかこんな近くに、あの禁断の扉を開くことの出来る逸材がいたなんて! 流石、あの方と同じお名前ですね。ふふふふっ。どうやら私に、悲しんでいる暇などないようですっ!)



 水を得た魚のように、復活するアスワド。



「リコさん! お願いです! 私を存分に辱めてください! ウオォォォーーーン!」



 アスワドは歓喜の雄叫びを上げ、リコをギューッと抱き締めた。

 当然、幼いリコはアスワドの言ってる意味が理解出来ず、顔を引き攣らせる。



「ア、アスワドおじさん! いきなりどうしたのっ! はずかしめるってなに!」



 アスワドはそんなリコを抱き締めたまま、空に向かって叫ぶ。



「ネーヴェさーん! 聞いてますかー! アスワドは遂に逸材を見つけ出しました! 貴方との約束を胸にあの方の後継者を立派に育ててみせます! 禁断の扉! 万歳でーす!」



 嬉しそうに空に向かって報告するアスワド。

 やはり彼は、どこまで行っても残念で……そして、どこか可愛くて憎めないドM狼であった。

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