34話 オバちゃんの才能
ルイが落ち着きを取り戻した頃。
沈黙を貫いていたある者が、不意に口を開いた。
「魔族王、我はウェアウルフと共にカランデに戻ろうと思う」
「フェンリル!」
ルカが名を呼びながら駆け寄る先に、腹心のフェンリルが険しい表情で座っていた。その隣には、傷の癒えたウェアウルフの姿もある。
フェンリルの首輪には、禍々しい傀儡石がもうついていない。
それに気づいたカイルが声を上げる。
「おっ! 傀儡石がなくなってるじゃん!」
『おや、本当ですね。大方、『ドラゴン・ジュエル』が消えたので、すべての傀儡石がその役目を終えたのでしょう。きっと今頃、国中の魔族たちが解放されているのではないですか?』
『ほう! ならば人間共は、さぞ慌てておるじゃろうな』
したり顔で頷き合うケツァルとネーヴェ。
いつの間にか彼らに挟まれる形となったカイルが、まるで助けを求めるように涙目でリコに訴えてくる。
リコは「はぁー」と、大きな溜息を吐いた。
「カイル。いい加減、ケツァルたちに慣れなよ。大体、魔族同士なんだから仲良くしなきゃダメじゃん!」
『む? 魔族同士とはどういうことじゃ、リコ』
「ん? そっか。ケツァルたちには、まだ言ってなかったね。実はね……この相棒のカイルさん……本当はウサ耳男なんです!」
リコの発言に、ケツァルとネーヴェは『ウサ耳男?』と首を傾げる。
そこでカイルが、頭の布を取りながらリコに噛みつく。
「ちっげーよ! 確かにウサ耳はあるが……。俺はウェアラビットだ! リコ! 変なあだ名をつけるんじゃねぇ!」
ケツァルたちは、ウサ耳を露わにしたカイルをシゲシゲと眺める。
『ほう! イケメンにウサ耳とは……何かこう……擽られるものがあるのう』
『ええ、本当に。これは萌えますね。カイルさん、いい仕事してますよ!』
何やら褒められてると感じたカイルは、首の辺りを掻きながら伏し目がちに尋ねる。
「ネーヴェ。いい仕事って……その……何だよ?」
『それはあなたの存在自体がミラクルなんですよ! 涼しげなイケメンに可愛いウサ耳のギャップ! 世の中のお嬢さん方は、きっとほっとけないでしょうね。しかもあなたは、どこかツンデレの要素も感じさせます。まさにパーフェクトです!』
『そうじゃぞ! まぁ、最初は気に食わんかったが……。じゃが今回、オヌシの機転のおかげでコロシアムに上手く入り込み、事を成し遂げられたのじゃ! オヌシは頼れる奴じゃのう! リコの相棒カイルよ。改めて礼を言うぞ!』
ケツァルたちの思わぬ賛辞に、カイルはボフッと顔を真っ赤にした。
「え、えーと……ケツァルたちだってアレだよ。神々しいっていうか……近寄りがたいっていうか……俺なんかが気安く声をかけてはいけない至高の存在だ!」
『何を言う。まぁ、至高というのは否定しないが……カイルよ。オヌシはリコの相棒。ならばワシにとっても相棒じゃ。仲良くしようではないか!』
『ええ。これからもそのキャラを存分に生かし、私たちを楽しませて……いえ、助けてくださいね。頼りにしてますよ』
ネーヴェの言葉に多少の引っかかりを感じたリコであったが、上手くまとまったようなので敢えて聞かなかったことにした。
「オッホン」
ワザとらしい咳払いがこの場に響く。
――フェンリルだ。
ケツァルたちのやり取りに、どうやら痺れを切らしたようである。
「あ、フェンリル。ごめんね。ところで何だっけ?」
悪びれることなく見上げるルカに、フェンリルは目を細めた。
「我はカランデに戻ると言ったのだ! 実のところは報復に、そこの女王を痛めつけたいところだがな!」
「フェンリル……」
目を伏せ辛そうな顔をするルカ。
フェンリルは、厳しい表情を少し緩めた。
「そんな顔をするな、魔族王。どういう理屈か分からんが、女王は其方の姉なのであろう?」
「……うん」
「ならば仕方がない。報復はすまいよ。そうであろうウェアウルフ」
「はい。魔族王様のご身内を傷つける訳には参りません」
ルカは目を見開き、フェンリルとウェアウルフを交互に見る。やがてルカは、ウェアウルフの肩を抱え込み、そのままフェンリルの毛皮に顔を埋めた。
「二人共……ありがとう」
すると、ルイがルカたちの前に立った。
「フェンリル。ウェアウルフ。ワタシはアナタたちに酷い仕打ちをしてしまった。本当に……本当にごめんなさい」
頭を下げるルイ。
フェンリルは目を閉じ、重々しく口を開く。
「……女王よ。謝罪したからといって、簡単に許す訳にはいかぬ。それは己がよく分かっておろうな?」
「分かっているわ。ワタシは一生をかけて罪を償うつもりよ」
「そうか……ならばこれから、其方の生涯を見届けるとしよう。だが……その道のりは、長く険しいものになるであろうぞ?」
「覚悟の上だわ。ワタシはそれだけのことをしてしまったのだから……」
その答えにフェンリルは頷くと、ルイからリコに視線を移す。
「我を解放したそこの人間。遅れたが礼を言っておく」
「あーいいよ、別に。それよりさー。その呼び方なんとかならない? なんか嫌だ」
リコの思わぬ指摘に、目を丸くするフェンリル。
「む? だが……魔族王は里子と呼び、他の者はリコと呼んでいた。どちらが正しいのか我は判断しかねたのだ。気分を害したのならば、すまないことをしたと思う。心から詫びよう」
「なるほど」
リコは納得したように相槌を打つ。そして、ルカとルイに目を向ける。
「ルカ君、ルイ。あのね。私、この異世界ではリコって呼ばれてるの」
ルカが不思議そうに首を傾げる。
「それはどうして? なんで里子さんじゃないの?」
「…………」
ルカの無垢な問いに、リコは上手い返しが見つからず黙り込んだ。
(45歳のオバちゃんのまま、異世界に来ちゃったのが癪に障ったからなの……なんて恥ずかしくて言えないよ。どうしよう。うーん。純真な心を持つルカ君が憎い!)
リコは一生懸命考える。
大人の切実な事情なのだ。そこは察して欲しいところなのだが、如何せん子供のルカには無理であろう。
しかしそこに、救世主が現れる――ルイだ。
「ルカ。私たちなんて姿を変えてるのよ? 名前ぐらいいいじゃない。リコ! 可愛くて呼びやすいわ! これからはリコって呼ぶわね!」
「そっか。そうだね。リコさん! ボクもそう呼ぶね!」
(よっしゃー! ナイスだ。ルイ! 伊達にゴスロリやってないね!)
ルイに対して訳の分からん褒め言葉を心の中で送り、ホッと胸を撫で下ろすリコ。
「うん。二人共ぜひ、そう呼んで!」
呼び名の一件が無難なかたちで落ち着き、リコは改めてフェンリルと向き合う。
それにしてもこのフェンリル、律儀で実直な性格らしい。
それに巨大なハスキー犬のようなモフモフ狼。もちろんリコの大好物である。
(ほっほう。よいモフモフ具合ですな)
リコは上目遣いでフェンリルを見上げた。何かを企んでいる目である。
「えーと。フェンリル。あなたも私のことはリコって呼んでね! あとさ……ちょっとお願いがあるんだけど……いいかな?」
「なんであろう。リコは恩人である。我に出来ることであれば何でもしよう!」
「マジで? 何をしてもいいの?」
リコの目がまるで獲物を狙うようにギラリと光った。
「マ、マジだが……な、なんであろう?」
「早速……お言葉に甘えてっ‼」
リコはそう叫ぶと、仰け反るフェンリルにガバッと飛びかかった。
「なっ、何をっ! うぎゃーーーーっ!」
奇声を上げるフェンリル。
そんなことはお構いなしに、リコはフェンリルの背中によじ登り、首の付け根を後ろからワシャワシャと撫で回す。それはもうワシャワシャと。
すると、フェンリルに異変が起こり始める。
気持ち良さそうに目を細め、やがて寝っ転がり、果てはお腹を見せてデロンと仰向けになった。
「ねぇ、ウェアウルフ。リコさんて凄いね。こんなフェンリル……ボク、初めて見たよ」
「はい、私もです。ところで魔族王様、リコさんは本当に人間ですか?」
「え? そのはずだけど……」
お堅いフェンリルに醜態を晒させるリコ。そんな彼女に、ルカとウェアウルフは驚きを隠せない。
そこにケツァルとカイルが口を出す。
『リコはただの人間じゃぞ。情に厚くとてもいい奴なんじゃ。ただな、自分の欲望に忠実で無鉄砲な嫌いがあるのじゃよ』
「ああ、その通りだ。リコは暖かい人間の顔と容赦のない人間の顔を持っている。俺なんかウサ耳を……ウサ耳を一晩中弄ばれたんだ! ウェアウルフ! お前、気をつけた方がいいぞ。必ずその耳と尻尾、狙われるからな!」
ウェアウルフは「ひいっ」と顔を引き攣らせ、耳と尻尾の毛を逆立てた。
彼らの隣から突如、黄色い歓声が上がる。
「キャー! リコって凄いのね! 素であのフェンリルをメロメロにしちゃうなんて!」
『その通りですとも! リコさんは凄い方なんです! あー私も早くメロメロにされたい! リコさーん! 次ぎは私の番ですよー!』
ルイとネーヴェであった。
うっとりした目でリコを見つめるルイ。
「はぁー。ワタシ、リコを尊敬……いえ、生涯崇拝するわ!」
そんなルイの様子を横目で見ていたウェアウルフが、ボソリと呟く。
「やはりリコさんは人間じゃない」
「ウェアウルフ。まだ言ってるの?」
首を傾げるルカに、ウェアウルフは真顔で答える。
「魔族王様。女王を見て下さい。リコさんに骨抜きにされています! あの女王まで簡単に落としてしまうとは! リコさんは人間である筈がありません! 私も落とされそうで怖い! でも若干、落とされてみたい気も……」
「ウェアウルフ……何それ」
「いやー、お恥ずかしい」
ウェアウルフは苦笑いを浮かべた。
そんな彼に肩を竦めるルカ。だが、ルカはあることに気づき周りを見回す。
――この場にいる皆が笑っている。
誰もが幸せそうに笑っているのだ。
その視線の先にいるのは――リコ。皆、リコを見て笑顔になっている。
ルカもフェンリルのお腹に寝転ぶリコに目を向けた。すると、その顔が自然と綻ぶ。
「リコさんの周りは賑やかだね。ボク、楽しくて楽しくて仕方がないよ。リコさん、この世界に来てくれてありがとう」
この場にいる皆が、笑顔になった瞬間であった。




