16話 オバちゃんの相棒
「――コ!」
(誰か、何か言ってる)
「――コ! リコ!」
(ああ。私を呼んでるのか)
「リコ! 目を覚まして! リコ!」
(あれ? 私どうしたんだっけ……英雄リコ様になって……神官が来て……それでケツァルが……はっ!)
「ケツァルーーーーッ‼」
叫び声を上げながら、ガバッと起きるリコ。気づけば、ダンの家のいつものベッドに彼女はいた。
周りには、ダンやティーラ、ライデルたちの姿がある。
皆、心配そうにリコを見ていた。
「……ケツァルは?」
リコはその目に何も映さず、誰に問うでもなく呟いた。
ティーラは、リコの肩を優しく擦りながらベッドに腰をかける。そして彼女に、残酷な事実を伝えた。
「リコ。あなたが気を失った後、ケツァルは神官に連れて行かれたわ」
リコは、まるでそのことを予想していたかのように「そっか」とだけ答え、ケツァルのいないベッドの隣を辛そうに撫でる。
「リコさん。オレたち、何も出来なくて――ごめん!」
頭を下げるダン。
周りからも謝罪の言葉が聞こえてくる。
リコは撫でていたシーツをギュッと掴むと、強く頭を振った。
「そんなことない! ダンたちは体を張って私とケツァルを守ってくれた。私が――私がもっとしっかりしていれば――はっ!」
ここで何かに気づいたリコは、バッと身を乗り出す。
「皆、怪我はなかったの! 兵士に体当たりするなんて――あんな無茶して!」
「その言葉、そのままそっくりお返しします。リコさんこそ、あんな無茶はもうやめてください。いくらなんでもあれは――どれだけ心配したと思うのですか!」
ライデルが怒ったように諭した。
「……ごめん」
すまなそうに項垂れるリコに、ライデルは気を静め口調を和らげる。
「いえ……こちらこそ生意気を言ってすみません。でも酷い怪我だったんですよ。幸い致命傷ではなかったので、ティーラさんが癒やしてくれましたが……」
リコはパッと顔を上げ、横に座るティーラの両肩をガシッと掴んだ。
ティーラは悔しそうに俯く。
「ごめんね、リコ。ケツァルが連れて行かれる時、私は何も出来なかった。村を襲われた時を思い出して……怖くて……体が勝手に震えてしまって……だからせめて、リコの怪我を治そうと……」
「謝らないで、ティーラ。でも、これだけは言っておく。今回は大丈夫だったけど……世の理、絶対忘れてはダメよ。ティーラを犠牲にしてまで私は助かりたくないからね」
世の理――生まれる者と死ぬ者がいて、世界の均衡が保たれている。
万能な魔力で死ぬ者の運命を曲げると、魔族はその報いを受けることになってしまう。
今回ティーラは、報いを受けずに済んだ。
リコの怪我が致命的じゃなかったから。リコがまだ死ぬ運命じゃなかったから。だけどもし、そうでなかったら……。
リコはそう考えると恐ろしくなった。
リコの不安を感じ取ったティーラは、彼女の手を肩から外し強く握り締める。
「リコ。私、ちゃんと分かってる。助けられるのに助けられないなんて、歯痒くてとても辛い決まりだけど……自分を犠牲にするのは、私の自己満足にしかならないって。助けた者に重い足枷を嵌めてしまうって……私、ちゃんと分かってるわ」
リコはホッとして「よかった」と呟くと、何ともバツの悪そうな顔をする。
「はぁー、それにしても魔力に頼り過ぎって息巻いてた私が、結局魔力に助けられるなんて……なんかちょっと格好悪いわね。情けない」
ティーラは微笑む。
「そこは臨機応変に! 頼るべき時を間違わなければいいの。今回はその時だった。だって一刻も早く、ケツァルを助けに行かなきゃ……でしょう?」
「そうだけど……」
煮え切らないリコ。
ティーラは唇を指でトントンと叩き、とっておきを聞かせる顔をする。
「リコは難しく考え過ぎなのよ。あのね、リコ。魔族王様のお母様が生きてらした頃は、魔族と人間持ちつ持たれつ上手に暮らしていたそうよ」
そこにダンとライデルが、目を皿にして口を挟む。
「ちょっと待って! その母親ことだよ! オレさー。この前、色々ビックリし過ぎて詳しく聞けなかったけど、魔族王の母親が人間って……それ本当なの?」
「ええっ! 本当ですか? そんなこと私も初耳です。魔族は昔から人間と関わりを持たずに暮らしていたとばかり……」
「ふふっ。あなたたちが知らなくて当然よ。魔族王様がまだ幼い頃に、お母様は亡くなられたのよ。因みに魔族王様の今のお年は500歳を超えてる。長寿であるエルフの私でさえ生まれたばかりの頃の話だもの。ずーっとずーっと昔のことよ」
ということは、この前ダンが教えてくれた時代よりも遙か昔の話だ。
リコは密かに「ティーラさん、あなたは一体お幾つなのですか?」と問いたい気持ちをグッと堪えた。
「しかし、持ちつ持たれつとは……人間が万能な魔力を持つ魔族に対して、一体何が出来たのですか?」
ライデルが首を傾げる。
「あら、村長さん。それは謙遜し過ぎ。人間って魔族より知恵があるし器用なのよ。例えば……料理を知らない魔族もいるし、狩りだけで物を育てたことのない魔族もいる。そんな魔族に人間は色々教えてくれたらしいわ」
「ほう、それで魔族も人間の手助けをしてくれたと。でも人間は欲深い生き物です。なぜ上手くつき合えたのですか?」
「そこはお母様の教えみたいなものがあったらしいの。確か……魔力は万能で素晴らしい。だけどその反面、人間をダメにする恐ろしい一面もある。それをちゃんと心に刻みなさいって。でも……両者の仲を取り持っていたお母様が亡くなってしまって、自然と距離が離れたみたいね」
ライデルは難しい顔で顎に手を当てる。
「そして、その後あの女王が現れた……と。きっと私たちの先人たちは、魔族を裏切った引け目から、その真実をワザと後生に伝えなかったのですね。だから、私たちは知らずに生きてきた」
「ああ、そういうこと……だな。でもさー、持ちつ持たれつの関係っていいなー。オレたちもそうなれるといいなー」
願いを口にするダンに、ティーラは満面の笑みを浮かべた。
「なれるわよ。いいえ、もうなり始めてる。だってダンたちは魔力に頼ってばかりだと、大切なものを失うってもう知ってるでしょう?」
「ん! そっか。そうだな!」
「ええ、もちろんです」
ダンとライデルが嬉しそうに答える。周りの村人たちも「そうだ」と頷いた。
魔族と人間が、手に手を取って仲良く暮らす世界。
ティーラとカレンが笑い合っていた姿を思い出し、リコは決意を新たにする。
(ケツァル。少し待っててね。私、必ずあなたを取り戻すから! そして、この国を変えてやろうじゃない! 魔族と人間が笑い合って暮らせるようにね!)
リコは気合いを入れるべく、顔を両手で叩いた。
「よし! ティーラ、怪我を治してくれてありがとう! 私、王都に行くね! 村長、申し訳ないけど馬車をお借り出来る?」
「ええ、大丈夫ですよ。もう出発の準備は整っています。後はリコさん待ちです」
「本当に! ありがとう、村長!」
「さぁ、リコさん。行こう!」
喜ぶリコを当然のように促すダン。
リコは、目を丸くする。
「え? ダンも行くの?」
「当たり前だよ!」
「もちろん私だって、リコについて行くわ!」
ティーラまでも加わり、二人は「何言ってるの」的な目でリコを見た。
「いやいやいやいや、村の外はティーラにとって物凄く危険でしょ! 王都なんてもってのほかだよ! しかもケツァルを取り戻し、尚且つ女王をなんとかしに行くんだよ! 私の都合なんかで二人を危険な目に遭わせるのは絶対嫌!」
「絶対って……。リコさんさー、そもそも馬車……扱えるの?」
ダンの素朴な疑問が返ってくる。
「…………」
黙り込むリコ。
――核心を突かれた。
リコに扱える訳がない。馬車なんてテレビで見ただけで、実際拝むのは初めてだ。
答えに躊躇するリコの耳に、聞き覚えのある声が届く。
「だったら、俺が連れてってやるよ」
その声の主は――頭に黒い布を巻いたあの兵士。
ケツァルを捕まえ、リコを年寄り扱いし、あまつさえ最後の最後に邪魔をしたあのにっくき兵士である。
そんな奴が、のうのうとこの部屋に紛れ込んでいたのだ。
「お、お前っ! 何しに来た!」
掴みかかるダンを軽くいなし、兵士はリコの側までスタスタとやって来る。
そして、悪びれる様子もなくニィと笑いながら、片手をヒラヒラと振った。
「よう、オバちゃん。元気そうで何より! じゃあ、とっとと出発しようぜ」
唖然とするリコの代わりに、ダンが声を荒げる。
「勝手なことを抜かしやがって――お前は敵だ! なんでここにいる!」
「なんでって、このオバちゃんが気に入ったから、兵士を辞めて来たんだよ。まぁ、もともと性に合わなかったし、オバちゃんといた方が楽しそうだからさー」
兵士は、頭で腕を組みながらあっけらかんと言って退ける。
「はぁ⁉ だ、だとしてもだ、なんでお前がリコさんを連れて行くんだよ!」
「んー、俺はアンタらより王都に詳しいし、旅にも慣れてる。それにこの村のことを考えたら俺に任せた方が為になると思うぜ」
「どういうことだよ」
兵士はニヤけた笑みを引っ込め、その顔を真剣なものへと変える。
「女王が魔族王とその側近を捕らえよと指示を出した。本格的に魔族を追い詰めるつもりだ」
「え?」
空気が揺らいだ。
ティーラはベッドから立ち上がり、激しく兵士に詰め寄る。
「何よそれ! どうして魔族王様を! 女王は何をするつもりなの!」
「女王の考えてることなんて、俺には分からないさ。だけどこれだけは言える。ここまで来たら、魔族だって黙っちゃいない。なりふり構わず人間に報復を始めるさ。どうせ道具にされるんだ。最後の悪足掻きだよ。きっとこの村も危ない」
「そんなっ――」
ティーラは両手で口元を覆い、言葉を失った。
リコはベッドを降り、ティーラを優しく抱き締めると、兵士をキッと睨む。
「それでアンタは、何が言いたいの!」
「あ? ああ。そこのエルフのお嬢さんは、この村に残った方がいいってこと。もし魔族が襲って来ても、同じ魔族だ。彼女なら鎮めることが出来るだろう?」
兵士は、話を一旦区切り「それと」とダンを顎でしゃくる。
「コイツも残った方がいい。もしもの時、男手は必要だろう? ひとりでも多い方がいい。ということで、俺がオバちゃんを連れて行くのがベストってこと!」
確かに筋は通っている……と思う。
もし、魔族が襲ってきたらダンとティーラはこの村に絶対必要だ。
それに馬車を扱えないリコにとって、この申し出は渡りに船。だが……この兵士、今ひとつ信用出来ない。
どうすればいいか思い悩むリコ。
リコのそんな気持ちを感じ取ったのか、ティーラは気を引き締めると村人たちに告げた。
「村の皆には申し訳ないけど、私はリコと行くわ。この人にリコは任せられない。それに、もしまたリコが危険な目に遭っても私なら助けられるもの」
ティーラの意見に賛同するように、ライデルたちから声が上がる。
「ティーラさん。この村のことは私たちでなんとかします。この人は辞めたと言っても、あの女王に仕えていた兵士です。やはり信用出来ません」
「そうだ! ティーラが行け! ティーラの力は、リコさんにこそ必要だ。俺たちは大丈夫だから!」
皆が盛り上がる中、兵士は腰に手を当て「はぁー」と溜息を吐いた。
「まったく、強情な奴らだな……しょうがない奥の手を出すか」
そう言うと兵士は、徐に頭の黒い布を取り去る。
すると、肩の辺りで適当に切られたであろう不揃いの黒髪の頭に……それは生えていた。
黒くて長いピーンとした耳。
そう、ウサギの耳だ。
「俺はカイル。ウェアラビットだ。俺のような種族は、耳さえ隠せば人間と見た目は変わらない。だから食う為に仕方なく兵士をやっていたんだ。ケツァルのことは本当に悪かった。なぁ、オバちゃん。俺も女王に一矢報いたいんだ! 俺にチャンスをくれ! 頼む!」
カイルが頭を下げる。
その瞬間、リコの雄叫びが炸裂した。
「いやぁーーーーっ! ウサ耳は、ボン・キュッ・ボンのお姉さんがいいのにぃーーーーっ! こんなの詐欺だぁーーーーっ!」
シーンと静まり返る部屋。
そこにカイルの笑い声――いや、腹を抱えて爆笑する声が響く。
「あははっ! やっぱり、オバちゃんおもしろい! あー、腹痛ぇー。はははは!」
ダンやティーラ、ライデルたちも「リコらしい」と肩を竦め苦笑いをしてる。
気づけば、皆の顔からカイルへの疑念が一掃されていた。
まぁ、これ以上ない奥の手を見せられたのだから仕方ない。
笑うだけ笑い少し落ち着いたカイルは、手で涙を拭いながらリコに向き直る。
そして、その涼しげな切れ長の目でリコを見つめる。
「今から俺はアンタの護衛だ。好きに使ってくれ」
「護衛なんていらない」
リコの無下な断りに、眉を顰めるカイル。
「この期に及んでまだ――」
「――カイル、私は護衛なんて欲しくない。だけど……相棒だったら大歓迎だよ。ねぇ、カイル。相棒になって、私を王都に連れてってくれない?」
リコのお願いに、溢れんばかりの笑顔で答えるカイル。
「任せろ!」
◆
ライデルの用意した馬車の前に立つリコとカイル。
その周りに二人を見送るダンやティーラ、ライデルたちが肩を並べている。
「リコ。この村は心配しないで! 魔族が襲ってきても必ず説得してみせるわ。だからリコ、ケツァルを連れて無事に戻って来るのよ! 約束よ!」
「カイル! リコさんを頼んだよ! 絶対だからな!」
リコとカイルは、力強く頷く。
「じゃあ、皆! 行ってくるねー!」
皆の笑顔に見送られ、リコとカイルは王都へと旅立つのであった。




