20話 オバちゃんの葛藤
クスタルの街は所々黒く焼け焦げ、壊れた建物からまだ煙が燻っていた。
街に大きな傷跡を残すのは、言うまでもないであろう。
「私の所為でこんなことに……」
呆然と立ち竦むオルガの肩に、リコが手を置く。
「落ち込んでる暇なんてない。とにかくリザードマンたちを探さないと! ……それにしても街の人たちはどこに行ったの? 全然、見当たらないんだけど……どこかに避難してるのかな?」
その言葉に弾かれたように、オルガが声を上げる。
「私の家だわ! 皆、領主の継母に助けを求めに行ったのよ! きっとリザードマンたちもそこにいる!」
そう言うとオルガは走り出す。
リコたちも後を追いかけた。
◆
オルガの家――屋敷は、街から少し離れた小高い丘の上にある。
「この坂を上ればすぐよ」
オルガが告げた。
リコたちは坂道を一気に駆けあがる。
坂をのぼり切ると、屋敷を囲む高い塀が見え、正面に頑丈な鉄で出来た大きな門がドッシリと構えていた。
リコたちの耳に、怒号が聞こえてくる。
「魔族が襲ってきたんだ! 街が焼けているんだぞ! 早くここを開けろ!」
「怪我人や子供がいるのよ! 中に避難させて!」
「聞こえてるんだろ! 門を開けてくれ!」
門の前には、街の人々が押し寄せ騒然としていた。
人々を取り囲むように、リザードマンたちが悠然と立っている。
その出で立ちは、剣や盾で武装され、まるで戦士のようであった。
「あの人は……領主は何してるの! 街の人たちが助けを求めているのに!」
オルガは立ち止まり、吐き捨てるように言った。
「行こう」
リコはオルガの肩を叩き、歩を進めようとする。
その時、閉じられていた門がゆっくりと開く。
中から領主とその息子が、護衛たちを伴い姿を現した。
開かれた門から敷地内に逃げ込もうとする親子や怪我人。
その者たちを、護衛が容赦なく斬りつける。
悲鳴と共に倒れる者たち。
領主とは本来、街の人間を守るべき立場である筈だ。
しかし、真逆の理不尽な行いに、人々は非難の声を上げる。
「どうしてこんなことをするんだ!」
「な、なぜだ! なぜ私たちを!」
領主が地面に倒れた親子を一瞥すると、気怠そうに言い放った。
「なぜ? お前たちに屋敷を荒らされたくないからよ。ここはね、お前たちが気安く入れる場所ではないの」
「ふざけるな! 非常事態なんだぞ! 何を言っているんだ!」
領主に食ってかかる男に、護衛が剣を向ける。
リコは止めようと口を開きかけた。
しかしそれよりも早く、周りを取り囲むリザードマンの中で、一際大きく彼らのリーダーらしき者が叫ぶ。
「我々の子供を返せ!」
「あはははは! 子供じゃなくてもう道具だよ! そんなの返されても意味ないじゃん! 何、馬鹿なこといってるのさ! あー可笑しい」
笑い声を立てながら前に進み出る領主の息子。
リザードマンのリーダーは、無言でその息子に近づく。
領主の息子を守ろうと剣を振りかざす護衛たち。
だが、人間が身体能力の優れた彼らに敵う筈がない。
リーダーは護衛を難なく薙ぎ倒し、息子の頭を掴み持ち上げた。
その手から逃れようと暴れる息子。
「ば、化け物! こ、この汚い手を離せー! ぼ、僕を誰だと思っている! 領主の息子だぞ!」
リーダーは「うるさい」と一喝し、領主に鋭い視線を向ける。
「子供を早く返すんだ! でなければお前の息子を殺す!」
領主は「ふん」と鼻で笑った。
「殺したければ殺せばいいわ。息子なんてまた産めばいい。さあ、殺しなさい!」
「母さま⁉」
母親に見捨てられた息子は、口をワナワナと震わす。
「いい加減にしなさい!」
リコが声を張り上げた。
領主の余りの非道ぶりに、堪忍袋の緒がブチ切れたのである。
事もあろうにこの女は、自分の血を分けた大切な息子に対して、決して言ってはならない言葉を吐きやがったのだ。
眉間に深い皺を刻んだリコは、その胸にリザードマンの子供を抱きながら歩き出す。
オルガたちも後に続いた。
リコの腕の中にいる元気な子供の姿を見て、驚くリザードマンたち。
リーダーが「傀儡石は?」とリコに尋ねた。
「そんな物もうない! だから心配しないで!」
力強くリコは答えた。
「うおおおおおおおお!」
リコの返答に歓喜の雄叫びを上げたリーダーは、掴んでいた息子を地面に放り投げる。
息子は地面に叩きつけられ、領主の足もとまで転がった。
次の瞬間、領主が鬼のような形相で叫ぶ。
「オルガァーーーーッ! これはどういうことっ! 傀儡石はどうしたのっ!」
「……見た通りよ。傀儡石なんてもうない」
平然と答えるオルガ。
「この馬鹿娘がぁぁぁぁああああ!」
領主が怒号を発し、隣にいた護衛の剣を抜く。そして、そのままオルガに突進し、剣を振り上げた。
咄嗟にミルが、オルガを庇うように覆い被さる。
だが――その剣が振り下ろされることはなかった。
リーダーが、それよりも早く領主の首を刎ねたのだ。
領主の首が地面に落ちる。
首をなくした体は、血を吹き出しながら数歩足を進め、やがて力なく崩れた。
「母さまぁぁぁぁ!」
絶叫する息子。
オルガは、真っ直ぐその亡骸を見据えたまま言い放つ。
「これは罰よ! 魔族を苦しめた天罰が下ったのよ!」
「ふ、ふ、ふざけるなあああ! な、何が天罰だよ! ば、罰を受けるべきなのはこいつら化け物だ! この化け物たちが襲ってきて、ま、街を破壊した! 母さまも殺したんだ。さあ、お前たち! 化け物たちに復讐しろ! 殺せっ! 殺せぇぇええ!」
息子がリザードマンたちを指さしながら、街の人々を焚きつけた。
人々は誰も動こうとしない。その視線に蔑みを宿し、息子へと注ぐ。
「な、何をしている! こ、この僕が命令しているんだぞ! 早く、早く殺せええええ!」
顔を涙でグチャグチャにし、唾を飛ばしながら叫ぶ息子。
その見事な阿呆ぶりに、リコは心底嫌気が差した。
彼女はその目にありったけの軽蔑を込め、息子の前に立ちはだかる。
そして――。
――パンッ。
リコの手が、息子の頬を思い切り引っぱたいた。
頬に手を当て呆然とする息子に、リコは顔を近づける。
「いい加減にしな、このバカ息子が。私には……お前が醜い化け物に見えるよ」
リコの怒気を孕んだ声に、息子はガクガクと膝を震わせ、やがて崩れるようにヘタリ込んだ。
その様子を無言で見つめるリコ。
そんな彼女の髪が、ツンツンと引かれる。
リコの腕の中にいるリザードマンの子供が、髪を引っ張っていたのだ。
「ん? どうした?」
リザードマンの子供は、護衛から傷を受けた親子を指さす。
「あそこに行きたいの?」
リコの問いに「うん」と頷く。
怪我をした親子のもとまで来ると、リザードマンの子供はリコの腕から離れ、彼ら――母親と男の子の傷を癒やした。
突然の出来事に、目をパチクリさせる親子。
そして、おずおずと男の子が、リザードマンの子供に喋りかける。
「……どうして……治してくれたの?」
「だって、痛いのはイヤだから……もう痛くない?」
リザードマンの子供が無邪気に首を傾げた。
男の子はニッコリ笑う。
「うん、痛くない! ありがとう!」
それを皮切りに他の魔族たちも、次々と怪我人を癒やし始めた。
あちこちから喜びと感謝の声が上がる。
その光景を複雑な気持ちで眺めるリコ。
いい光景ではあるが、どうしてもリコには納得がいかなかったのだ。
どんなに虐げられても、人間を許してしまう魔族たち。
リコは、そんな彼らが不思議でしょうがないのである。
リコがモヤモヤしていると、エルフのご老体から声がかかった。
「どうしたんじゃ? そんな難しい顔をして」
「へ? えーと。魔族がこんなに優しいのは、なぜかと思いまして」
「優しいのはダメかのう?」
「限度ってものがあります。こんなんじゃ、傀儡石がなくても人間にいいように利用されるんじゃないかと……なぜか腹が立ちます!」
エルフのご老体は「ほう!」と目を丸くし、それからリコをジーッと見つめる。
「どうかしましたか?」
「いや、何……昔、あんたと同じことを言った方がおってな」
「昔?」
エルフのご老体は、当時に思いを馳せるように目を細める。
「ああ、ずーっと昔じゃ。あの方も魔族は優し過ぎると怒ってな。儂が優しい奴らに冷たくなれとでも言うのかと聞いたんじゃ。そしたら『冷たいのは嫌だ。でも優しいと食いものにされる。ならばしょうがない。人間の方を変えよう』なんて言い出しおって。あのハルカ様ときたら――」
「――ハルカ様?」
「む? ああ、魔族王様の母上じゃよ。面白い方じゃった。なにせ心が捻くれておった先代の魔族王様の性根を叩き直し、人間なのに惚れさせてしまったのじゃからな」
「魔族王のお父さんが捻くれていた?」
「そうじゃよ。先代の魔族王様はのう、醜い容姿を嘆いておって、暗くてジメーっとしたお方じゃった。まあ、魔族の儂らに言わせれば、決して醜い訳ではなかったのじゃがな。そんな魔族王様が毎晩の日課にしておったのは、湖の畔で水面に向かって愚痴を叫ぶことじゃった」
エルフのご老体は、話を区切り「ここからが面白い!」と本当に楽しそうに笑う。
「その晩も魔族王様は水面に向かって愚痴っておった。そこに偶然、カランデの森に迷い込んでいたハルカ様が居合わせたのじゃ。魔族王様のしょーもない愚痴をしっかり聞いたハルカ様は、何を思ったか『器が小さい!』といきなり説教を始めてな。それまで誰にも叱られたことのない魔族王様を驚かせた。しかもその説教は、丸二日間続いたのじゃ。それで魔族王様は、こんなに親身になって叱ってくれる者はいなかったとハルカ様に惚れて、二人は結ばれたのじゃ」
「魔族王のお父さんって……」
リコが苦笑いをすると、エルフのご老体も同じように笑う。
「ああ。ちょっと残念な方じゃった。でもハルカ様をお妃に迎えてからは、立派な王になられたのじゃよ。あの頃は毎日が楽しかったのう。ハルカ様のおかげで人間とも上手く付き合っておった。要するに気の持ちようなのじゃよ。儂らは魔力がある分、それに奢らずに生きようとしているだけ。それがあんたの言う儂らの優しさなのかもしれん。だから儂らはこのままじゃ」
「ふーむ。やっぱり人間が変わらなければいけないか……魔力は万能で素晴らしい。だけどその反面、人間をダメにする恐ろしい一面もある。それをちゃんと心に刻みなさい。これって単純なようで深い教えですよね。まぁ、一番変わらなきゃならんのは女王ですけどって……ん?」
リコが目を向けると、エルフのご老体がワナワナ震えていた。
「え、えーと、どうかしました?」
「あ、あんた! なぜその教えを知っとるんじゃ!」
「えっ? ティーラというエルフの娘に教えて貰ったんですけど?」
エルフのご老体は、リコの腕をガシッと掴む。
「ティーラ! 今、ティーラと言ったか! あの娘は無事なのか!」
エルフのご老体の余りの必死な様子に、若干狼狽えるリコ。
「え、ええ。ヨーク村で元気にしていますけど……」
「おお、なんと!」
喜びで打ち震えるエルフのご老体。
聞けばこのご老体、ティーラの村の長老なんだとか。
因みにさっき助けた魔族の中に、ティーラの父親も含まれていたのである。
男前の綺麗なエルフの中年男性。瞳の色はティーラと同じ緑色。
惚れ惚れするような色男である。
不思議な偶然の出会いに驚くリコであった。




