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41話 オバちゃんの誤算

「ケツァル、ネーヴェ。リコさんの様子は!」



「二人共。これはどういうことなの!」



 リコがまた倒れたとの知らせを受け、急ぎ駆けつけたルカとルイの第一声であった。

 二人は今、リビングにてケツァルとネーヴェへ険しい表情を向けている。

 ケツァルが項垂れたまま口を開いた。



「リコは今、隣の部屋で眠っておる。ワシらにも何がなんだか……」



 後に続くネーヴェ。彼もまた項垂れている。



「突然、倒れたとしか言いようがありません。昼間は……元気だったのですよ」



「なら、どうして? もしかして……また村の子供たちと全力で遊んだの?」



 ルカが眉を顰めた。

 静かに首を振るケツァル。



「いいや、それはない。この前、オヌシらに諭されてから、無理をせんようにとリコも心がけとった」



「だったらリコはどうしたって言うの! アンタたち! すぐ側にいながら何してんのよ!」



 ルイに叱責され、益々項垂れるケツァルとネーヴェ。

 そこへ寝ている筈のリコが、ひょっこり顔を出す。



「ごめん。また心配かけちゃったね」



 ワラワラと駆け寄るケツァルたち。その顔は、皆心配そうであった。

 彼らを安心させるように、ニッコリ笑うリコ。

 ケツァルは、そんなリコを椅子に座らせながら問いかける。



「リコ。もう大丈夫なのか? まだ寝てれば良いのに」



「もう、十分寝たよ。だから大丈夫」



「リコ、ワタシがうるさくしたのよね。ごめんなさい」



 大声を立てたことを反省するルイに、リコは頭を横に振る。



「ううん……でもね、ルイ。ケツァルたちは何も悪くないんだ。だから怒らないであげて」



 リコがお願いすると、ルイは「分かったわ」と素直に頷いた。

 すると、いつもホンワカしているルカが、真剣な顔で本題を切り出す。



「ねぇ、リコさん。真面目に答えてね。年の所為なんかじゃなくて……本当はどこか悪いんじゃないの? だって頻繁に倒れるなんて絶対おかしいよ!」



 リコは首を傾げ、考えながら答える。



「そうかなー? 更年期だと思うんだけどなー。確かにこの世界に来た時は、癌だったけど……それは怪我と一緒に、ティーラが癒やしてくれたしー。だから他には――」



「――リコ! ちょっと待て! 癌だったじゃと? ティーラはそのこと知っておったのか?」



 リコの言葉を遮り、ケツァルが口を挟んだ。



「ううん、知らないよ。だって誰にも言ってないもん」



「⁉」



 リコの返事を聞いて、絶句するケツァル。

 リコは不思議そうに、首を傾げる。



「ん? ケツァル、何をそんなに驚いているの?」



 ケツァルの代わりに、ネーヴェが辛そうに口を開く。



「……リコさん。病気は癒やす者が認識していなければ、治すことが出来ないのですよ。ですからリコさんの場合……癌は治っていません。寧ろ、進行して……色々な症状が出てきたんじゃ……」



 ネーヴェの説明を聞いて愕然とするリコ。



(癌が治っていない? 寧ろ……進行している? それじゃあ……)



 リコは思い返す。

 ルイに何度も痩せたと指摘されていたことを……。

 どちらかといえば痩せたというより……痩せこけたっていう感じだ。

 それに、この頃酷く疲れやすい。

 他にも……ちゃんと考えれば、色々な症状が思い当たった。

 もしあの時、ティーラに病気だと伝えていれば……いや、あの後にもチャンスがあったのだ。

 カイルに癒やしについて尋ねた時である。

 リコは癌が治ったと勝手に勘違いして、話を有耶無耶にしてしまったのだ。

 今更ながらに、自分の愚かさを悔やむリコ。



(私って救いようのない馬鹿だな……症状が出始めてるなんて。きっとかなり進行している)



 黙り込むリコの前に、ケツァルが跪く。

 そして、彼女の手をギュッと握り締めた。



「リコ、大丈夫じゃ! 癌なんてワシが、ちょちょいと癒やしてやるぞ!」



 何かを取り繕うように、ワザと戯けるケツァル。

 だが、その理由が分かってしまうリコは首を横に振る。



「何を嫌がっておるのじゃ? ワシはリコに大きな借りがあるじゃろう? それを返すだけじゃよ!」



 食い下がるケツァル。



(冗談じゃない! きっとケツァルは報いを受ける! ケツァルを犠牲になんて出来るもんか!)



 リコは頑なにかぶりを振った。

 だが、尚も食い下がるケツァル。



何故なにゆえじゃ、リコ! すぐに元気になれるのだぞ! ワシはオヌシが弱っていく姿を見るのは嫌じゃ! オヌシに死ぬなんて怖い思いをさせたくないのじゃ!」



「絶対ダメっ! そんなことしたらケツァルが報いを受けてしまう! ねぇ、そうでしょう? ネーヴェ!」



 リコは、一歩も引き下がらないケツァルの代わりに、ネーヴェに問いかけた。

 ネーヴェは今にも泣きそうな目で暫くリコを見つめ、やがてポツリと呟く。



「……はい」



 顔を伏せ、肩を振るわすネーヴェ。

 ケツァルは口を固く結び、悔しそうに目を瞑った。

 リコは立ち上がり、そんなケツァルとネーヴェをキツく抱き締める。



「ネーヴェ。正直に答えてくれてありがとうね」



 ネーヴェは何も言わず、リコの肩に顔を埋めた。

 反対の肩に頭を乗せるケツァルに、リコは優しく語りかける。



「ねぇ、ケツァル。私が何よりも怖いのはね……ケツァルを失うことなんだよ。だから報いなんか受けちゃ絶対ダメ……私、前に言ったよね。幸せだって笑いながらここを去りたいって……ケツァルがいなくちゃ、ちっとも幸せじゃないじゃん」



 リコは、ケツァルの髪を愛おしそうに撫でながら続ける。



「私ね。帰ったらすぐ手術受ける。そんで癌なんてソッコーで治して100歳まで生きてやるんだから!」



「リコ……」



 ケツァルは堪らずに、リコをキツく抱き返した。

 そこにルイとルカが加わる。



「リコ……ワタシが設定を変えたばかりに……ごめんなさい。リコに辛い思いをさせるなんて……ワタシ……ワタシ……」



「ルイ姉さんだけの所為じゃない。ボクも悪いんだ。リコさん……本当にごめんね」



「二人がなぜ謝る。寧ろルイとルカには感謝だよ。本当はさ、一応女だから手術……不安だったんだ。子宮を全摘しなくちゃならないから……。でも病気の怖さを身を以て体験して分かった。手術が不安なんて言ってられない。早期発見! 即対応! これ大事! 生きることにもっと貪欲にならなくちゃね! ありがたいことに私には、もう一度チャンスがある。今度はこのチャンス絶対逃さないよ! ワタクシは学習しましたからね……」



 そう言いながらリコは、ルイとルカを引き寄せる。



「ちょっと早かったけど……もとの世界に帰るだけだよ。だからさ。ルイもルカも笑って見送って……お願いだよ?」



 ルイとルカは弾かれたように、リコにしがみつく。



「リコ。もとの世界に帰ったら絶対、病気なんて早く治しておいてよ。ワタシがこの世界を出たその時……今度は一緒に未来へ行くんだから!」



「そうだよ、リコさん。絶対、絶対、約束だからね!」



「うん……約束だ!」



 リコは両手一杯に、皆をギューッと抱き締めるのであった。






 ◆






 ――後日、他の者たちにもリコの病が知らされた。


 皆、衝撃を受け、ある者は嘆き、またある者は自分の無力さにうち拉がれる。

 その中でもアスワドは、まるでこの世の終わりと思えるぐらいの――正直、かなり厄介な――絶望っぷりであった。



「リコさん! なんてことですかっ! 残される私は一体どうしたらよいのです! 私は……私は……うわーん」



 そう喚きながらアスワドは、椅子に座るリコの膝に縋りつき泣き崩れた。

 リコは、ペタンと萎れた彼の黒い耳を優しく撫でる。



「アスワド……そんなに泣かないで」



「リコさーん。うえーん」



 アスワドは更に泣き叫ぶと、リコの腰に手を回し、子供のようにギュッとしがみつく。



「グスン……私は……リコさんの病を癒やそうと思いました。グスン。しかし……グスン。ティーラさんに『それはただの自己満足よ。リコが罪悪感で苦しむことになるわ』と脅され……いや、諭され悔しいけれど諦めました。グスン。リコさんに笑っていて欲しいですから……」



 グスングスン鼻を啜りながら話すアスワドを、リコもギュッと抱き締め返す。



「ありがとうね、アスワド。あなたは優しいね。私……アスワドには凄い感謝しているんだよ。いつも私を笑わせてくれるから。アスワドがいると本当に楽しいよ」



 その言葉に反応して、アスワドはガバッとリコを見上げる。



「ならば! リコさんの帰られる世界に、このアスワドもお連れください!」



「へ? え、えーと。それはちょっと……」



 リコは返答に困り言葉を濁した。



(そりゃあ、アスワドは好きだけどさ。私の世界に狼男を連れて行くのは……ナイな。旦那と娘の顎が外れるよ。いや、世界中が大パニックだよ。アスワドも隔離されて検査やら実験やら……下手したら解剖されちゃうじゃん!)



 恐ろしい想像にブチ当たり青くなるリコ。

 そんな彼女を執り成すように、お茶の準備をしていたネーヴェがアスワドを窘める。



「こらこら、アスワド。無理を言ってリコさんを困らせてはダメですよ」



 アスワドはキッとネーヴェを睨む。



「むっ、ネーヴェさん! なぜ無理なのですか! アスワドはリコさんと離れたくないのですよ! 絶対! 絶―っ対! ついて行きますからね!」



 アスワドはむくれてプイとそっぽを向いた。

 小さく「チッ」と舌打ちするネーヴェ。

 リコは聞き逃さなかった。



(あっ、ネーヴェ。ちょっとイラついてる?)



 リコがそんなことを考えていると、ネーヴェがニッコリとアスワドに微笑む。



「まぁまぁ、落ち着いてください。ねぇ、アスワド。ちょっとご相談がありますのでこちらに来て頂けませんか?」



 そう言いながらネーヴェが、アスワドの腕を掴みグイッと立ち上がらせる。



「えっ? ち、ちょっと、ネーヴェさん。私はリコさんの側に――」



「――なーに、すぐ済みますよ」



 ネーヴェは目が笑っていない底冷えする笑顔でアスワドを黙らせると、一転、目尻を下げて優しい笑顔をリコに向ける。



「リコさん。ちょっとアスワドをお借りしますね。リコさんは温かいミルクティーとクルミのクッキーを楽しんでいてください!」



「う、うん。い、いってらっしゃい」



 引き攣った笑みを浮かべるリコ。



(ア、アレは……裏ネーヴェさんだ。裏ネーヴェさんが発動しなすった……)



 怯えるリコを残し、裏ネーヴェはアスワドをズルズルと引き摺り家を出る。

 そして、アスワドを家の壁に押しつけた。

 所謂いわゆる、壁ドンである。



「あ、あの~、ネーヴェさん。お顔が近いようですけれど……」



「大切なご相談なのです。このくらい近くないと……ねぇ」



 裏ネーヴェは妖艶な笑みを浮かべ、唇が……いや、鼻が触れてしまう距離まで顔を近づけた。

 イラつかされた腹いせ――裏ネーヴェのささやかな仕返しである。

 アスワドは唇の貞操を守る為、ササッと顔を背けると、ガタガタと震え出した。

 面白いほどビビっている。



「ごっ、ご相談とは、な、何ですかっ!」



「アスワド……貴方はドMですよね? しかも病的なまでの……」



 思わぬ質問に、アスワドはビビるのも忘れ裏ネーヴェを見返した。



「はぁ?」



「ふふっ。違うとは言わせませんよ」



 笑顔で凄みを利かせる裏ネーヴェ。

 アスワドは、話の意図がサッパリ理解出来ずに、今度は動揺する。



「だ、だったら何だと言うのです! 直せとでも仰るのですかっ!」



「いえいえ、直す必要などありませんよ。ただ……貴方の病的さは、少しリコさんのご負担になっているかと……」



 裏ネーヴェの指摘に、アスワドは目を見開いたまま固まる。



(わ、私が……リコさんのご負担に……。そ、そう言えば……時々、リコさんが能面のようなお顔で私を見ている気が……)



 自分の突っ走った変態さに気づき、シュンと項垂れるアスワド。



「まぁまぁ、そう落ち込まないでください。私がいい知恵を授けますから」



 裏ネーヴェはニヤリと笑い、アスワドの肩にポンと手を置いた。

 アスワドがガバッと顔を上げる。



「ま、誠ですか? ネ、ネーヴェさん! そ、その知恵とは!」



「いいですか、アスワド。リコさんはきっとこの世界に戻られます。その時までに貴方は、リコさんの後継者を育てておくのです!」



「後継者……」



「はい。貴方の言う『禁断の扉』を開くことの出来る者ですよ。必ずその者を見つけ出し、立派にお育てするのです! そうすればリコさんのご負担も減るし、貴方の悦びは倍になりますよ! win-winですよ!」



 アスワドの目がパァッと輝く。



「悦びが……倍。うぃん……うぃん……。し、承知致しましたっ! リコさんの戻られるその日まで……このアスワド、必ず約束を果たしてみせます!」



 裏ネーヴェの両手を掴み、固く誓うアスワド。



 ――彼は知らない。



 裏ネーヴェが密かにほくそ笑んでることを――。

 まんまと丸め込まれた愚かな自分を――。



 残念なドM狼――アスワドであった。

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