40話 オバちゃんの異変
ライデルとユズリの息子がスクスクと育ち、可愛い盛りの5歳を迎えた。
人間、年を取ると1年なんてあっという間である。
コロコロコロコロ坂道を転がるように、毎日が過ぎて行く。
自分の年齢なんて数えるのも難儀で――ワザと忘れるともいう――役所などで「あれ? 私、幾つだっけか?」と用紙の記入に困るお年頃。
そんなこんなで気づけば、リコの異世界生活も5年の月日が流れていた。
――そんな頃である。
ルカとルイの耳に、ヨーク村から嫌な知らせが飛び込んできた。
突然、リコが倒れたと言う。
二人は焦る気持ちを抑え、アスワドと共にリコのもとへと急いだ。
リコの家に着き、ノックをせずにいきなりドアを開けるルカたち。
すると、のんびりお茶を飲んでいたであろうリコが、驚いて椅子から飛び上がった。
「ぶはっ! い、いきなりどうしたの!」
いつもと変わらない元気そうなリコ。
一体どういうことかと、ルカたちは顔を見合わせた。
そこでルイが代表して、リコに尋ねる。
「リコ。ワタシたち、リコが倒れたって聞いて飛んで来たのだけど……」
「ん? あーそのこと。大丈夫、大丈夫! ちょっと最近、疲れやすくてさー。年の所為かなーって! あはははは!」
のほほんと笑うリコに、ルイは目くじらを立てた。
「年の所為って――リコ! 本当に大丈夫なの? よく見れば、また痩せたみたいじゃない!」
「え? そうかな?」
リコは、ムギュッとお腹の肉を掴み確認する。驚くことにウンザリするほどあった肉の厚みが、少しなくなっていた。
「おっ! 本当だ! ラッキー!」
「リコッ!」
益々、目くじらを立てるルイ。
そこに畑仕事を終えたケツァルとネーヴェが帰って来た。
「なんじゃお前たち、来てたのか!」
「皆さん、いらっしゃい!」
ケツァルたちのこれまた呑気な挨拶が、ルイの怒りの火に油を注いだ。
「ケツァル! ネーヴェ! 一体、これはどういうこと! リコは倒れたんじゃないの! なのに当の本人はどこ吹く風だし、アンタたちはアンタたちで――」
「――まぁまぁ、ルイさん。少し落ち着いてください」
目を皿にして捲し立てるルイを、ネーヴェがやんわりと止める。
「それに関しては、当然私たちも心配していますよ。しかしリコさんが、そんなに心配されると余計に気分が鬱になると怒るのです。ですから……私たちは普段通りの生活をしてるのですよ」
リコを見ながら、困り顔で説明するネーヴェ。
リコが「だって本当にそうなんだもん」と口を尖らす。
ルイは「はぁ」と溜息を吐き、怒りを一旦静めた。そして、諭すように口を開く。
「リコ……そんな子供みたいに拗ねないの。倒れたって聞けば、誰だって心配するでしょう? リコは私たちにとって、かけがえのない存在なのよ。ねぇ、リコ。本当に大丈夫なの?」
我が子のようなルイに諭され、リコは少し気恥ずかしくなる。
(いい大人がみっともないね。子供に心配をかけるなんて。そう言えば……娘にも「母さんは子供みたいなところがある」ってよく白い目で見られていたっけ。よし! これからは恥ずかしくないようにしっかりしなくちゃね!)
リコはそう反省して、ルイに頷いた。
「うん、平気だよ。年甲斐もなく村の子供たちと全力で遊んで、きっと疲れが出たんだと思う。心配かけてごめんなさい。あと……飛んで来てくれたのにふざけた態度を取ってごめんね」
素直に謝るリコ。
そんなリコに、ルカとアスワドが声をかける。
「リコさん、元気そうで安心したよ。でも……体をもっと労ってね。これだけは本当に本当にお願いだよ!」
「そうですよ。リコさんの全力は人間の域を超えてるのですから。ご年齢も考えて程々にしてくださいね!」
「うん、分かった。ありがとうね。ルカ、アスワド」
リコの殊勝な態度に、目を剥くアスワド。
彼は例の如く、リコになじられたいが為に、ワザと生意気を言ったのであった。それなのにその目論見が、大きく外れてしまったのである。
「リ、リコさん! ど、どうなさったのですか!」
「ん? 何が?」
「何が? ……じゃありません! 普段のリコさんであれば、私を辛辣な言葉でいたぶる筈です。ありがとうなんてそんな言葉――ウガッ!」
リコが突如、アスワドの頭を両手でガシッと鷲掴みにした。そして、グイッと自分の顔に引き寄せる。
「あのさー、アスワド。今日はあなたの中で、私がどんな人間なのかをじっくりと聞かせてもらおうか。長~い一日になりそうだね。そう思わない? アスワド……」
リコは、地獄の支配者の如くニンマリと微笑んだ。
その後、リコの家からアスワドの悲鳴が絶え間なく聞こえたと言う。
偶然、家の前を通りかかったライデル曰く、その悲鳴はどこかイキイキとしていて、かなり嬉しそうであった……と。
いつも通り、アスワドの馬鹿な言動によって、この一件は騒がしく閉幕を迎える。
だが――その数日後、リコがまた倒れた。




