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2話 オバちゃんの受難

 帰り道。


 トボトボ歩く里子は、普段なら何気なく通り過ぎてしまう神社が、とても気になった。



「……お参りしとこうかな……落ち込んでても仕方ないし」



 そんなことをブツブツ言いながら、里子は石の鳥居をくぐり抜けた。

 人気がなく静かな境内に足を踏み入れると、真正面に拝殿はいでんが見える。所々に大きな木が植えてあり、手入れがしっかりとされていた。



「おお。結構、古そうな神社。隠れたパワースポットだったりして?」



 誰に言うでもなく里子は呟き、景色を楽しみながらのんびりと参道を歩く。

 せっかくだから、写真でも撮ろうと里子は立ち止まった。

 その瞬間、腰のあたりに軽い衝撃を受ける。驚いて目を向けると、そこには小学生くらいの少年が尻餅をついていた。

 里子は慌てて少年を引っ張り起こし、服についた埃を払いながら声をかける。



「ご、ごめん。大丈夫? 怪我はない?」



「…………」



 少年は何も答えない。そればかりか顔は引き攣り、眼はオドオドと怯え、まるで落ち着きがない。

 里子はそんな少年の前にしゃがみ込むと、ワザと明るく尋ねる。



「あれ? ねぇ、君。もしかして……迷子になっちゃった?」



 そこで初めて里子と目を合わせ、少年は小さくかぶりを振る。



「そっか、違うか……うーん。じゃあ、何かあった?」



「……ボ、ボク……あの……ボク……」



 少年は、気の毒なほど心がうわずっていて要領を得ない。

 少しでも落ち着かせようと、里子は少年の肩に優しく手を置いた。



「大丈夫、落ち着いて。ゆっくりでいいよ。そうだ! オバちゃんと一緒に、深呼吸でもしようか? じゃあ、いくよー。せーの! スーハー……」



 里子の突飛な行動に目を丸くした少年だったが、やがてぎこちなく一緒に深呼吸を始めた。何回か繰り返すうちに、少年の表情が和らいでいく。



「スーハー、スーハー。いやー、深呼吸って割と効くね。実はさー、オバちゃん、さっき嫌なことがあってさー。頭の中がモヤモヤっとしてたけど、何だかスッキリしたみたい。君は、どう? 落ち着いた?」


 

 戯ける里子に、少年はコクンと頷くと笑顔を見せた。

 その姿に里子は驚く。改めて見ると、随分と可愛らしい子供なのだ。

 色素の薄いフワフワな髪に大きな黒い瞳。マシュマロのような頬に、笑うと出来るえくぼが愛らしい。



(うわっ! 何、この子。アニメに出てきそう!)



 里子の思考が脱線し始めたところで、少年が躊躇いがちに口を開いた。



「……さっきは、ぶつかってごめんなさい」



 いきなりの謝罪に、妄想モードだった里子はしどろもどろになる。



「えっ? いやー、君だけが悪い訳じゃないから……だから……えっと。あっ、君は、大丈夫だった? どこか痛いところはない?」



 きょとんとした顔で里子を眺めていた少年は、次第にクスクスと笑い出す。



「君じゃないよ、ルカだよ!」



 言葉の意味が分からず、目が点になる里子。

 すると、少年は自分を指差して「ルーカ!」と言う。

 無邪気な自己紹介に、里子は自然と笑みが溢れた。



「おお、ルカ君か。私は、里子って言います」



 ルカが首を傾げ「さとこさん?」と聞き返す。

 名を呼ばれた里子は、一瞬呆けた。

 自分で名乗っといてなんだが、下の名前を呼ばれるなんて随分久しぶりだからである。いつも「母さん」とか「奥さん」としか呼ばれない。とても新鮮であった。

 とはいえ、娘より小さくて可愛い子供に呼ばれると、何だか居た堪れない気持ちになり里子は「……なんか、ごめん」と頭を掻く。

 そんな里子が面白かったのか、ルカは「プッ」と噴き出し、笑い声を上げた。

 やがて里子もそれに釣られ、二人で笑い合う。

 和やかな空気がこの場を包んだ。


 そんな時、不意に鈴を転がすような声が境内に響き渡る。



「ここにいたのぉー? ……鬼ごっこは、もうおしまい?」


 

 その瞬間、ルカの顔から笑顔がスッと消えた。

 異変に気づいた里子は、辺り見回す。

 するとかなりブッ飛んだ……いや、異彩を放つ少女が、里子の目に留まった。その少女は鳥居をくぐり、真っ直ぐこちらに歩いて来る。


 黒く長い髪。少しキツそうな目鼻。色白の顔にくっきりと浮かぶ真っ赤な唇。ほっそりとした肢体を黒いワンピースとケープコートで包み、全身黒ずくめのゴスロリ人形のようだ。人間味が感じられない。



(うわっ! 凄いの来ちゃった……)



 あんぐりと口を開けガン見する里子を余所に、少女はツカツカと二人の前に立つと、ルカだけに視線を注ぐ。そして当然とばかりに嫌がるルカの手を掴み、強引に拝殿へ向かおうとした。

 完全に放置された里子はさすがにムッとして、すかさず少女の前に立つと行く手を阻むように両手を広げた。



「ちょっと、待った! ねぇ、あなたはルカ君の友達?」



 立ちはだかる里子に、少女は面倒臭そうな声と鋭い視線を寄越した。



「はぁー? 友達? ……不正解、ワタシはルカの姉。で、何?」



 姉弟と聞き、一瞬言葉を詰まらせる里子であったが、思い切って意見した。



「……でもルカ君、嫌がってるよ。無理やりはよくないんじゃない?」



「なんで、オバサンにそんなこと言われなきゃならないの? 関係ないでしょう? ……ああ、それとも……関係あるのかしら? ねぇ、ルカァ?」



 少女は里子に言い返しながら、意味ありげな視線をルカに向けた。

 するとルカは目を大きく見開き、慌てて少女に取り縋った。



「ち、違う! 里子さんは関係ない! ……ボク……ルイ姉さんと一緒に行くから。それでいいでしょう? だから、お願い」



 そして里子を見ると、ルカは無理に笑顔を作った。



「ルカはこう言っているわ? 別に嫌がっていないみたい……では、失礼」



 ルイと呼ばれた少女は、勝ち誇ったように捨て台詞を吐いた。そしてルカの手を取り、里子の横を通り過ぎる。

 里子はそれを黙って見ているしかなかった。ルカに「何もしないで」と止められているような気がしたからである。

 大人しく手を引かれていたルカが、ふと足を止めた。

 咎めるルイに、ルカが何か耳打ちすると里子へ向かって駆けて来る。そして迷うことなく、里子に飛びつき「……ごめんね」と囁いた。

 里子の身体が自然と動く。ルカの頭に腕を回し、包み込むように抱いていた。



「なぜ、ルカ君が謝る? ねぇ、大丈夫なの?」



 ルカが里子の腕の中で顔を上げると、満面の笑みで答える。



「深呼吸すれば大丈夫!」



 そこにルイの催促が聞こえてくる。



「ルカァー! まだぁー?」



 ルカは里子にもう一度ギュッとしがみつくと、ルイのもとへ駆け出した。



「ルカ君! バイバイ!」



 里子はルカの後ろ姿に、大きく手を振った。

 走りながらルカも振り向き「バイバイ!」と告げ、石段を登りルイの待つ拝殿へと向かう。

 笑顔で見送っていた里子は、ふとおかしな点に気づいた。



「う、うへぇ? な、なんで拝殿? ……ちょっ、ダ、ダメだよ! そんな所に入ったら、バチ当たるよ!」



 素っ頓狂な声を上げた里子は、二人を止めるべく追いかける。

 老体に鞭打って、石段を駆け上がった里子の健闘も空しく、二人は消えていた。

 里子は周りを見回し「失礼しまーす」と呟きながら、恐る恐る拝殿の中を覗く。


 誰もいない。人影も見えない。

 ただ、磨き上げられ黒光りする床と、御神体をまつる祭壇が見えるだけ。


 里子は奥まで確認しようと、扉を掴み頭だけ中に入れる。


 途端、背後からダンプカーをも横転させるような突風に襲われた。

 扉にしがみつき必死で抵抗するが、凄まじい風に勝てる訳もなく、無情にも里子の身体は拝殿の中へと吹き飛ばされる。


 里子は「床に叩き付けられる」と身構えた。

 その予想に反して、内蔵がフワッと浮き、次に高い所から途轍もないスピードで落下する衝撃が彼女を襲った。あり得ない衝撃はどこまでも続き、やがて里子は意識を手放した。


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