表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
21/48

18話 オバちゃんの恐れ

 カイルは怒っていた。


 夕べあれから、カイルは散々リコに(ウサ耳を)弄ばれたのである。

 撫でられ、引っ張られ、捏ねくり回され……ありとあらゆることをされた。



「ねぇー、まだ怒ってるの?」



「…………」



 カイルは馬車を黙々と走らせ、額に怒りマークを貼り付けたまま何も答えない。



「もう! 器のちっちゃな男はモテないよ!」



 リコのその言い草に、カイルはサッと顔を向け目をクワッと見開く。

 リコは両手を上げ、ギブアップの姿勢を取った。



「分かった、分かった。今後は言動に十分気をつけまーす。そんなことより、あーいい風!」



 反省の色がまったくないリコに、カイルは「チッ」と舌打ちをする。そして「ヤレヤレ」と首を振りながら、前に向き直った。

 すると、彼の目に異変が映り込む。



「……リコ。この先にある街の様子がおかしい」



 真剣なカイルの声。

 リコも前方に目を遣り、その目を凝らす。



「黒い……煙?」



「きっと、何かがあったんだ。リコ、どうする?」



「どうするって……とりあえず行ってみようよ」



 カイルは「分かった」と頷くと、馬車のスピードを上げた。






 ◆






 エスタリカ王国の街クスタル。


 いつもなら商人の馬車が行き交い、広い通りの端には露天商が幾つも店を広げ、人々の活気が満ち溢れている街である。

 だが今は――街のあちこちから火の手が上がり、黒い煙がモウモウと立ち上っていた。


 通りの真ん中に、幾人かの商人らしき者とその護衛たちの遺体が転がっている。

 それは見るも無残な姿であった。

 手足をもがれた者、頭を潰された者、中には人の原形をとどめていない者もいる。


 リコとカイルは、その凄惨な光景に立ち竦んだ。

 吐き気が込み上げてきたリコは、口元を押さえ半壊した建物の陰にしゃがみ込む。


 ――ガタッ。


 建物の中から音がした。何かが動く気配。



「⁉」



 心臓が早鐘を打ち鳴らし、かつてない緊張にリコは襲われる。

 カイルが口に人差し指を当て、ここで待つようにとリコに指示を出す。

 リコが頷くと、カイルはゆっくりと建物の奥に進んで行った。


 暫くすると、リコを呼ぶカイルの声。



「リコ!」



 リコは、まだ治まらない吐き気を必死に抑え、建物の中に足を踏み入れる。

 そこは飲み屋のようであった。

 床に散らばるグラスや酒瓶。幾つものテーブルと椅子が乱暴に倒されていた。

 カイルの姿がない。リコは不安になりカイルを呼ぶ。



「カイル! どこ?」



「リコ! こっちだ!」



 すぐに返事が返ってくる。

 カイルの声は、真っ正面にあるカウンターの裏から聞こえた。

 リコは散乱する物を避けながら、カイルのもとへと急ぐ。

 カウンターの裏には、カイルの座る後ろ姿があった。彼の膝下には、血を流した少女が倒れている。



「カイル! その子は!」



 慌てて駆け寄るリコ。



「背中を斬られている。出血は酷いが傷は大したことはない。大丈夫、俺が癒やす」



 そう言うとカイルは、横たわる少女に両手を翳した。

 すると、彼の手が緑色の光を放ち、その光が少女を包み込んだかと思うとパッと消えてなくなる。


 それは一瞬の出来事であった。

 少女はパチパチと瞬きしながら起き上がる。カールの巻かれたブロンドの髪をふわりと揺らし、その青い瞳がリコたちを不思議そうに見つめた。



「あなたたちは……一体……」



「俺はカイル。こっちのアホ面のオバちゃんはリコだ」



 カイルがリコを指さし笑った。

 いくら少女の緊張を解す為とはいえ、大人の女性に向かってアホ面とは……。

 リコはカイルをキツく一瞥し、少女に向き直る。



「傷は平気? 大丈夫?」



「えっ?」



 少女は弾かれたように、細い体のあちこちを触り確かめる。そして、なんともないことを確認すると、リコたちに視線を戻す。



「あなたたち……魔族ね」



「リコはただの人間。俺が魔族だ」



「そう、あなたが……。私はオルガよ。助けくれてありがとう。でもごめんなさい。私、急いでいるので失礼するわ」



 そそくさと立ち上がるオルガ。

 カイルが彼女の腕を掴んで引き止める。



「ちょっと待てよ! 何があったか教えろ! この街に一体、何が起きたんだ!」



 オルガは俯き、言いにくそうに答える。



「……魔族が襲ってきたのよ」



「⁉」



 リコとカイルは息を呑む。


 ――恐れていたことが起こってしまった。


 魔族が人間に報復を始めたのだ。

 沈痛な面持ちで尋ねるリコ。



「じゃあ、あなたはその魔族に?」



 オルガはバッと顔を上げ、勢いよくかぶりを振る。



「違う! 私は魔族にやられたんじゃない! 友達を助けに来て、この店の護衛にやられたのよ!」



「一体、どういうこと?」



 リコの問いに逡巡するオルガ。

 やがて彼女は「いいわ、ついてきて」とカウンターの奥にある扉を開き、中に入って行く。

 リコとカイルは顔を見合わせ頷くと、オルガの後を追った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ