青色の髪飾り
ー1- 視点:今泉影狼
~霧の湖手前の森林~
今日はわかさぎと霧の湖で泳ぐ約束をしていた。
私はよくわかさぎ姫と霧の湖で遊んだりするのだが、いつも気になっていることがあった。
それはとある機会に見た、背中についている傷である。
後に残っている程の傷だったので気になってはいたのだが、聞けずじまいで
記憶に留めていた。
しかし、彼女との親交が深まるにつれ、すっきりしないもやが残り続けていたのだ。
そこで今日、そのことについて聞いてみようと決めた次第である。
ー2-
「ねぇ、いい加減水浴びできるようになりなよ~」
そう言いつつ彼女、わかさぎ姫が私の体を揺さぶってきた。
霧の湖にて、私とわかさぎは水浴びをしている。
私は足しか浸かっていないのだがが…。
彼女とはよく霧の湖に来るのだが、私はいかんせん水が苦手だ。
催促され、幾度もの修行を経て足までは浸かれるようになってはいるが…
「別にいいわよ…私はイヌ科だからいーの!」
「式神じゃあるまいし、怖がらなくてもじゃない…水浴びは気持ちいいのよ?」
「怖いものは怖いわよ…」
元々住むところが丸々違うのだから無理に慣れなくてもいいのではないか
「…」
私はわかさぎを見やった。
今私の隣にいるわかさぎは、柔和な様子で微笑んでいる。
「ねぇ…ちょっといい?」
「ん?なぁに?」
私は切り出した。
ー3-
「その…わかさぎの背中にある傷って誰に付けられたの?」
「ん?あぁ、これ?」
わかさぎは背をこちらに向け(服越しなので見えないが)、肩越しに顔を覗かせる。
「あ~そっか、あの時に見たのね?ここ最近もじもじしてると思ったら…」
「え、うん?ごめんね?言い出せなくて…」
見透かされていたようだ。
「これはね~人間に付けられた傷よ?」
わかさぎはさらっとした口調で答えた。
「え…あ、うん。あれ?」
そんな大ごとでもないのだろうか?
あまりにもさっくり言われたので拍子抜けしてしまった。
「って!それって人間の事じゃないの!?」
「うん」
「怒ってないの?」
「うんうん」
「そ…そう…いやそうじゃなくて!どうしたのよ!?人間に傷つけられたんでしょ!?」
私は勢いよくまくし立てる。
わかさぎはそんな私をなだめてきた。
「もう昔の話なんだから、気にしてないよ!もう、大げさねぇ」
頭をワシワシ撫でてくる。
「む…なんで、そんなことされたのよ…」
空恐ろしい人間の事だ、きっと恐ろしい動機では…というのが私の考えである。
親しい仲良として本当の事を知っておきたい。
わかさぎはそんな様子を見かねたようだ。
「そんなに知りたいの?」
「じゃないと聞いた意味ないじゃない!」
はたから見るとわかさぎがボケで私がツッコミに見えるが、性格としてはわかさぎの方がしっかりしているのがなんとも度し難い。
そんなしっかり者のわかさぎは、私の激しいツッコミに微笑を浮かべている。
ひとしきり笑った後、わかさぎはその背中の傷について、経緯を話し始めた。
「そうねぇ…いつぐらい前だったかな、幻想郷に来る前だから…結構前かぁ…」
-4- 視点:わかさぎ姫
私はその時、妖怪として自由奔放に過ごしていた。
その頃は幻想郷の様な厳密な妖怪のルールがあるわけが無かったので、人間との距離は疎遠だった。
今思うと、人間を理解していない故のトラブルだったのかもしれない。
それはあくる日、お気に入りだった川の中洲で休憩していた時だ。
「ふー…」
ここは私が見つけた、いわば秘境のような所で
人間には見つからないような場所だったのだが。
「居たぞ!」
川のほとりから男性の荒い声が聞こえたのだ。
「!?」
声のした方向から細長い物が飛来してきた。
それが何かを確認する余地もなく、次々と飛んでくる。
「ひッ…!」
私は反射的に水中に潜り、川を上ろうとしたが。
「あっ…!」
水中からでも見えた、何十人もの人影。
川に入り込み、川を完全に塞いでいる。
すでに、回り込まれていたのだ。
さっきの人か、他の人間か、後方から声が上がる。
「逃がすんじゃねぇ!」
こうなると水中からは逃げられなかった。
「陸に…っ!」
下半身を走れるように変化させて、陸にあがった。
森の奥に逃げ込めば…!
すぐさま足を動かし、走ろうとするが。
「…!」
森の奥には既に数多くの集団が待ち構えていた。
彼らの手には、物騒な物がいくつも握られている。
完全に、囲まれている!
「嘘…」
口から恐怖の言葉が漏れる。
完全に八方塞がりだ…
「捕まえろ!」
一人の合図で他が飛びかかってきた。
「ッ…!」
もう駄目だとしゃがみ込み、目を瞑った次の瞬間。
「うわっ!?」「なんだぁ!?煙!?」「げほっ!」
周りの人間がむせ返った。
立ち上がり周りを見渡す。
周囲には煙が焚かれていていた。
「え……っ!?きゃッ!?忍者?」
不意に胴体を捕まれ、担がれる形になる。
そしてそのまま、何処かに連れ去られてしまった。
-5-
私を担いでいたのは男性だった。
「ちょっ…ちょっと!」
私が暴れると
「あいつらが追ってくるから大人しくしてくれ!」
そんなことを言い出すので。
降ろされるまで動くのを止めた。
――暫くして。
「もう…大丈夫…だな」
降ろされた。
どうやら森林の奥まで来たらしい。
ずっと担がれていたたので、腰が痛かった。
「あ、貴方、誰…?助けて…くれたの?」
腰を抑えながら聞いてみる。
「まぁ、そう、だな」
男は神妙な顔持ちで。
思い詰めている、そんな顔だった。
危害を加えることはなさそうだった。
「ねぇ、貴方は…あの人達は…?」
再度訪ねた。
男性は、しゃがみ、俯いて。
「あんたを殺して、不死身になろうとしてる奴だよ…」
「不死身…」
「あんたも川姫なら知っているんじゃないか?」
聞いたことはあった。人魚の肉を食べると不老不死になると言われている。
つまり彼らは、私を食べようとしていたのだろうか…。
ますます彼が助けた理由が分からなくなった。
「俺も、元々あんたを狙ってた」
いきなりそう言ったものだから
「えっ…」
素早く後ずさった。
そんな私を見て彼は。
「もう、思い直したよ…信じるかは自由だが」
苦笑いを浮かべた。
「さぁ…」
彼は立ち上がり、周囲を見渡しつつ
「あんた、逃げろ」
顔色を変え、そんなことを言う。
「逃げるって…何処に…」
私はこれ以外の居場所を知らない。
今まで何不自由なく過ごしてきたのだ。
「此処はもう、あんたの安全な場所じゃないんだ、俺が狩る側だったから根拠はある」
私の両肩を掴み真剣な顔で、切羽詰まった顔で。
「逃げろ、逃げるんだ…あいつらなら…もう」
「…」
何故そこまで執着するのか、私を狩る側だったというこの人が何故私の安否を気にするのか、気になるところは多々あったが。
それを聞く間もなく、脅威が迫ってきていたのだ。
「危ねぇ!」
「きゃッ!」
彼は掴んだままだった私の両肩を強く押した。
私の体が大きく動き、そして私が居たところにいくつかの物が飛来した。
それを確認する余地は無かった。
そして彼が倒れこんだ為に私は地面に仰向けになってしまった。
「くっ…」
「いたっ…」
彼は、急いで立ち上がり、懐から何か球体の物を取り出し地面に投げつけた。
叩きつけられたそれは勢いよく煙を吐き散らした。
煙はあっという間に辺りに充満し、周囲の視界が朧げになる。
そして私の手を取り、小さく呟いた。
「逃げろ…」
そして大きく
「逃げろ‼」
その言葉で、すくんでいた足が動いた。
一言目で走り出していれば、
再び投げられた鋭利なものに背を斬られることも無かったのだろう。
「あっッ…」
一瞬背が熱くなり、即座に痛みが襲ってきた。
「走れ‼」
もとより走るのは得意ではないが、無我夢中で走り続けた。
「うぅ…」
後ろで声が聞こえた
「どけ!不老不死は俺のもんだ!」
「あぁ?俺のだ!!」
もう、頭の中はぐちゃぐちゃだった。
-6- 視点:わかさぎ姫
私はひとしきり話した後、小さくため息を付いた
「ふぅ…こんなものだけど…どうかな?」
とうの影狼は
「…やっぱ…怖いわー、人間怖いわー…」
頭を抱えて苦悩の声をあげている
本当に、彼女は怖がりだなぁ。
「あはは…」
と、影狼は不意に顔を上げ
「それで、なんで許しちゃったの?」
そう聞いてきた。
その質問に、私は少し考え
「彼は思い直したって言ってたし…恨むも何も、私にそんな力はないし…」
そう答えた。
「そう…その、ごめんね?辛いこと思い出させちゃって…」
影狼は耳を畳み、再び頭を下げた。
「いいよ別に!じゃ、泳ぐ練習しよ!」
私はにっこり微笑み、影狼の肩を掴む。
すると彼女は心底いやそうに首を振った
「えッ!?嫌よ!?」
「ほれー!」
構わず私は押し倒し、影狼を川に落とした。
私の髪飾りの鈴が、チリリンと小さな音色を奏でた。
ー7- 視点:わかさぎ姫
――これは、影狼には話していなかったあの場から逃げた後の話である。
私は、いつの間にかそこに立っていた。彼と別れた場所に。
「…」
血まみれの人間が倒れていた。
一つの大きな切り傷から、血が漏れ出ていた。
助かる傷ではない。
私は崩れ落ちる。
「なんで…」
何故私にここまで執着したのか。
少しの関係だったが故に”何故”という気持ちが残る。
「う…」
「!?」
「お、お前…なんで戻ってきた……逃げろって言っただろ…」
血まみれのそれが重く呻いた。
こんなにボロボロになってもなお私の事を気にする彼にしびれを切らして
「ねぇ!なんで貴方は…見ず知らずの私にそこまで執着するの…ッ!?」
私は彼のを無視し、叫んだ。
喋ることが辛い筈の彼に問いかけた。
「…!」
「私を殺そうとしたり、助けようとしたり…貴方達は…よくわかんないよ…」
その時の私の顔は、歪んでいたのだろうか。
彼は私に視線を寄せ、再び天を仰いだ。
そして、かすれた声で呟いた。
「…許してくれとは…言わないが、あいつらを…憎まないでくれ」
「答えになってないわよ!」
「…ッいいから聞け!」
今まで呟いていた彼が叫んだために口を閉じてしまった。
「うっ…」
彼は深く呻き
「は…ぁ…俺は死にそうだった人を…妻を…生き返らせたかっただけなんだ…」
独り言のように話し出した。
「妻…」
「一人じゃ無理だ、だが…あいつらが手伝うと言ってくれた…」
彼らは「俺の物だ」と言っていた。
「傲慢な俺と、あいつらを…許してくれ」
「…」
彼の目から涙が零れた。
「はは…質問の答えになってないな…すま…ん」
「…!」
彼の目の色が薄くなる。
生気が消えかけているようだ。
と、彼は懐から何かを取り出した。
「…?」
「受け取ってくれ…」
彼の震えた手の中にあったのは、髪飾りだった
青を基調とした鈴のついた髪飾り。
私はそれを手に取る。
「着けて…くれないか…」
彼は震える声で囁いた。
いわれるがまま、髪飾りを付ける。
彼は力のない目をこちらに向けた。
そして、私の顔を見るや
「あぁ…やっぱ…あんた、妻にそっくり…だ…」
そう言って、こと切れた。
お読みいただきありがとうございました
わかさぎ姫の気持ちの持ち方に関しては読み手に任せる方針で行きます。
その手の質問には答えかねますのでご了承ください。
機会があれば追記で書いていこうと思います。