好奇心は猫を殺す
最上階である校舎の三階、物静かな廊下を一人歩く。ここにある部活動が茶道部だけなのもあり、人はほとんどいない。
先ほど茶道部の見学をしてきたが、あまり惹かれなかった。やはり自分には運動の方が合うのだろうか。
気を取り直して次に行こうかと思うものの時刻は六時、微妙な時間だ。外に目をやると校門へ歩を進める生徒もちらほら。
日が暮れ始めるにあたり、廊下の影がゆっくりと伸びていく。
背を壁に当て、校門マップを取り出す。これには部室の位置も書いてあるため、明日に向かう部活動を考える事ができる。別にアパートに帰ってからでもいいが、紙を見て気だるそうに黄昏てる感じ、クールな雰囲気に成れて好き。
なんて思いながら紙を見てると、ふと三階のマップに違和感を覚える。
廊下を見て、マップを見て。それを3往復ぐらいしただろうか。ようやく違和感の正体に気付いた。
「……部屋が多い」
茶道の部室が一番奥、そこから3年生の教室がAからCまで均等に並んでいる…のだが、今回はそのCの隣、廊下の壁の端の端、そこにドアがある。そのドアも教室のそれとは違い、民家に付いてそうな木製の雰囲気あるドアだ。
しかし、茶道部に向かった時は確かに見なかった。これだけ存在感を放っているなら少しでも視界に入るだろう、それも無かった。
「なんだこれ」
ただの飾りなのか?先生に報告した方がいいのか?なんてことを思ったが、手は真っ先にドアノブを握りしめた。
よくわからないが、ここを開けてみたい。そんな好奇心が、不思議と俺の中に湧いてきた。ドキドキするが、それがとても心地よい。
「オープン、セサミ」
小さく呟きながらドアを開ける。
そして閉める。
「違うんです、違うんですよ」
誰に言うわけでも、何が違うのか説明出来るわけでもなく、ドアノブから手を離し、額を押さえる。
落ち着け、まず冷静になれ。情報を纏めるんだ。
まず内装。中々暗い。パッと見た限り照明は無く、光源は点々と置いてある蝋燭の火だけだった。部屋の中央には成人でも屈めば簡単に隠れられるほどの巨大な鍋が置いてあった。中身は見れなかったが、緑色の煙が昇っているのが確認できた。魔女かよ。
一人だけだが人もいた。長い棒を携えて鍋をかき混ぜる人物。見た目は黒い三角帽子と、体を黒いローブで覆っていた。
「……魔女かよ」
ついに言葉が出てしまった。
ドアといい部屋といい、夢でも見ているのだろうか。
もう考えるのはやめよう。先生に報告して、後は全部任せよう。
そうしてドアに背を向けた瞬間、背中に鋭い視線を感じた。
悪寒が走る、冷や汗が吹き出る。見てはいけないと本能が抗おうとするが、しかしどうしてか、その視線に抗いがたい魅力を感じてしまう。
ああもう、どうとでもなれ。
やけくそ気味に振り向くと、ドアは少しだけ開いていた。
その奥。ドアと壁の隙間の暗闇に、僅かながら光る黄緑色の瞳がこちらを覗いていた。
それは不気味を通り越して、もはや幻想的とさえ感じるほどの何かを宿しているようだった。
刹那、その隙間から異様に伸びる黒い紐のようなものが喉に巻き付けられる。
「うぉっ!?」
抵抗してもがこうとするも、それよりも先に体が浮くほどの力でドアの向こうに引っ張られた。
ジェットコースターのような浮遊感に襲われながら見たのは、先ほどの黄緑色の瞳の持ち主。
その顔が見える直前、脳天に強い衝撃が走る。
「~~!?」
何か硬いものにぶつかった。割れるのではないかと思えるほどの威力を味わい、悶絶する。
やがて激痛が視界と体の自由を奪い、世界に闇が満ちていった。