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31話 オバちゃんの驚愕・再び

「里子……やっぱり、あの時のオバサンなのね」



 リコと魔族王が無言で向き合う中、女王がそう言いながらヨロヨロと立ち上がった。そして、リコをキッと睨みつける。



「なんでオバサンがここにいるのよ!」



「はぁ?」



 これまた、失礼な問いかけである。リコは、質問の意図がまったく分からず、鳩が豆鉄砲を食ったような顔をした。



『リコよ。此奴こやつらと知り合いなのか?』



 ケツァルを見上げれば、彼もリコと同じようなビックリした顔をしていた。



「いや~、魔族王と女王でしょう? このような方々とは初めてお目にかかりましたけど……」



 そう答えながら、リコは魔族王と女王をマジマジと観察する。


 赤い髪を腰まで伸ばし、背が高くて憂いを帯びたイケメン。

 ボン・キュッ・ボンのうらやましい体型をひけらかし、何だか妙に癇に障る妖艶な美女。



(……知らん。どの角度から見ても……知らん)



 益々、首を捻るリコ。


 にしてもだ。

 確かにリコはオバサンである。であるが、初対面の相手に……いや、にっくき女王に「オバサン、オバサン」連呼されたことを思い返し、沸々と怒りが湧いたリコ。


 リコは勇ましくビシッと女王を指さした。



「ちょっと! そこの諸悪の根源! なんで初対面のアンタに『オバサン、オバサン』言われなきゃならんのよ! それにアンタと……魔族王さん? なんで私を知ってるの! しかも本名――うおっ!」



 リコが言い終わらぬ内に、魔族王はいきなり彼女を抱き締めた。



「――里子さん! ボク、ルカだよ! ルカなんだよ!」



「⁉」



 リコは頭をフル回転させる。



 ――ルカ。



 ルカと言えば……リコが病院帰りに立ち寄った神社で、一緒に深呼吸したあのルカ君しか思い当たらない。

 でもあの子は、笑うと出来るえくぼの可愛らしいまだ幼い少年であった。

 しかし、今リコを抱き締めているのは、少し痩せすぎな感じも否めないが、立派な青年である。

 しかも魔族王だ。ティーラの話だと500歳を越えている筈である。



「いやいやいやいや! あり得ません。ち、ちょっと離して貰えるかな?」



 リコは、魔族王の腕を振り解こうとする。

 だが魔族王は、リコを逃がすまいと腕に渾身の力を込めた。



「ぐえっ! く、苦しい! は、離せー!」



「嫌だ! 里子さん! ボク、ルカだってば! 神社で一緒に深呼吸したじゃない! 忘れちゃったの?」



 その言葉に反応して、藻掻くのをピタリと止めるリコ。

 一緒に深呼吸したことは、リコとルカしか知らないことだ。

 ならば……この魔族王は本当にルカなのだろうか。



「わ、分かった……君とちゃんと話したいから、少し離して。お願い」



 リコの訴えを聞き入れ、魔族王は素直に彼女を離した。

 胸に手を置き、一旦気持ちを落ち着かせるリコ。

 そこにケツァルが口を挟む。



『なんじゃ、リコ! 思い当たることでもあるのか?』



 リコは頷きながら答える。



「うん。ケツァルはこの異世界に来る時、私を巻き込んだ場所……あの神社を覚えてる?」



『神社か……? ああ! 覚えておるとも! じゃが、それがどうしたのじゃ?』



「あのね。実はケツァルに巻き込まれる前に、ある姉弟があの神社の拝殿に入り込んで、それでいなくなっちゃったのよ」



『な、なんじゃと! そんな大事なことを、何故なにゆえ今まで黙っておったのじゃ!』



「ごめん。私は大したことじゃないと思ってたの。きっとあの姉弟は、神社の子供かなんかだろうって」



 リコは「でも違ったみたい」と呟き、改めて魔族王に向き合う。



「本当に君は……あの神社で出会ったルカ君なの?」



 魔族王の深い藍色の目が、まっすぐリコへと向けられる。



「うん。そうだよ」



「でも……その姿は?」



「これはね。ここが父さんの作ったゲームの世界だからこんな姿なんだ」



「⁉」



 リコは息を呑む。

 凄まじい破壊力の爆弾発言がブチ込まれた。


 この異世界が……ゲームの世界……。


 あり得ない。そんなことある筈がない。

 リコは後退りしながら、首を激しく横に振る。



「そんな馬鹿みたいな話があるか! ここがゲームの世界だなんて……大体そんなゲームある訳――」



「――あるのよ」



 リコの言葉を遮り、女王が割って入る。



「オバサンのいた古い時代にはないけど、ワタシたちの時代にはあるの」



 リコは、女王の言っている意味が分からず目を細める。



「どういうこと?」



 女王は呆れたように「ふん」と鼻を鳴らす。



「物わかりが悪いわね。オバサンの時代よりもずーっと先。未来で開発されたゲームってこと。お分かり頂けたかしら?」



(こ、この女何を言ってやがる。言うに事欠いて……未来のゲーム……だと?)



 激しく混乱するリコ。

 この異世界がゲームならばダンやティーラ、これまでリコが言葉を交わした者たち……それに、ここにいるカイルまでもNPCノンプレイヤーキャラクターとでも言うつもりであろうか。


 そんな馬鹿な話はない。


 そう、この異世界には世の理も存在した。作り物の筈がないのだ。

 しかも未来などと――。


 リコは声を震わせる。



「ゲームって……ここに暮らす人間や魔族にはちゃんと感情が……命があった。それなのにこれがゲームだと言うの!」



「あーそれ! 凄い技術でしょう? もうリアル過ぎてアタシたちと変わらない。オバサンの時代でいうAIが凄まじく進化したの。簡単に言えば……そうねぇ、ゲームの中に人間が暮らせるもう一つの地球を誕生させたって感じかしら? 主に高齢者の為に作られたのよね。第二の人生を生まれ変わって異世界で楽しもうってね」



 女王はニッコリ笑い、唇をトントンと指で叩く。



「それでね。この技術の凄いところは……って、オバサンに説明しても理解なんか出来ないか。ふふっ。とにかく、現実と変わらないリアルなゲームってこと。どうせ理解出来ないんだから、いい加減これで納得しなさいよ」



 確かに小難しい説明をされても、リコには半分……いや、爪の先ほども理解出来ないであろう。

 だとしても、到底信じられない話であった。

 呆然とするリコの代わりに、ケツァルが口を開く。



『命の神秘までも凌駕するとは……ならば……オヌシらは未来の人間なのじゃな?』



「そうよ。そこのオバサンからすればワタシたちは未来の人間。それにワタシはルカの姉……あーこれって、同じセリフを神社でオバサンに言ったわね。あの時はルカがワタシから逃げる為に、たまたまオバサンの時代にタイムリープしてたのよ。まったく小癪なヤツー!」



「タ、タイムリープ⁉」



 最早あんぐりと口を開けることしか出来ないリコに、さも可笑しそうに饒舌に語る女王。



「やっぱり、そこもビックリするわよね。あのね、オバサン。アタシたちの時代は飛行機や電車、車なんて古臭い物はもうないの。超小型の移動装置があって、瞬間移動の時代なのよ。そりゃあ、時間だって飛び越えるわ……なぁんて、流石にタイムリープの装置は科学者の父が試作品として作った物だから、まだ市場には出回ってないけどね。ふふっ」



 驚くべき事実が次々と明らかになり、リコの頭の中は、最早使い物にならないガラクタになろうとしていた。

 そこに今まで沈黙していたカイルが、リコの肩をガシッと掴む。



「リコ。しっかりするんだ。俺にはこの女の言ってることがサッパリ分からん。なんとなく、とんでもないことをブチかましてるなってことしか分からん……だけどリコなら分かるんだろ? だから頼む! しっかりしてくれ! リコ言ってたじゃないか! この女をなんとかするって! 負けちゃダメだ!」



 カイルのエライ角度からの叱咤激励に、手放しそうになっていた思考を取り戻すリコ。



(そうだ。私なんかよりきっとカイルの方が混乱してるはず。現に私に丸投げだし……まぁ、いい。落ち着け、私! 考えるのを放棄したらダメだ! まず頭の中を整理しないと!)



 リコは明らかになった事柄を、頭の中で順に並べてみる。

 まず、魔族王がフワフワの可愛い少年、ルカ。

 女王は……あのゴスロリ人形みたいだった姉のルイ。

 実はルカとルイは未来の人間。

 あの神社で出会った時、ルイから逃れる為に、ルカがリコの時代にタイムリープしていた。

 そして、この異世界は二人の父親が作ったゲームの世界。



(こんなもんか。あーダメだ。なんか頭がクラクラしてきた。そんなことがあり得るかってんだ! ……いや待て、あるのやもしれん。実際、異世界転移なんてことも起こったし、ケツァルは奇抜な珍獣じゃなくて立派なドラゴンだった。そうだよ。アニメや小説で引っ張りだこのドラゴンがいるんだ。もういい。この際、何でもありでいい。未来? ゲーム? いいよ、受け止めてやるよ! しっかりしろ自分! まだ最大の疑問が残っているではないか!)


 

 リコは自分に喝を入れ、女王――ルイを見据える。



「この異世界がゲームなのは……もういい。だけど……もうひとつ分からないことがある。アンタはなんで、弟であるルカ君をこんなに苦しめるの?」



 ルイはキッとリコを見返す。



「嫌いだから! ルカなんて死ねばいいと、心底思っているからよ!」



「だからなんで!」



「うるさい!」



 ルイはリコに言い放ち、バッサリと会話を切った。そして、ルカに憎しみの炎を滾らせた目を向けると、突如怒鳴り声を上げる。



「お前なんか死ねばいいんだ! ワタシの前から消えろーーーーっ!」



 そう言いながら、ルイはルカのもとへと駆け出し、彼を無茶苦茶に殴り始める。



「消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろおおぉぉぉぉーーーーっ!」



 鬼のような形相でルカを殴り続けるルイ。

 ルカはルイの為すがまま。

 見兼ねたリコはルイを止めるべく、彼女の片手を掴んだ。

 すると、ルイのもう一方の手が、容赦なくリコの頬を打つ。



 ――バチン。


 

 ケツァルやネーヴェ、カイルが「リコ!」と叫び、彼女のもとへ駆け寄ろうとする。

 だが頬を赤くしたリコは、そんな彼らを目で制した。そして、ルイの両肩を掴みグイッと自分の方へ向かせると、彼女を思い切り叱り飛ばす。



「いい加減にしなさい! アンタ、弟に向かってなんてこと言うの! 家族でも言っていいことと悪いことがあるでしょうがっ! このバカたれ!」



 すると、ルイの口がワナワナと震え出し、その目に涙が溢れる。



「――っ。なんでっ……なんでいつもルカばっかり――っ」



 ルイはそう呟くと、堰を切ったようにボロボロと涙を流し始める。

 しゃくり上げ、大声で泣き続けるルイ。

 彼女のあまりの豹変ぶりに、リコは一瞬唖然とした。

 だが、やがてリコの脳裏にある者の姿が浮かぶ。


 ――癇癪を起こした時のリコの娘の姿。今のルイはその時の娘によく似ている。


 ――そうであった。


 見かけは妖艶で成熟した美女でも、中身はまだ少女なのだ。

 思春期真っ只中の多感な少女。

 であれば……このまま一方的に叱って終わらせてはいけない。

 きっと理由がある筈。ちゃんと話を聞いてあげないと駄目なのだ。

 リコはふとそう感じ、ルイの頬を流れる涙をそっと拭う。



「ねぇ、ルイ。何か理由があるんでしょう? オバちゃんに話してみない?」



 目を見開くルイ。

 そんな彼女に、リコは優しく語りかける。



「ん? どうした? 言いたくないか。でもさー。オバちゃん、ちゃんとルイのこと知りたいから話して欲しい。ダメかな?」



「…………」



 ルイが無言で俯いた。

 リコは、ルイの背中をポンポンとあやすように叩く。



「ゆっくりでいいよ。ルイが話してもいいって思うまでオバちゃん、いつまででも待つから……」



 ルイの背中を、ポンポンとあやし続けるリコ。

 暫くすると、ルイはポツリポツリと告白を始めるのであった。

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