17話 オバちゃんの本音
リコは怒っていた。
馬に直接乗るよりも、馬車の方が快適だろうと高を括っていた自分を――。
テレビとかでは「馬に長時間乗ったら、お尻が痛くて痛くて」などど言っていたが、馬車だってかなりのものだ。腰にきた――のである。
「ドラマではあの女優、馬車に揺られて熟睡してたのに!」
「……オバちゃん、何騒いでんだ」
カイルは呆れ顔で、焚き火に枯れ木をくべた。
木がパチンとはじけ、火の粉が舞い上がる。
火の粉を目で追い夜空を見上げれば、生い茂る木々の間に沢山の星が輝いていた。
(空気がキレイだと、あんなにも星が見えるんだ……)
ヨーク村を旅立ち、ひたすら慣れない馬車に揺られたリコ。
日が落ち始めた頃、カイルが「夜の移動は危険だ」と森の開けたこの場所に、野営することを決めた。
腰の痛みでまったく役に立たないリコを尻目に、カイルはそそくさと準備を進め、簡単な食事も終わらせたのである。
なんとも使えるウサ耳男であった。
――そして、今に至る。
ズキズキ痛む腰を擦りながら、リコは夜空を眺めていた。
「カイル……星が降ってきそうだね」
「あ? 何だよそれ。星が降ってくる訳ないだろ。オバちゃん、ホント変わってるよなー。そうそう! 根性もスゲーあるし。ケツァルを守ろうとするオバちゃん! 俺マジ震えたよ」
リコは腰を擦る手をピタリと止め、遠くを見つめる。
「根性ね……根性だけあってもね――」
呟きが終わったかと思われたその瞬間、リコの目はカッと見開かれた。
「そんなもので腹が膨れるかっ! 大体さー、転移とか転生ものにはさー、チートは鉄板ネタじゃない? なのになんで私には何もないのよ! あり得ない最強スキルとか、なんでも錬金しちゃうとか……『え? 私、MP最大値越えてるの?』的なことが、なぜまったくない!」
乱心するリコに、カイルはおずおずと伺いを立てる。
「え、えーと、オバちゃん。急にどうした? 言ってる意味、全然分からないんだけど……なんか変な物でも拾い食いしたか?」
リコはカイルをキッと睨みつける。
「違うわっ! だってさー、私にそんな力があったら、女王なんてチョチョイと倒して、魔族をパパッと救ちゃって……ケツァルは――」
そう言いかけると、リコの目から突然涙が溢れ出した。
流れる涙をそのままに、リコは途切れた言葉を続ける。
「――ケツァルは連れて行かれずに済んだのに……なのに、私はこんなただのオバちゃんで、誰かに助けて貰わなければ何も出来ない……英雄なんか気取ってバカみたい。ケツァルさえ守れなかったのに……」
いきなり異世界に巻き込まれて、リコがここまで頑張ってこれたのはひとりじゃなかったから……ケツァルがいたからだ。なのに今はそのケツァルがいない。
今頃になって寂しさと悔しさが、リコに押し寄せてきた。
カイルはそっと手を伸ばすと、彼女の頬を伝う涙を優しく指で拭う。
「なぁ、オバちゃんはオバちゃんのままでいいんじゃないか?」
カイルは、静かに語りかける。
「オバちゃんは危なっかしくって、負けず嫌いで、調子がよくて……どこか暖かい」
「……カイル、それって褒めてるの? 貶してるの? いいとこ一つしかない」
リコは鼻を啜りながら、カイルをジトーと睨んだ。
そんなリコにカイルは目を細める。
「褒めてるんだよ。そんなオバちゃんだから側にいたいと思う。そんで助けてやりたいって思う。村の奴らだってきっとそうさ。皆オバちゃんに惹きつけられるんだ。だから、もう泣くな」
「むー……でも……」
リコは顔を顰め、まだゴニョゴニョ呟く。
「いつまでも、そんな辛気臭い面してんなよ。皺が増えるぞ!」
カイルに指摘され、慌てて顔を触るリコ。
彼女のお年頃は、皺というワードにかなり敏感なのである。
それがどんな場合であっても……だ。
皺の様子を真剣に確認している彼女に、カイルが改めて口を開く。
「ケツァルのことは心配すんな。女王から傷をつけずに連れて来いってお達しがあった。きっと神官が丁重に扱っているさ」
「そうなの? でも……なんで女王はケツァルを?」
「そんなこと俺には分からん。けど……」
カイルはふと話を止め、考える仕草をする。
「そういえば神官が言ってたなー。女王は既に同じ生き物を、もう一匹飼ってるって」
「え? ケツァルと同じ生き物を? なんで?」
「その理由も分からん。あーもー! 『なんで』ばっか言うなよ。大体、俺のような騎士でもない下っ端兵士には、詳しい情報は回って来ないんだよ! とにかく王都に行って女王に会えば全部分かるから!」
自分から話を振っといて逆ギレするカイル。
結局、ケツァルは無事であろうことしか分からず終いだ。
リコはムッとしながら、次ぎの質問を投げる。
――実はこの質問、リコがどうしても気になっていたことなのだ。
「じゃあ、これなら答えられるでしょう? 私事なんだけどさー。怪我した時、ティーラが魔力で癒やしてくれたんだけど……それって、悪いところ全部治してくれたってこと? 私、全快したのかな? もう悪いところなくなった?」
「あ? 多分……そうなんじゃないか。っていうかさー、オバちゃんスゲー元気じゃん。なんでそんなこと聞くんだよ? 変なオバちゃん」
カイルの返事に、リコは若干の不満を感じつつも内心ホッとした。
――もしかして、癌が治っているかもしれない。
リコの癌は、まだ初期段階。
自覚症状は、更年期障害だと勘違いしてしまうようなものしかまだない。
(きっと怪我の癒やしと一緒に、病気も癒やされちゃったに決まってる)
リコは、心なしか体が軽くなっているような気がした。
「だよねー。私、すこぶる元気だよねー。よっしゃー、気合い入れて頑張るぞー。オー!」
「『オー!』じゃねーよ。さっきまで泣いてた癖にコロコロ変わりやがって。あっ、そうだ。そろそろオバちゃんって呼ぶのにも飽きた。リコって呼んでいいか?」
リコは目を細める。
あれだけ「オバちゃん、オバちゃん」と連呼していたカイルが、どういう気持ちの変化であろう。
というか、なぜこの流れでなのかがよく分からない。
カイルの方こそコロコロ態度が変わって、実に不思議なウサ耳男である。
「何? 急に改まって。好きに呼べば――」
そう言いかけたリコは、ケツァルを奪った仕返しとしてナイスなアイデアを思いつき、悪戯っ子のように笑う。
「――リコって呼んでもいいよ! その代わりに……ウサ耳触らせて!」
「はぁ⁉ 何でだよ!」
明らかに動揺して仰け反るカイル。
反対にリコは、ズイと迫る。
「いいじゃん。減るもんじゃなしー!」
「俺のプライドが減るんだよ!」
「よいではないか! よいではないか!」
「うわっ! やめっ――ってオバちゃん何者だよ! やっ、やめろっ! うっ、うわっ、うわぁぁぁぁぁぁーーーーっ!」
草木も眠る森の中、カイルの悲鳴が響き渡った。




