23話 オバちゃんの宣言
時間を少し巻き戻して、神官が女王にケツァルを恭しく渡していたその頃、リコとカイルはやっと王都に到着した。
王都は、女王のお膝元だけあって小洒落た店が建ち並び、通りを歩く人々もどこか垢抜けている。
「王都って言うから、もっと古めかしい感じを思い浮かべてたけど……なんか有名な推理小説に出て来るロンドンの町並みだね。まるでベー○ー街だ」
リコがキョロキョロと周りを見回しながら口にした。
「べー……なんだって? それよりリコ、ちゃんと前見て歩けよ。転ぶぞ?」
「ほーい。ところでカイル。私たちはどこに向かってるの?」
「あ? 俺の馴染みのメシ屋。兵士らがよく屯する場所だから、そこで情報収集しようと思ってさ」
「へぇーって……それ大丈夫なの? カイル、兵士を突然辞めたのに」
心配するリコに、カイルは軽く片手をヒラヒラと振る。
「平気、平気。前にも言ったろう? 俺、下っ端兵士だったから誰もそんなの気にしないさ。さあ、行くぞ! リコ!」
カイルがリコの背中をバシッと叩く。
リコは「だから痛いって」と口を尖らせカイルについて行く。
綺麗に整備された大通りから狭い路地に入ると、すぐにその店はあった。
安くて美味いメシ屋だからいつも混んでいると、カイルは言う。
本当にそうらしく、店の中からガヤガヤと賑やかな声が聞こえた。
ガチャッと扉を開く。
兵士でごった返す店内。
「チッ。今日は一段と混んでやがるな。んー、空いてる席は……っと」
店内を見渡すカイル。
すると、奥のテーブルから声がかかる。
「おっ! カイルー! こっち、こっち! ここ空いてるぞー!」
小柄で顔のソバカスが印象的な兵士が、大きく手を振っていた。
カイルはそれに応じて、リコと共に兵士のテーブルに着く。
早速、口を開く兵士。
「カイル。お前、兵士辞めたって?」
「ああ。今はこのオバちゃんの相棒だよ」
「リコと言います。よろしく」
兵士は、挨拶するリコを見て目を丸くした。そして、カイルの首にガシッと腕を回し、小声で囁く。
「お前……大分趣味変わった? いくらなんでも年上過ぎるだろう」
「ちっげーよ! 相棒って言ったろ! ア・イ・ボ・ウ! このバカっ!」
カイルが兵士の腹を思いっきりド突く。
「うごっ!」
拳を鳩尾に食らい悶絶する兵士。
「ぐぬうぅぅっ~~。い、痛い。痛いよ……カイル」
「変に勘繰るお前が悪い!」
兵士は「分かった、分かった」と、まだ痛む腹を擦りながら話題を変える。
「でもカイルさー。兵士、辞めて大正解だよ。オレも辞めよっかなー」
「あ? 俺もって……リドル、それどういうことだよ」
リドルと呼ばれた兵士は周りを見回し、リコとカイルに顔を近づけろと手招きする。それからヒソヒソ声で喋り出した。
「いやさー。魔族王が女王に捕らえられたんだよ」
「えっ⁉」
目を見開くリコ。
だが、カイルは別に驚いた様子もなく淡々と口を開く。
「リコ、そんなに驚くことじゃない。女王には、魔族の攻撃がまったく効かない傀儡石があるんだ。遅かれ早かれそうなったさ」
カイルはそう言うと、リドルに視線を戻した。
「で? お前が兵士を辞めたいのと、魔族王が捕まったのとなんの関係があるんだよ?」
「大ありだよ! 今回ばかりは流石に魔族たちも怒ってさー。人間に報復を始めたんだよ」
「ふーん。そうなるだろうな、当然」
その現場を見てきたカイルは、腕組みしながら余裕の顔で答える。
「カァーー! 辞めたからってそんな呑気に! オレのような傀儡石を持たせて貰えない下っ端は、堪ったもんじゃないぜ。ある意味、丸腰でそこに送られるんだから。魔族相手に剣や盾でどうしろって言うんだよ!」
プンプン怒るリドルの頭上から、大柄な兵士がヌッと覗き込んでくる。
「なんの話だ?」
「魔族の報復の話!」
ぶっきらぼうに答えるリドルに、大柄な兵士は「ああ、それか」と空いている椅子にドカッと腰を掛けた。そして、テーブルの上で手を組むと、開いてるかどうか分からない細い目をもっと細くする。
「実はな。そのことで妙な噂を耳にした。クスタルの街も魔族に襲撃されたらしいんだが……捕まっていた魔族が傀儡石から解放されて、すんなり鎮まったそうだ。しかも魔族たちは仲間を助けてくれたお礼に、街の怪我人を癒やしたんだと」
「へ? ガーズ、それどういうこと?」
首を傾げるリドルに、ガーズと呼ばれた大柄な兵士がグッと顔を寄せる。
「何でもな、獰猛でいかつい爺さんとウェアラビットの可愛いウサ耳娘が、傀儡石を石コロに変えたらしい」
「はぁ⁉」
間抜けな声を上げるリコとカイル。
「ど、どうした?」
目を白黒させるリドルとガーズ。
思いもよらないクスタル情報に、カイルは「いや~」と目を泳がせて、リコはブンブンと頭を振りながら顔を伏せた。
(オルガさんよ……なぜ、獰猛で厳つい爺さん? なぜ、そのチョイス? 美少女戦士……いや、せめて屈強な戦士とか……そういう選択肢はなかったの? カイルのウサ耳娘はこの際どうでもいいけどさ! よりにもよって爺さんって……爺さんってなんじゃい!)
リコが頭の中に沢山の疑問符を浮かべている間に、彼女の葛藤を知らないリドルとガーズはそそくさと会話を再開させるのであった。
「でもさー。傀儡石が石コロになるなんてホントかなー……っていうかオレ、見てみたい。ウサ耳のかわい子ちゃん!」
「おっ! それな! 俺も思ってしまった!」
ウサ耳娘の話で盛り上がるリドルとガーズ。
カイルは、さっさと話題を変えるべく「コホン」と咳払いをした。
「ところで、俺はヨーク村に行っていたんだが……」
「ん? あーそれ、聞いた、聞いた。女王のペットをもう一匹捕まえたんだって? あの神官、すんげー褒美が貰えんじゃねーの」
リドルが頭で腕組みしながら、椅子を揺らした。
そんなリドルにリコは尋ねる。
「リドルさん。ケツァ……いえ、そのペットはどこにいるのかしら?」
「へ? 女王のとこに決まってんじゃん」
「そうじゃなくて、城のどこで飼われるの? まさか女王が連れて歩くとか?」
「うーん、女王ってペット連れてたっけか? オレ、そういうのあんまり興味ないからなぁ」
悩むリドルに代わって、ガーズが口を開く。
「謁見の間に置かれた鳥籠で飼われてるらしいぞ……でもなんで、そんなことを?」
「えっ? い、いえね。あの女王様が飼ってらっしゃるペットですもの。どんな生き物かと思いまして。生きてる内に一度は見てみたいなぁなんて。おほほほ!」
リコのワザとらしい言い分けに、ガーズは丸太のような腕を組み渋い顔をする。
「そうか……でもなぁ、飼い殺しにされているペットなんて、見ても悲しくなるだけだぞ。やめとけ、やめとけ。そんなことよりだな。今さっき嫌な話を聞いてしまった。今度、コロシアムでデッカイ出し物をするらしい。何でも、魔族王とその腹心の狼を闘わせるとか」
リドルが仰け反り顔を顰める。
「ひゃー、マジかー。女王もえげつないこと考えるよなー。あー嫌だ、嫌だ。何お前、見に行くの?」
「そんなモン見に行くかっ! まったく、あの女王のすることは、悍ましくて吐き気がする」
心底嫌そうに話すリドルとガーズを、リコは不思議そうに見つめた。
(ほう? この二人……女王にいい感情を持っていないのか。まぁ、カイルは魔族だから別だけど……。ふーん。どうやらエスタリカの兵士は一枚岩じゃないみたいだね)
リコの視線に気づいたリドルは、彼女を覗き込む。
「リコさんだっけ? 何きょとんとした顔してんの?」
そう言いながらリドルは、何かを思いついたのかポンと手を打つ。
「あっ、そっか! 兵士が女王の悪口を言ってるからビックリしてるんだな! ならばその理由をお教えしよう! それはーオレらがー魔族贔屓だからでーす! だってー魔族って超かわいい子多いじゃん! だからーそのかわい子ちゃんたちをイジメル女王なんか大っ嫌い! なぁ、ガーズ!」
リドルに肩を組まれたガーズは「その通り、その通り」と何度も頷いた。
するとリドルは、また何かを思いついたのか声を弾ませる。
「あっ! ガーズ! この際、オレらも兵士辞めちゃおうぜ! そいでーいかつい爺さんとウサ耳のかわい子ちゃんを捜して、弟子にして貰おう!」
リドルの意見に、ガーズの細い目がキラリと光る。
「ほう! それはナイスなアイデアだ!」
「だろ? そんで散々、虐げられてきた魔族のかわい子ちゃんたちを助けて……ムフッ、ムフフフッ」
「いい。それは……とてもいい……」
リドルとガーズは在るはずのない桃源郷(実際は店の天井)を見つめ、何かを妄想し始めた。
リコとカイルは「はぁー」と大きな溜息を吐く。
決して悪い人間たちではない。
悪くはないが……如何せん、欲望に忠実すぎるきらいがある。
リコは心の中でオルガに呼びかけた。
(あなたの嘘の情報は、敵を攪乱するどころか、青年たちを桃色の世界に送ちゃってるよ……)
まだ妄想の世界に漂うリドルとガーズ。
カイルが終止符を打つべく、二人の頭を引っぱたく。
「おい! お前ら、いい加減戻ってこい!」
リドルとガーズは、頭を擦りながら抗議する。
「やい! カイル! お前何すんだよ! せっかくいいとこだったのに!」
「まったくだ。もう少しでウサ耳娘が、俺にあんなことやこんなことを――」
「――だぁーーっ! もういい! 行くぞ、リコ!」
カイルが首を掻きむしり、勢いよく席から立ち上がる。
じんま疹でも発症したのだろうか。だが、気持ちはよく分かる。ウサ耳娘とは、即ちカイルのことなのだから……。
リドルがテーブルに片肘をつき、恨めしそうにぼやく。
「何だよ。ツレねーな。お前も誘ってやろうと思ってたのにー」
「きっぱり断る。ところでコロシアムの出し物っていつやるんだ?」
カイルの問いに、ガーズは「知らん」と首を横に振り、リドルが非難の声を上げる。
「うわー、やだー! カイルさんはオレたちの誘いを蹴って、そんな野蛮なものを見に行くつもりですか?」
「ちげーよ。きっと貴族や神官は必ず来るだろうし、何より女王が当然いるんだから警備が厳重になるだろう? きっとお前たちも駆り出されるんじゃね? 爺さん捜しに行くなら早く兵士を辞めた方がいいと思ってな」
カイルの意見に、ガーズは重々しく頷く。
「その通りだ。お偉いさんたちが集まるコロシアムの警備は、騎士たちや上の連中がすることになるだろう。そうなれば王城が手薄になる。そこで俺たち下っ端の出番となる訳だな」
「うひゃー面倒くせー。じゃあ、傀儡石を持ってないオレらで城守るのー? そんなの魔族に襲われたら一溜まりもないじゃん!」
頭を掻き毟るリドル。
そんな彼にカイルは「ふん」と鼻で笑う。
「な? 早く辞めた方が身の為だろう? まぁ、これは俺からのご忠告。じゃあな! 行くぞ、リコ」
「ん? あーはいはい。ではリドルさん、ガーズさん。ご武運を祈ってます!」
苦笑いで別れを告げたリコは、スタスタと出口に向かうカイルの背中を追う。
二人は、店から出て扉をパタンと閉めた。
途端、リドルの絶叫が響く。
「うおおおお! 辞めてやるうぅぅ! 待ってろよおぉぉ! かわい子ちゃんたちいぃぃ!」
◆
店を出て少し歩くと、カイルがリコに告げる。
「出し物の日、ケツァルを奪い返すぞ!」
「王城の警備が薄くなるから……だね」
「ああ。コロシアムの場所は、王城から少し離れている。その上、王城を守るのは傀儡石の持たない兵士たちだ。俺の敵じゃない。絶好のチャンスだ」
リコもその日がチャンスだと頭では理解しているが、浮かない返事を返す。
「そう……だけど、もしその日、魔族王に何か間違いがあったら――」
「――リコ、優先順位を考えろ。俺たちは二人。あっちもこっちも助けられない。それにケツァルは人質なんだ。ケツァルを盾にされたら、それこそ何も出来なくなる」
そうだ。カイルの言う通りである。
二兎追うものは一兎も得ず。気持ちを改め力強く頷くリコ。
「分かった。まずは、ケツァルを奪い返す! 待っててね! ケツァル!」
リコは城を見据え、高らかに宣言した。




