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3話 オバちゃんの悲劇

 暖かい風が優しく肌を撫で、新緑の香りが鼻腔をくすぐる。

 そんな心地良さを感じて、里子は目を覚ました。

 ボーっとする頭を振りながら上半身を起こすと、里子の目の前には小さな泉。降り注ぐ太陽の光を浴びて、キラキラと輝いている。

 次に辺りを見回すと、泉の周りをぐるりと取り囲むように、青い木々が生い茂っていた。


 視線を泉に戻す。すると澄んだ水に反射した光が、里子の目を刺激する。

 その眩しさに顔を顰め、ふと自分の置かれている環境に違和感を覚えた。



「はて……ここは?」



「異世界じゃな」



 間髪入れずに簡潔でぶっ飛んだ答えが、里子の独り言に対して返ってきた。

 里子は唖然としながら、声の主へと振り返る。そして、目を大きく見開く。


 里子の視界に、とんでもない珍獣が映り込んできたのだ。


 その珍獣は土台がオコジョで、背中にフッサリとした天使の羽根を生やし、孔雀の長い飾り羽を尻尾にした感じである。また色が、頭から背にかけてターコイズ・ブルー、お腹の部分だけ真っ赤という目がチカチカする奇抜さ。

 尚且つ、それだけでもツッコミどころ満載なのに、短い前足を器用に組んで仁王立ちをしているのだ。



「……何だこれ?」



 里子の呟きに、珍獣が金色の目をギョロっと動かし、流暢な日本語で一気に捲し立てた。



「こ、これとは……なんと無礼な! ワシは最高神ともうたわれたドラゴンであるぞ! 『ケツァルコアトル』と呼ぶ者もおる。分をわきまえんか!」



 エライ角度からの自己紹介に、里子は頭の中のオタクファイルを開く。



 ――ドラゴン。



 それは頑丈な鱗に覆われた強靱な肉体を持ち、その圧倒的な力で魔獣の頂点に君臨する絶対的存在。長い寿命を持ち、人語も操ると言う。

 確かにこの珍獣も爺臭い日本語を操っているが……どう見てもコイツは違う。小説やアニメで大人気のあのドラゴンじゃない。


 オタク気質の里子は、疑いの眼差しを珍獣に向けた。

 それに気づかない珍獣は、目を細め己を熱く語り出す。



「……まぁ、訳あって今はこのプリティーな姿じゃが、本来のワシときたらそれはもう美しい姿で、見る者すべてが称賛の声を上げておったわ! その極彩色……」



 連続する理解不能の事態に、疲れ果てた里子。

 ある意味悟りの境地に達した彼女は、珍獣と目線を合わせるべく正座すると、長くなりそうな自慢話をバッサリ斬り捨てる。



「そんな情報、今はどうでもいい。それよりここが何処で、一体何が起きたのか……ケツ……なんだっけ? ……とにかく君、知っているなら早く教えて」



「『ケ・ツ・ァ・ル・コ・ア・ト・ル』じゃ! まったく、変なところで止めおって。本当に失礼な奴じゃな。もっと敬意を払え! ワシは最強のドラゴンじゃぞ」



 どこまでも上から目線の珍獣が、とにかく鬱陶しい。話も一向に進まない。

 里子は修行僧の如く、無心に徹する。



「…………」



「なんじゃ。ワシの偉大さにやっと気づきおったか。はっはっはっ。このようなプリティーな姿でも威厳ってものは隠せないからのう……まぁ、よい。落ち着いたところで話を進めるかの? ここは異世界じゃ! オヌシがいた世界ではない!」



 沈黙をいい方に勘違いした珍獣が、意気揚々と告げた。

 里子はこめかみをヒクヒクさせながらも、静かに続きを待つ。



「…………」



「…………」



 里子がいくら待っても、珍獣は言い終えたとばかりに、ドヤ顔を寄越すだけ。



「……って、それだけ? もっと他にないの?」



 痺れを切らした里子が先を促すと、珍獣は「ないな」とうそぶき、あらぬ方向を見て口笛を吹く真似をする。


 見るからに怪しい。いつの時代のオッサンだ。


 イラッとした里子は正座をし直し、わざと丁寧に尋ねる。



「ドラゴン……さん。ここが異世界というのはとりあえずですが……了解しました。次に私がお訊きしたいのは『なぜ、私が異世界にいるのか』ということです。知っているのなら、ぜひお答え頂きたい」



 急に改まった里子の態度に、雲行きが怪しくなったのを感じた珍獣は、次第に目を泳がせ狼狽え始めた。

 何か隠していると確信した里子は、凄みのある笑顔で迫る。



「……何かご存知ですよね? 最高神のドラゴンさん!」



 里子の「逃がさないよ」という物スッゴイ圧のかかった視線。

 珍獣の「こ、此奴こやつ……」という視点が定まらない視線。

 両者の視線が絡まり合い、やがて根負けした珍獣は「うーん」と唸り声を上げ、観念したかのようにボソボソと白状し始めた。



「……実はワシ、この異世界でなく、オヌシの世界とも違う、また別の世界で同胞と共に楽しく暮らしておったのじゃ……」



 壮大に幕を開けた珍獣の自白。

 里子は「一体幾つ世界があるの!」と、突っ込みたい気持ちをグッと堪えた。



「……ある時、同胞と共に空を飛んでおると、目の前にポッカリと穴が空いたのじゃ。ワシは反射的に踏み止まったが……彼奴あやつはちと鈍いでなぁ。そのまま穴に入りよった。そのうち戻るかと眺めておったら、穴が徐々に薄れていき、そして跡形もなく消えたのじゃ。まぁ、それでも彼奴あやつはドラゴンじゃし、大丈夫だろうと待っておった。じゃが……いくら待っても戻って来ない。そこでワシは、思い至ったのじゃ! 同胞は異世界に囚われたと……」



 珍獣が無念とでもいうように、静かに目を瞑った。

 昔に思いを馳せていた珍獣は、目の前の能面のような里子の顔に気づき、慌て自白を再開する。



「オ、オホン……ワシは同胞を救う為、あらゆる世界を巡り、必死にあの穴を探しておった。そしてやっとオヌシの世界で、念願の穴を見つけたのじゃ。じゃが、それはもう消えかかっておって……ワシは一目散に飛び込んだ」



 珍獣はここでまた話を一旦区切ると、今度は里子の顔色を窺う。

 そしてさっきまでの偉そうな態度を一転、珍獣はトコトコと里子の膝に近づき、ちょこんと短い前足を置くと、つぶらな瞳で見上げる。


 なんのつもりなのだろう。嫌な予感しかしない。


 里子はゴクリと生唾を飲んだ。



「それで……オヌシがここにおる理由じゃが……ワシ……かなり焦ってて……オヌシを巻き込んで……そのままここに来ちゃった……みたいな。すまん。テヘッ」



 珍獣はなんとか穏便に済まそうと、首を傾げ可愛さをアピールしながら里子の返事を待つ。

 加害者の自覚はちゃんとあるようだ。

 被害者である里子は無言のまま、その目を死んだ魚のような目に変えた。

 そして突然、空を仰ぐとブツブツ呟き始める。



「あー何? その理由……まぁ、そうね。そうだよね。なんの取り柄もない40過ぎのオバちゃんが異世界に来ちゃう理由なんてそんなもんだよね……でも、でもさ。少しは期待するよね? もしかして私、この世界を救う為に召喚されちゃったの? とかさっ! なのに、ただ、巻き込まれただけなんて嫌だ! 嫌すぎるーっ!」



 呟きから姿を変えた里子の魂の叫びは、澄み切った異世界の空に虚しく響いた。

 心の内をさらけ出し、幾らかスッキリした里子。

 彼女はさっさと気持ちを切り替え、若干引いている珍獣に向き直る。



「ところでドラゴンさん。私、使命とかないみたいだから、今すぐ私の世界に帰りたいんだけど……どうやって帰るの?」



「む? ……あー、えーと……分からん」



 その答えに里子は「何言ってやがる。コノヤロウ」と鋭い視線を送った。

 またしても、旗色の悪くなった珍獣は慌てて弁解する。



「ふ、普通なら、ドラゴンの魔力をもってすれば、どんな世界も思いのままなのじゃが……この異世界は勝手が違う。魔力が使えないのじゃ! ……だからワシ、ドラゴンらしからぬこのプリティーな姿に……それに彼奴あやつもきっと……」



 話を脱線させる珍獣を、ジトーと睨めつける里子。

 その殺気に、珍獣は背筋から冷たい汗が吹き出すのを感じた。



「と、とにかくオヌシのことは、ワシの……ふ、不注意で起こったことだから……必ず方法を見つけ、オヌシの世界に帰そうと――」



「――それはいつ?」



「い、いつとは、はっきり言えんが……必ずじゃ。や、約束する」



「……何だそれ、ふざけるな! 私は主婦だ! 主婦がそう何日も無断で家を空けるなんて出来る訳ないでしょ!」



 容赦ない里子の怒号に、珍獣は「うっ」と言葉を詰まらせた。その目は次第に潤んでいき、長い尻尾の飾り羽も器用に丸まる。

 実は……かなり動物好きな里子。

 まるで小動物を虐待しているかような罪悪感が、彼女に湧いてきた。



(なんだか私が悪者みたいじゃん。コイツの所為なのに……ああ。今日、マジ厄日だ。病気は見つかるし、家には帰れなくなるし……でも……でも……コイツを責め続けてもなぁー……うぅー、もう腹を括るしかないの?)



 里子は「はぁ」と今日、何度目かの深い溜息を吐く。そしておもむろに、深呼吸を何回か繰り返す。



(明日、週1の不燃物の日なのに……クゥーーッ。でもさ。珍獣……イジメてても仕方がない。潔く諦めよう)



 里子は「分かった」と静かに告げた。

 突然の許しに珍獣は、一瞬狐につままれたような顔をする。だが、やがて感動に打ち震えると、里子の顔にガシッと貼りつく。



「ゆ、許してくれるのか! オヌシはいい奴じゃ。すまんかったー!」



 珍獣は謝罪の言葉を口にしながら、里子の頬にグリグリと頭を押しつける。それはもうグリグリ、グリグリと。正直少し痛いし、しつこい。

 対処に困った里子は、とりあえず顔から珍獣をベリッと剥がし落ち着かせ、自分の膝に乗せた。



「これからどうする? 何か当てでもあるの?」



 その問いに珍獣が「うむ」と頷くと、里子を見上げた。



「さっき、魔力が使えないと言ったが、正しくは魔力を何かに奪われておるじゃ。吸い取られてるとも言えるかのう。なんとなくじゃが……その方向が分かる。だからそれを辿って行こうと思うのじゃ」



「ほう」



 里子は頭の中で電卓を叩いた。



(なるほど……まったく当てがない訳でもないのか。じゃあ、魔力が戻って本当にこの珍獣がドラゴンだったら、今回の迷惑料として病気をちょちょいと治して貰ってから家に帰ろう! それまで家族には申し訳ないないけど……せっかくの異世界、楽しんじゃうぞ!)



 里子は我ながらいいことを思いついたと、溢れんばかりの笑顔を珍獣に向けた。



「これから一緒に頑張ろうね! よろしく! ドラゴンさん!」



 珍獣は目を見開く。そしてモジモジしながら「ドラゴンさんはやめてくれ!」と目を逸らした。里子の計算も知らずに照れているらしい。



「じゃあ、なんて呼べばいいの?」



「なんとでも呼ぶがよい」



「えー? うーん。あっ、ケツァル! ケツァルコアトルのケツァル。どう?」



 珍獣はモジモジをピタリと止め「別に……いい」と目を伏せ、やがて短い前足で顔を隠し身悶え始めた。

 初めて告白された男子中学生のような態度に、里子は「ツンデレかっ!」と思わずツッコミを入れる。



「し、失敬な! オ、オヌシこそなんと言う名じゃ!」



「私? 私は里子……」



 そう言いかけ里子は少し悩むと、まるで悪戯っ子のような表情を浮かべた。



「異世界なんだから……リコ! 私はリコ。よろしくね、ケツァル!」



 なんの特典もなく、ただ巻き込まれて異世界に来てしまった里子。ならばせめて名前だけでも、と考えたのである。

 そんな里子に、珍獣が「里子でもよかろうに」と余計なことを言った。

 途端、里子の目がスーッと細められる。



「……おお。リコ! リコじゃな。いい名じゃ! よろしく頼む。リコよ!」



 身の危険を感じ、慌てて「リコ」を連呼した珍獣は事なきを得る。

 そして、心に刻むのであった。



此奴こやつを怒らせてはいけない。怒らせたら、ワシ、殺される)と。



 上下関係が間違いなく決定したところで、普通のオバちゃん『リコ』と珍獣『ケツァル』による異世界珍道中の幕開けである。


オバちゃん、やっと異世界に突入致しました。


毎日コツコツと更新するつもりです。

どうぞ宜しくお願いいたします!

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