29話 オバちゃんの対決
コロシアムの中は、静まり返っていた。
「ん? 出し物、もう終わったのか? やけに静かじゃね?」
不思議そうに観客席を見回すリドルに、ガーズが顎をしゃくる。
「あれが理由だ」
「へっ? うっひゃー。こりゃ貴族や神官たちでも引くわー」
リドルとガーズの視線は、中央の競技場に向けられていた。
リコも目を向ける。そして、自分の目を疑った。
(こ、これは? なんなの……これが魔族王と腹心の闘い?)
そこには、グッタリしたウェアウルフを抱きかかえる傷だらけの魔族王。
そして、牙を剥き彼らに飛びかかろうとしている腹心フェンリルの姿が……。
リコはある程度、覚悟していたつもりであった。
傀儡石をつけられた腹心に、魔族王が一方的に痛めつけられてるだろう――と。
だが、この現状は――。
「あの女。魔族王をもっと苦しめる為に、ウェアウルフをダシに使いおったな」
リコの疑問を知ってか知らずか、ケツァルがぼそりと呟いた。
「ま、魔族王様……私のことは……お捨て置きください」
ウェアウルフが力を振り絞り、魔族王に懇願する。
目を大きく見開く魔族王。
「な、何を言ってるの! 嫌だよ! 絶対、君を死なせたりしない!」
魔族王は、息も絶え絶えのウェアウルフを必死に抱き締めた。
――パチ、パチ、パチ、パチ。
拍手の音が鳴り響く。
女王であった。
彼女は恍惚とした表情で、拍手を送りながら魔族王のもとへと向かう。
魔族王の目前に立つと、女王は残酷な笑みを浮かべた。
「とっても感動するシーンだわ。ワタシ、泣いちゃうかと思った。どう? この趣向は? 腹心のフェンリルに、仲間であるウェアウルフを虐殺させる。そしてアンタは為す術もなく、ただ見ていることしか出来ない……ふふっ。素晴らしいでしょう?」
「……なんで……なんでこんな酷いことをするの? ボクが憎いんでしょう? だったら、ボクだけ苦しめればいい! 彼らを……魔族を苦しめないで!」
魔族王は、腕の中のウェアウルフに顔を埋め肩を震わせた。
「アハッ! アンタのそういう姿が見たいからよ!」
手を叩き、はしゃぐ女王。
魔族王は顔を上げると、憎しみを込めた目で女王を睨みつけた。
女王は目を丸くする。
「なーに? アンタ、そんな顔も出来るの? 生意気ー。あはははは!」
そんな中、女王の高笑いを邪魔する叫び声が上がる。
「そそ、それは誠かっ!」
騎士から盗人の報告を受けた神官であった。
女王は舌打ちして、神官を睨めつける。
「いいところだったのに……一体、何! どうしたのよ!」
神官は、弾かれたようにガタッと客席から立ち上がる。
「じょ、女王陛下のお飼いになられている生き物が……そそそ、その……ぬぬ、盗まれそうになりまして……」
「はぁ?」
「ここにいる不届き者が……」
神官が、リドルとガーズを指さした。
二人に鋭い視線を向ける女王。その視線を、二人を挟むように立つ騎士――リコとカイルに移し、命令する。
「お前たち、ソイツらをこっちに連れてらっしゃい」
リコとカイルは、命令通りリドルとガーズを女王の前に連れて行くと、騎士よろしく跪いた。
女王が、リドルとガーズをまるで値踏みするように眺め、鳥籠を顎でしゃくる。
「アンタたち、それ盗んでどうするつもり?」
リドルは、あっけらかんと答える。
「えーと。オレたち金に困っててー、女王陛下のペットなら高く売れるかなぁと」
「ハッ! バカが考えそうなことね! くっだらない!」
女王が鼻を鳴らし、蔑むように吐き捨てた。
リドルは、気にする素振りも見せずに嘯く。
「いやー、それにしても女王陛下は噂通りの方だー。こんなえげつないこと、よく平気で出来ますよねー。オレみたいなバカには考えられないわー」
ガーズもここぞとばかりに、コクコクと頷きながら参戦する。
「まったくだ! 一体、どういう神経してるんだか。嫌な女だ! 悍ましくて吐き気がする」
「な、なんですって!」
眉を鋭利に吊り上げる女王。
そんな女王にリドルはせせら笑う。
「女王陛下ってー、極悪人? あっ、違ったー! 鬼畜ッスよねー。あはははは!」
女王は顔を醜く歪ませ、ツカツカと前に進み、勢いよく手を振り上げた。
そして、リドルめがけて振り下ろした瞬間、その手を横に控えていた騎士――カイルに掴まれる。
「なっ!」
女王は振り解こうとするが逆に引っ張られ、カイルに羽交い締めにされた。
「は、離しなさい! お前! こんなことしてただじゃ――」
「ただじゃおかない……とでも?」
もうひとりの騎士――リコが籠手を外しながら、女王と向かい合う。
リコの目が、女王の顔を真正面から捉えた。
(こいつが諸悪の根源か。やっとお目にかかれたよ。それにしても……ケッ。随分と挑発的なボディをお持ちな美女だこと……)
兜の奥から殺気混じりの視線――若干、嫉妬を含む――を放つリコ。
女王が整った顔を引き攣らせながら、負けじとリコを怒鳴りつける。
「おお、お前! ど、どういうつもりよ!」
そんな女王の顔に、リコは兜を近づける。
「どうもこうもない。ただお前……かなりムカつくんだよ」
「なっ――」
目を血走らせ、口をワナワナと震わせる女王。
リコは彼女の耳元で囁く。
「今のお前、かなり醜いよ。顔は心の鏡なんだ。その醜い顔が素なんだね?」
「ワタシに向かってよくもそんな口を――」
「あーはいはい。うるさいし時間がもったいないね。早速、試させて貰うよ」
そう言うとリコは、女王の胸元にある『ドラゴン・ジュエル』をムンズと掴んだ。
リコの掌の中で『ドラゴン・ジュエル』は眩い閃光を放つ。
次ぎの瞬間。
――パリン。
乾いた音と共に『ドラゴン・ジュエル』は、粉々に砕け散り姿を消した。
すると同時に――地を揺るがす程の咆哮が上がる。
「ウオオオオオォォォォォォッーーーッ!」
咆哮の主は、美しい極彩色のドラゴン。
ターコイズ・ブルーの翼をはためかせ、己の存在をまるで天と地に知らしめるかの如く吠え続ける。
その隣にはもう一匹、赤く鋭い角を二本生やした真っ白なドラゴンが、サソリのような尻尾を悠然と揺らしていた。
女王は、彼らの姿に大きく目を見開いた。
そして『ドラゴン・ジュエル』の消えた胸元を掻き抱き、絶叫を上げる。
「いやああああぁぁぁぁぁぁぁっ!」
女王は、為す術もなくその場に蹲る。
――阿鼻叫喚となるコロシアム。
途轍もない二匹の魔獣の出現に、貴族や神官、騎士たちはまるで蜘蛛の子を散らすように逃げて行った。
誰一人、女王に手を差し伸べることもせずに――。
観客を失ったコロシアムは、その役目を終え沈黙した。




