1話 オバちゃんの事情
柔らかいピンク色を基調とした病院の待合室には、大きなお腹を大切そうに擦る者、将来への期待で顔を綻ばせる若い夫婦。
そして、生まれたばかりの孫を抱いて目を細める老夫婦がいる。
そんな暖かく優しい空気の中で、里子はひとり居心地の悪い思いをしながら会計を待っていた。
名前が呼ばれ、里子は診察代を支払うと足早に玄関ロビーを出る。
自動ドアが閉まると同時に大きな溜息を吐くと、冬晴れした空を見上げた。
「……癌かぁ」
晴天の霹靂とは、まさにこのことだろう。
里子は今日まで、平凡ながらも幸せな人生を歩んできた。
優しい両親に大事に育てられ、20代でしっかり者の旦那と結婚。
目の中に入れても痛くない、大切なひとり娘にも恵まれた。
多少の苦労もあったけれど、子供の頃からの趣味であるコミックやアニメ、小説にゲームを糧に子育てや家事を乗り切り、のほほんと専業主婦を満喫。
なんの取り柄もない里子にとって、これ以上ない贅沢な暮らしであった。
そして気づけば45歳。
だんだん更年期障害が気になり出したところに、旦那の会社からタイミングよく送られてきたのが『配偶者健診申込書』。
普段の里子なら「面倒臭い」とゴミ箱に直行なのだが、年齢も年齢だし、娘も成人したしと、軽い気持ちで受けてみることにした。
それなのに、いざ蓋を開けてみると最初の検査で引っかかり、あれよあれよと精密検査を受ける羽目に。
結果、子宮に癌が見つかってしまったのである。
幸いにも早期発見とは言え、病名が病名だけに里子をかなりへこませた。
里子は「はぁー」とまた深い溜息を吐き、肩からずり落ちた鞄をかけ直す。そして、冬の寒さにコートの襟をかき合わせると、背中を丸め自宅へと歩き出した。